第1話 眠れずの呪禍 ④
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「ふん、ふんふん、ふふん」
女の長閑な鼻歌。
闇夜のカーテンのその裏に、舞台に雰囲気を作る端役のそれだ。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
主演の下支えである。
あくまで表に立たないものの、その多大なる存在感の背中を押して引き立てる。
「ふん、ふ、ふん、ふふふふふん」
「ああああああああああぁぁぁっああ!!!」
人の手が行き届き念入りに整備されてる、とは到底言い難い、不揃いに繁茂する草花の巣を2人は荒らしている。
車椅子の車輪が時々小石や窪みに取られていたりもする。それなりに力はあるのか、操作に対しては難を示す様子はない。
道である事はそうなのだが、放置気味から見て、往来の少なさを状態から感じるのだ。
きっと誰に目撃されたとて、怪異譚の一つとして、人々の口渇きを潤すに終わる。
そうならないよう危惧したか?と言われれば、それは全くもって違うと受け取れる女の呑気。
偶々だろうな。偶々時間帯、場所の条件が合わさってそうなっている。
「ふん、ふふふ......たしか、ジューン。と、仰っていましたか。大変な目にあってしまいましたね。御愁傷様で御座います」
鼻歌からリズムの余韻を混ぜた言葉へ移り、しかし返事は壊れたレコード。
それでも女は気にせずにいる様子だった。
「......あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はカルゼリー・メトロプディン。良い名前でしょう? 自分で付けたのですよ」
1人で話している。
それは自然と会話が出来ているように。
「ゼリーとプディングから取りました。甘い物と甘い物。2つが合わさって口の中を支配される喜び。クドいくらいが私は大好きなんですよ」
「嫌いな物ですか? 特にありません。......本当にありませんよ? 「嘘だ」とか言わないで下さいね? 哀しくなりますので。深掘りしたとしてそれ以上にないです」
「ジューン。貴方は矛ですね。でも、まだ盾が見つかっていない。そう遠くない日に出会える気がしますので、あまり心配せず待って頂けたらと思います」
カルゼリーの楚々な雰囲気とは打って変わり、早口で次々にまくし立てる人としての活力に満ち満ちていた。
永劫続くかのような錯覚を侍らせて、やがてその足は一つの場所へと辿り着く。
気付けばその周りには人家が並ぶ。床面の粗悪なコンクリートタイルや、店から零れる喧騒に、何処か街の中の一角に2人は埋もれていた。
いつ足を踏み入れたのか。どのタイミングであの鬱蒼とした道を外れたのか。何故2人が衆目に晒されずこの場へと立っているのか。それらがやけに不明瞭であった。
意志薄弱のジューンはもちろんその状況を理解していないが、カルゼリーと言えばその縦に長い家屋の玄関口、上にでかでかと設置された看板を誇らしげに見る。
Curse of Traumerei
隠すべきものなど何もないと、白日の元に全てを晒す。
侮蔑と嘲笑、少しの安心をスパイスに、エデンの箱とも称される。
呪いを込めた者達の住処。呪禍の虫籠が目の前にあったのだ。
「お仲間は沢山居ますから寂しくありません。お部屋まで運びますので、緊張せずゆっくりと慣れて下さいね」
導かれし二人は、その扉に鈴の音を鳴らした。
やけに立て付けの悪い蝶番が、衆目を集める様に響かせて。
閉じられた後となれば、その世界から狂気の一つが弾かれた。
人々はそれを安心として受け取るだろう。たとえ列の後部に移されただけの事でも、一時の安らぎがあれば良いのだと。