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カース・オブ・トライメライ   作者: オアシス
第1章 トライメライの輪郭
3/18

第1話 眠れずの呪禍 ③


 


 用事があるとなった時、その体感は妙に長く、下手をすれば永遠とも錯覚する冗長さでもって、ある種の攻撃として時間を苦痛とする。


 給仕のハウネ、その雇い主のレカード、そして正気の沙汰ではないジューン。他の従者も一同に揃う。


 その背に邸宅を置く玄関先で、暗闇に小さなランタンが揺られると、光の矛先は不安定に行き場を変えた。


 連れ出されたとて変わらぬ絶叫に、皆一様、表情を崩して不快感を同一に合わせている。

 吐かずともその臭気により吐き気を及ぼしていた。釣られて1人、2人、3人と連鎖する。これを何度か繰り返していたが、最後だとなれば不満を漏らす者も我慢に耐えるものなのだろう。

 風に希釈される中でも、積み重なった淀みは一朝一夕でなし得た物ではなかったが。


 尋常ならざる夜の違和がある。

 それは動物達ほど過敏に賢く察知する。故に生き物の気配は鳴りを潜めている。


 狂人だけの振る舞いであればこうはなるまい。

 ......暗黒だけの無味乾燥な景色には、小指の先ほどの緑に暖かい光源が姿を表していた。

 この何某かも、健全な世界から切り離された、触れ知る事を禁ずる代物。

 重苦しく逃げ出してしまいそうな空気には、両者が競い合うような、理解し難い交流が原因であるのだろうか。


 緑光りが目と鼻の先に近づいた頃、やけに吹いていた空っぽな風が途端に止んだ。

 義務のように感情の宿らないそれでも、解放を待つ者によろしい筈はない。


「こんばんは。良いお天気で御座いますね」


 生水が肌に潤いを与える。

 伝い、丁寧にひっそりと、自然と浸透する女の言葉だった。


 ランタンはその顔の付近に上げ、おどろおどろしく影の落ちる表情を見せる。

 白白とした肌と蕩けるような瞳を印象付ける。

 頭から足下までを隠すように長いローブを羽織っていたが、未だ肌寒い季節であるので防寒を兼ねてと推察が出来る。

 徐ろに頭を外気に晒し、更に色濃く女の容姿が現れた。


「レカード・ヴィルソン・レースベール様。と、お見受け致しますが……」


 直接視線を受けたレカードは、黙し固まっていた意識を途端に再開させ胸に手を当てる。

 小さく会釈が行われた。


「この度は......案内人(トライメフィア)の方に於いては、ご足労をお掛けして大変恐縮を......」


 だがレカードの言葉を無視するように、その闇夜の女は車椅子へと座るジューンの前へ行き、上半身だけを前に倒して憐れなる様子を見つめた。


「眠れずの呪禍。......際立って、香の立つ、上等な贈り物。遠慮なく頂戴致します」


 車椅子を引いていたその一人が空気を飲んだ。

 自我を消費された目の前の人形。痙攣する細い腕が車輪を回し、女の下へと自ら向かって行く。

 最早それは生理的反応に等しい。垂れ流された糞尿に近い。

 当然そうなるべきだと、向かうべき場所だとする反応。

 命の何如ではなく呪い。

 滞っていた呪いの排泄道が、彼女という呼び水に惹かれている。

 

「ジューンは......彼はこれからどうなるのですか?」


 レカードが問う。

 案内人(トライメフィア)の隣に停まった車椅子の取っ手へ、彼女は綿毛を触るかの如く滑らかに手を置いた。


「どうにも。今までと変わらず、ただただ生き続けるだけ。そこに嘘は御座いません。......貴方達の躊躇いに誓って」


 その言葉にレカードが訝しむように眉間が狭まった。


「躊躇い......?」 


「食事が要らない者へ提供し続けるのは、その人をまだ人と見たいのだとする躊躇い。違いますか?」


 レカードは腕を組み暫く黙した。

 その時間が長ければ長いほど、木の年輪の如く重ねたものが顔を出すのだ。


 遅れに遅れ、小さく「そうだな」と漏らす言葉。

 感情以上の何かを、諦めきれない何かに手を伸ばす、言葉にするのなら巧妙なる悪足掻き。それを孕んだものだった。

 

「無駄な事を無駄だとして、それをわざわざ続けるのであれば明確な理由が存在するでしょう。一目では分からない強固な理由。これ以上踏み入れる資格は、私には御座いませんが」


 寄り添い語り掛ける事は容易である。

 しかしそれを必要であるか不必要であるかを考えぬのであれば羽虫の1匹と違いは無い。


 案内人(トライメフィア)はただその役割を熟すのみ。

 それでも多少なりとも語ったのは性格、癖と類するものだろう。

 車椅子を押し、その者は緩やかな歩みで去っていく。


「確かに引き取りました。願わくば、再度の忌と相まみえる事なきよう、陰ながら祈っております」


 静かなる道に背を向けて。

 その絶叫が遠く、やがて風に紛れても、彼等の足は微動だにしない。幻覚のように残る足跡を見続けているのだ。

 静寂が(いなな)いて五月蝿い。

 獣の声も未だ、その世界を交わることはなかった。


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