第2話 起きれずの呪禍 ③
粛々と立ち尽くし、焼け落ちる様を見つめながら待っていると、地面を引き摺る音と共に忙しない男の息使いを聞いた。
それほど時間は経っていない。恐らくは高い草木の壁に呪禍人を隠していたと予想出来る。周りに置いておける家屋など他にないのだから。
男は長い鉄の鎖を肩に掛け、さながら重労働に勤しむ囚人が如く、顔を顰め辛そうに現れた。
とても重い様子は見てとれて、少しだけ肩が上がっていた。引き摺る足はカルゼリーの前で止まる。
「ったく。あんだってこんな事に」
向き直した顔は不貞腐れ納得していない。誰が見てもその心の物を察せるだろう。
男の後ろにあるものは、日と年月に焼かれた金属製の棺だった。
中には、透ける白いドレスに身を包み、その周りを種類多くの乾燥花で囲んだ眠れし女が鎮座していた。誰もがその作りに度肝を抜かれるだろう。
同性のカルゼリーすら例外ではなく、目を離せない美しさに感嘆の声すら漏らしそうなほどに。
幼い面影を残した白々しい肌が男の野生をくすぐるであろう。人か人形と問われたならば、絶妙に決めかねる間にこの人物は居る。
獲物を誘い込む食虫花のように、首筋を這う特異な魅了がその者にはあったのだ。
「この方がクレアンス様ですか。あっ、貴方様のお名前はなんと仰いますのですか?」
「……俺はビタリー。こいつは見世物小屋から買った。顔だけで選んだから、クソッ。セールされていた理由を聞くべきだったぜ」
悔しさに顔を滲ませたビタリーを尻目に、カルゼリーは唇に指を当て考え始める。
(見せ物小屋……トッカータでしょうか? アフターケアの拙い事ですね)
もしかしたらと、カルゼリーはビタリーの言う見世物小屋に思い当たる節があった。
確証はないが十中八九そうであると半ば決め付けた。
呪禍を宿した人に役割を与えるその行動が、知り得るトッカータの理念にも合致している。
それ以上に、わざわざ呪われ人を扱う組織など、同じ呪われ以外にいるものかと。それが大きな理由でもあった。
尋ねるべきはまだあると、カルゼリーは更に口を開く。
「村の惨状はビタリー様の関与でしょうか?」
「勘違いすんな俺が手引きしたんじゃねぇ。目を離した内にキズモノにしようとした奴等が成れの果てさ。男が多かったろう? 家を燃やされたのは女の仕業だが。ま、これも妨害に値するらしいな」
問いの返しに、確かにその眠りの最中に誘われているのは男性ばかりであったか。カルゼリーは思い返しても女性が少なかったと記憶する。
理性の下振れを引き、知性を獣へと昇華させる。それこそが生き物の本能なれば、それをカルゼリーが否定する考えはあらず。
そこに罪という人間の驕りも持ち出す事も毛頭ない。
特にこの起きれずの呪禍を宿した眠り姫。それの振り撒く感染に、呼び寄せられ事であると疑いはないのだから。
そうなってしまうのも、効果に晒されてしまったが故に。後付の理由だったとして考えられてしまうのは当然、至極仕方ない事でもある。
結局はどちらかを証明出来ない。無益な思考とは、その答えが分からないもの、いや、どちらでもいいものをひたすらに追い求める事にあるのだ。
「眠りを妨げる奴には呪いを振り撒くらしい。住居の破壊、いや燃焼か? 分からねーけど、燃え始めた段階で火付けた奴は家の近くで眠りこけてたぜ」
「そのお方はどちらに?」
「殺されそうになったんだ。そこまで言わせたいのか?」
「なるほどなるほど。不躾に、失礼致しました」
「……俺が最初の犠牲にならなかったのは偶々だな。運が良いのか悪いのか。案内人が来るんじゃ悪いんだろうけどよ」
死神の足音。
薄気味悪く、管理するモノを思えば、なるべく表に出さず遠目に置きたい。
生活の中に介入されたくないとするビタリーの感情。理解するのにそこまでの思考を必要としないだろう。
(本能に口付けるのであれば、ビタリー様も影響下にあって然るべき......。介助者が必要との事でしょうか。矛の方もその直前にまで、雇い主様が面倒を見ていられましたね)
ジューンもこの眠り姫クレアンスも、何故かカルゼリーが訪ねるまでを放置されず、今の今まで誰かの庇護下にあった。
その事実は考慮に値するものだろうとカルゼリーは納得する。
「私がこの村のお知らせを聞きました時、その報をお国へ届けたのも女性の一団と言っておられました。数名の方々は既にこの村を離れていますね」
「っへ。住み心地が良くなって、そこは感謝してるぜ。このお姫様にはよ」
会話が途切れ、カルゼリーの真剣な眼差しがビタリーへと注がれる。
無言の圧力があった。ビタリーは一息吐くと、渋々といった具合に、棺を引く鉄の鎖を引き渡す。
カルゼリーは笑顔にそれを受け取った。
「確かに頂きました。願わくば再度の忌と相まみえる事なきよう、今後もご購入するのであれば確認を徹底下さいませ」
「言われなくても......」
「諸々の手続きに関しては、その黒手紙に目を通し届けを出して下さい。その真実に相応しいギフトが送られます。遠くない日にお国から葬儀隊が来たる事でしょう」
ビタリーのぶっきらぼうな「あぁ」の了承を経て、これにてカルゼリーのお役目は終了となる。
踵を返し、踏み出そうとした足。あの棲家へと帰る為、浮いた足がピクリと不意に止まる。
その顔をゆっくりと向き直した。
「ビタリー様」
未だ嫌味な顔のままの男に言葉を放つ。
「なんだよ」
「......私を無理矢理襲うのは、少しだけ無謀に思えますよ? 男性の方から求められるの悪い気は致しませんが」
頬を染め言葉にしたカルゼリー、対したビタリーはギョッと目を見開いた。
そして諦めるように小さく笑い、つい今し方懐から取り出そうとしていたナイフを空で見せる。
簡単にその手を離した。自由落下に、地面へと乾いた音が鳴った。
「気持ち悪いな、お前」
「呪禍に抱かれた者ですから、当然で御座いますね」
まるで隣人に交わす朝の一言。暗がりの一会であっても重苦しい空気はなかった。
絶妙に噛み合わない会話は引っ掛かるが。おかしな者同士であれば、それも通常なのである。