王都での生活、そして精鋭部隊への加入
こういうファンタジー系の名前って覚えづらいですよね。
──しん、と静まり返った地下の祭壇。
召喚された直後のアスモデウスは、無言のまま、やっきの前に立っていた。
燃えるような瞳とたてがみを宿しながら、微動だにしない。
まるで護衛獣のように、彼はただそこに“在った”。
やっきの胸には、未だ脈打つように“何か”がいる。
鋭く、熱く、けれど確かに、身体の奥底に張り付いた別の存在。
(……この声、僕のじゃない。なのに、ずっと前からいたみたいだ)
「……君、誰……?」
誰にも聞かれないような声で、もう一度問いかける。
アスモデウスは振り返らなかった。
それでも、何かが確かにやっきの中に“答えを返す”ように震えた。
──我は主に従う。
──その魂を核とし、再び蘇る者。
その刹那、アスモデウスの巨体がふわりと溶けるように霧となり、やっきの身体に吸い込まれていった。
「……!? あっ、う、うわっ……!」
魔力の奔流。
視界が白く染まり、体が焼けるように熱を持つ。巨人の持つ赤い光るたてがみが残光として残る。
だが、それは痛みではなかった。
むしろ、懐かしさと安堵すら伴う融合だった。
──共に在る。
そう言われた気がした。
* * *
王都アストレオ、神殿区。
日輪の巫女ソレイユの居室では、今なお神託の震えが止まなかった。
「……っ、今、召喚された……!」
彼女は膝を抱えながら、小さく震えていた。
「あなた、呼んじゃったのね……」
信託は止まらない。
空が裂ける映像。
黒と金の巨人が現れる幻視。
そして、その傍らに立つ“金髪の少年”。
それは、紛れもなくやっきの姿だった。
──アスモデウスは、彼の中にいる。
その啓示は、巫女であるソレイユにとって、“世界の運命の形が変わった”ことを意味していた。
* * *
《……我は、ここに在る》
「君は……アスモデウス?」
返答はなかった。だが、否定されている感触もない。
むしろ、その呼びかけを“嬉しい”とさえ感じる、不思議な連帯。
「……ずっと前から、君のこと……見てた気がする」
その言葉に応じるように、意識の深奥から、もうひとつの記憶が流れ込む。
──戦場。
──炎と闇。
──そして、ラミアスと剣を交える巨大な姿。
それはアスモデウスの記憶。
けれど、不思議なことに、やっきは“自分の記憶”であるようにも感じていた。
「……どうして、僕の中にいるの?」
問いかけに、初めて明確な“声”が返ってくる。
《我は、かつて敗れ、魂に楔を刻まれた。
だが、お前の“器”は、それを受け入れるに値する光と力を持っていた。》
「……光?力?」
《月の光。星の導きとは異なる、運命の外にある輝き。
お前は……選ばれし“境界の者”そして我を受け止められる大きな、とても大きな“器”》
それはまるで、やっき自身が“器であるために生まれた”とでもいうような宣言だった。
だがやっきは、驚かなかった。
むしろ、少し笑った。
「……ずっと、おかしいと思ってたんだ。僕、星に属してないから」
沈黙が訪れる。
そしてまた、柔らかく、それでいて重い響きのような声が返る。
《我が力を貸そう。汝の意志があらば。
この身は、もはや災厄に非ず──ただ、主の剣、そして元魔王の剣》
アスモデウス。
かつて第一魔界の王に封じられた災厄の王。
その存在が、今──やっきとひとつになろうとしていた。
「……いいよ。だけど、ひとつだけ」
やっきはまっすぐに月を見つめて言った。
「僕の意志で動いて。君は、僕の中にいるけど、僕“じゃない”。
だから、“僕がやる”って決めたときだけ、動いて」
《……心得た。主の言葉、絶対とす》
* * *
王都アストレオ、封印の間。
祭壇に満ちていた魔力の嵐が静まった時、そこに残っていたのは呆然と立つやっきと、彼の体へ溶け込むように消えていったアスモデウスの赤い残光だった。
その異様な光景を、王宮魔術師たちはただ茫然と見つめるしかなかった。
「……今の、見たか?」
「アスモデウスが……少年の体に……」
誰かのつぶやきが、しんと静まり返った祭壇に小さく響く。
やっきは独り言のようにアスモデウスと会話をした後、膝をつき、ふらつく足取りでゆっくりと立ち上がった。
体の奥底に、得体の知れない力が流れ込んでくる感覚――だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、それは何か懐かしいもののようで。
(これが……同居、なんだな)
ふと、誰かが駆け寄る気配がした。
「君、大丈夫か?」
王宮魔術師の一人が、心配そうにやっきを支える。
やっきは小さく頷き、静かに「平気です」とだけ答えた。
その後、王宮の衛兵に導かれるまま、やっきは控えの間へと連れていかれた。
そこには現場に居合わせた魔術師たちが集められ、事件の一部始終を口々に語っている。
「アスモデウスが……自ら進んで少年の中に入ったんだ。まるで、主従契約みたいだった」
「いや、それよりも……あの少年、デルタ・サンの時と同じだ。規格外の魔力を感じた……」
緊迫した空気のなか、やっきは壁際に静かに座り、ぼんやりと手のひらを見つめていた。
(アスモデウス……君は今、僕の中で何を考えているんだろう)
小さく問いかけると、胸の奥で“主よ”という低い声が微かに響いた。
その声が、どこか頼もしくて、やっきは少しだけ安堵した。
それからしばらくして、王宮の近衛兵がやっきを呼びにきた。
「少年、王室会議への出席を命じる」
荘厳な石造りの廊下を進みながら、やっきは自分の立場について思いを巡らせていた。
(僕は……どこに向かえばいいんだろう)
巨大な扉がゆっくりと開かれ、やっきは円卓の中央――証人席に立たされた。
重苦しい沈黙のなか、まず王都軍の総帥が声を上げる。
「……君が、例の魔王クラス魔法“デルタ・サン”を使った少年か?」
やっきはうなずく。「はい。……やっき、といいます」
「まず聞く。君は我々人間界に敵意を持っているのか?」
「……持っていません」
短くもはっきりとした言葉。その瞬間、何人かがざわついた。
「なぜアスモデウスを……この世で最も危険とされる元第1魔界魔王を召喚し、さらに取り込んだ?」
「封印の暴走が起きた時、僕の中に何か“呼び声”が届きました。封印の棺に手を触れたその時、気づいたら……彼が、アスモデウスが僕を主と呼んで従っていました」
「主、だと……?」「本当に魔王と契約したというのか?」「お前は魔族ではないのか!?」
誰かが問い詰めるたびに、やっきは静かに答えを返す。
「僕が人間かどうか、いまはわかりません、ですが両親を持ち人間界で育ちました。今でも僕の帰りを待っている父さんと母さんが」
皆、親も子もいるであろう人間だ、共感を得る部分があるがそれでも彼に冷酷に質問をかける。
「魔王級スキル【デルタ・サン】を使った理由は?」
「それが僕の“中”で一番強い魔法だったからです。試験官に一番強い魔法を使えと言われました、誰かを傷つけたいわけじゃありません、それに撃った魔法が魔王クラス魔法だという事も後日知りました。」
幾人もの貴族や魔導院の長が、懐疑的なまなざしを向ける。
「その力、本当に制御できるのか?」「アスモデウスが暴走すれば、王都ごと滅びるぞ」
「……怖いなら、僕を封じればいい。でも、僕は誰かを傷つけたくてここにいるんじゃない。人は傷つけたくない。それだけです」
やっきの瞳は真っすぐだった。
「それにアスモデウスと約束しました、僕が“僕がやる”って決めたときだけ、動いてって」
やがて現場に居合わせた王宮魔術師の一人が進み出る。
「確かに私は目撃しました。やっき殿がアスモデウスを召喚し、その直後、彼が自らの体内に取り込まれていくのを……。その時、敵意のようなものは感じませんでした。むしろ……両者に“納得”した空気すらあったのです。会場の魔力測定器も制御不能となりましたが、やっき殿の意志でその暴走は収束しました」
会議室には低いどよめきが広がる。
「だが、それでも――」
王立魔導院の長が顔をしかめる。「この力を完全に信用するわけにはいかない」
その時、静かに会議室の扉が開いた。
白い衣をまとったソレイユ・アストレリスが歩み出る。
日輪の巫女――王家と神殿、双方から絶対的な信頼を寄せられる少女だ。
「お待ちください。彼を疑わないでください」
その柔らかな声は、不思議な説得力を持って会場に響いた。
「私は未来を視る巫女として、王家と神殿に仕えてきました。神託ははっきりと伝えています。
ラミアス=ルシファー、第一魔界の王が敗れる。その鍵は“月の加護”を受けし者――やっきさん、あなたです」
ソレイユはやっきの隣に立ち、その肩を守るように言葉を続けた。
「私は視ました。やっきさんがアスモデウスの力を強化・制御し、災厄に立ち向かう姿を。彼こそがラミアスを止める唯一の存在です。やっきさんは敵ではありません。私が命をかけて保証します」
会場がざわめくなか、王家の当主が静かに立ち上がる。
「やっき殿。汝は人間界に敵意なし、王家の敵ともならぬと誓えるか?」
やっきは深くうなずいた。「はい。僕は、この力をやみくもに使わない、人を傷つけない、約束します」
その瞬間、胸の奥からアスモデウスの声が静かに響く。
(……主よ。それが選択ならば従おう――)
王はしばらく沈黙し、やがて厳かに宣言する。
「ソレイユの信託と、汝自身の誓い、さらに現場の証言をもって、やっき殿を我ら人間界の仲間として認める。以後、王宮および神殿の保護下に置くことをここに宣言する」
会議室に安堵の空気が流れ、やっきはようやく肩の力を抜いた。
会議が終わり、やっきは王宮の中庭で夜風に当たっていた。
月明かりの下、静かに座る彼の隣に、ソレイユがそっと歩み寄る。
背後の廊下には護衛らしき煌びやかな鎧をまとった青年が遠くから見ていた。
「やっきさん……本当に、お疲れさまでした」
やっきは小さく笑ってうなずく。「ありがとう、ソレイユさん。あなたのおかげで、僕はここにいられる」
ソレイユはその言葉に優しく微笑んだ。「これからも、私はあなたの隣にいます。あなたがどんな選択をしても。神の信託が間違ったことはいままでありません。」
やっきはしばし黙り、胸に手を当てる。
(アスモデウス、君は……)
(主よ。我が全ては、主と共に在る)
静かな声が内から響く。やっきは夜空を見上げ、静かに決意を新たにした。
(僕は、僕のやり方で世界を守る)
――夜が明ける。
* * *
一方、魔界。
第一魔界の王城、空の虚廊に佇む男──ラミアスは、黙して空を見上げていた。
「……召喚が、通ったか。しかも第七階梯で……」
彼の手の中には、アスモデウスを封じた際の魔印が記された石板があった。
それが今、砕けている。
「私の封印を超える“契約”が結ばれた、というわけか」
思考の隅で、彼は少年の姿を思い出す。
金髪、赤い瞳──自分に似すぎたその顔。
「……偶然、では済まされないな。やはり、そういうことか」
(父上…なぜ教えてくれなかったのだ…私に兄弟がいるという事を…それとも双子か?双子は忌子…それならば辻褄が合う…)
ラミアスは思考する。そして発する
「アルベルト」
「ここに」
刹那で主人のもとへ執事服を着た人間型の悪魔が現れる。
「…話せ、お前は私が産まれていた時を見ていたはずだ」
「…」
長い沈黙
「お母君は、とてもお美しいお方でした、名をエミリアと申します」
重い口調で話し出す。
「そして…人間でした」
魔族に双子は産まれない、生命体の構造上そうなっているのだ。やはりなとラミアスは告げる。
「双子だったのであろう、私は兄か?弟か?」
「先に取り上げられたのがラミアス様でございます。」
そうか、とだけ告げラミアスとアルベルトは空を見上げた。
「魔王である私がサモン:ダークロードが使えない理由もこれで解った…」
ラミアスはアルベルトにそう告げると自室へと向かっていった。
アルベルトは静かに葉巻を出し、「運命というのは嘘をつけないということですな」と続け、魔法で付けた火で葉巻を一服吸った。
* * *
王宮の一室、薄明りの射し込む回廊。
やっきは、しばらく“客人”という名目のもと王族と神殿の厳しい監視下に置かれていた。
日に何度も面談や簡単な魔力量測定があり、夜は高い窓から見下ろす王都の灯を眺めるだけの生活だった。
そんなある日のこと。
扉の向こうで、鋭い足音が響く。
「……やっき殿、だな」
現れたのは、一人の青年――銀髪と黒髪が混じる長身の騎士。
その額には、仄かに輝く赤い光輪が浮かんでいる。
「……フォーゴッド?あなたが、剣聖ラウ=ラーシオ?」
神に祝福されしものは英雄とされる、赤い額の光輪は4柱の神に祝福されている証拠でもあった。
「名乗るほどのものでもないが……監視と護衛を兼ねて、これからしばらく君の隣でソレイユ様共々行動するよう命じられている」
やっきは静かに頷いた。「よろしくお願いします」
ラウは真面目な表情で一礼し、やっきの横に控えた。
「誰かの監視元にあるというのは堅苦しいと思うが、君の命にもかかわることだ…」
「どういうことですか?」
やっきは自分自身の命になぜかかわるかわからなかった。
「太陽信仰を知っているか?太陽を神とあがめて、ラミアス=ルシファーこそが真の指導者だと声を上げる宗教が存在する」
ラウは冷静に言葉をつないでいく。
「ラミアス=ルシファー=シャムシ=オール、彼はソル・マグナ、ソル・カンティス、・ソル・ネブラすべての太陽に加護を生まれている」
やっきは驚きを隠せなかった
「どうしてそんな情報を知っているんですか?」
ラウは続ける
「ラミアスは人間界を焦土に変えたいわけでもなく、少なからず人間に関心があるとうことだ、自らの足で変装をし何度も人間界を訪れている。その際に星読みの占いも行ったそうだ」
やっきは納得した、人間界に直接魔方陣を使い移動してきているのも、立地を知っていることから他ならないからだ。
ラウはさらに続けた
「人間界の階級についても興味津々らしくてな、魔法ランクの測定にまで行ったようだ。そして出た答えは過去に1例しかない最高位ランク【アルカナ・オーロラ】ランクだったようだ」
やっきも言葉を返す
「僕はブラッドアーク級だといわれています。正しい測定は成年してからじゃないとできないと言われているためできていませんが」
なるほど、とラウは考える。
「特例で魔法ランクを測定しよう、ソレイユ様も魔法ランク測定をしている。驚くんじゃないぞ?ソレイユ様はアルカナ・オーロラに次ぐ高ランクの【ソーサリウム・クラウン】だ」
「えっ!?あんなに落ち着いている方がそんなに強いんですか?」
やっきは声を荒上げてしまう。
「驚くなと言ったろう、そう、ソレイユ様は私が護衛しなくとも自動で防御魔法も使えるし攻撃力も君に負けないくらいあるんだ、だがやはり100年に1度現れるか現れないかの巫女だ、護衛が付くのも仕方ない」
そして続ける
「それにな、ソレイユ様は平民の出だ、出自は君に似ている。だからソレイユ様は親近感を君に持っているのかもしれないな」
そうして、夜の会話は弾んでいった――
その数日後…。
王都の朝。
高い城門が開き、やっきはラウ=ラーシオ、ソレイユ・アストレリスとともに、近衛兵数名に見守られながら城下町へと足を踏み出した。
王都の石畳は朝露に濡れ、店先ではパンを焼く香りが流れている。
けれど、三人が通る道すがら、街の人々はひそひそと噂し、やっきを振り返る。
「……あれが、魔王級魔法デルタ・サンの少年……?」
「魔王を取り込んだって、本当なのか……」
「いや、きっと王家の切り札だ。世界を救う英雄さ」
「でも危険なんじゃ……?」
期待、不安、猜疑、あらゆる視線と声がやっきに降り注いだ。
やっきは歩くたびに少しずつ肩を強張らせる。
ラウは
「まったく、アスモデウスを従者にしたことまで外部に漏れている、人の口に蓋はできないという事とはまさにこのことだ」
ソレイユがやっきを気遣い、そっと寄り添う。
けれど彼女にもまた――
「巫女様もご一緒とは……」
「ソレイユ様が“保証人”ってことか……?」
「でも魔王だぞ!?どんな危険があるかわからない」
「俺たちの生活は大丈夫なのか!?」
――と言葉が向けられる。
「……そのような口の利き方は無礼であるぞ」
ラウが鋭い声で周囲を一喝する。「日輪の巫女様もご一緒なのだ。軽率な言動は控えろ」
その一言に、空気がぴりっと引き締まり、人々は慌てて目を逸らす。
やっきはラウの横で、「ありがとう」と小さく呟いた。
「気にするな。……人は噂に弱い生き物だ」
三人は石畳を進み、市場の広場へと辿り着いた。
市場の片隅、人だかりというには程遠い、まばらな観客の輪の中心――
一人の男が古びたギターを抱え、静かに弦を鳴らしていた。
その男は、ぼろぼろのコートに身を包み、ボサボサのろんぐヘアーだ。
だが歌い始めたその声は、不思議と空気を変えた。
「――闇夜に生まれし子よ
運命に問われし光よ
たとえ孤独に閉ざされても
君の中に、明日はある――」
歌声は決して大きくはない。
それでも、言葉の端々に宿る“熱”と“優しさ”が、場を包み込むように響いていた。
まばらだった観客たちも、いつの間にか足を止め、じっと聞き入っている。
やっきは足を止め、その歌に耳を傾けた。
「……すごい、いい歌ですね」
ソレイユがぽつりと呟く。
ラウも腕を組んで、「こういう芸はあまり得意ではないが……悪くない」と珍しく頷いた。
男は最後の一節を歌い終え、ギターをぽろん、と鳴らす。
「――ありがとな、少々少ないが最高の観客たちよ」
その視線が、不意にやっきたち三人に向く。
「おや、巫女様と……噂の魔王級魔法デルタ・サンの坊やか。
王都中の話題を独占した君に、お目にかかれるとはな。
よかったら、君の物語を――今度は歌にさせてくれないか?」
やっきは少し戸惑いながらも、「……ご自由にどうぞ」と苦笑いで応じる。
男は満足げに頷き、ギターの弦を優しく撫でる。
「俺の名はヨシキ。売れない吟遊詩人さ。いつか君の武勇伝が王都中で歌われる日を、楽しみにしてるよ」
三人の周りには、静かながらもどこか温かな空気が漂っていた。
ソレイユはヨシキに微笑みかける。「本当に、いい歌でした。……また聞かせてください」
ヨシキは照れたように肩をすくめ、「お安い御用さ」と応えた。
やっきはそんな二人のやり取りを見て、ほんの少しだけ心の緊張がほどけた気がした。
広場には、再び日常のざわめきが戻り始めていた――。
2199年夏
王都アストレオの戦略会議室には、沈痛な空気が流れていた。
煌びやかな装飾も、魔導結晶が灯す光も、この報告の前にはただの虚飾でしかなかった。
「……再度、確認する。第七魔界へ派遣した兵は?」
国王ルキアス四世の言葉に、重装の軍参謀が顔を伏せながら答える。
「五万……騎士団三部隊と、魔術師団合同部隊を含め、すべてが……」
しばし沈黙。
「──“消滅”しました」
その瞬間、会議室内にいた誰もが息をのんだ。
兵士が死んだのではない。**“消えた”**のだ。
「敵の正体は?」
「確認不能。ですが……魔術感知網を担当していた宮廷術士七名が、同時に意識を失いました。
発生源は……第七魔界上空から世界全域に放たれた、異常波長の魔力波――」
魔導師長が、震える声で口を開いた。
「“ワールドメッセージ”……です。
過去に例のない、世界全体の生物が“本能で危機を察知する”規模の、魔王級干渉」
「まさか……」
ソレイユが、冷静な表情で口にする。
「……トランス:ダークロードVII」
会議室の時間が、止まった。
「みなもその瞬間感じたでしょう、その本能に告げられたスキルの名前を…それを使える者が、今……ただ一人だけいます」
誰もがその名を、あえて言わなかった。
だが、皆が理解していた。
──ラミアス=ルシファー。
第一魔界の支配者にして、アルカナ・オーロラ。
“神位級”に達した、魔王中の魔王。
「……もう、常識では対処できない」
国王の一言が、すべてだった。
沈黙を破ったのは、銀と黒の髪を持つ青年――ラウ=ラーシオだった。
「このままでは、我々に“次”はありません」
「ならば、どうするというのだ?」
「数では勝てません。必要なのは、“質”です。
──人間界最強の戦力を集め、突き抜けるべき時です」
王がラウを見つめる。
「君は……それができると?」
ラウは静かに頷いた。
「“やっき”という者を、今こそ取り入れるべきです。
彼の内に在る力は、すでに人間のそれではない。
私の剣と、彼の召喚――並び立てば、未来を開けます」
ソレイユが進み出る。
「……予言も、それを示しています。
やっきが、ラミアスを止める“鍵”となると」
国王が、玉座から立ち上がる。
重く、厳粛な声で告げた。
「“希望”を集え。
我らは、最強の“矢”を放つ時だ」
そして──人間界最強の者たちを集めた、精鋭部隊が結成される。
その名は――
HOLY
Hope Of Legend & Yield
* * *
王都アストレオの朝。
石畳を滑る靴音が大理石の回廊に反響し、やっきは【剣聖】ラウ=ラーシオと【巫女】ソレイユ・アストレリスに挟まれて、王宮の大広間へと歩を進めていた。
やっきは自分の胸の奥に流れる冷たい重さと、わずかな高揚を感じていた。
昨夜の歌――ヨシキの不思議な旋律がまだ心のどこかで響いている。
やがて、巨大な扉が静かに開かれる。
その向こうには、煌びやかな衣裳を纏った王と、緊張感漂う重臣たち。そして、国中から集められた猛者たちがすでに集まっていた。
王が玉座から厳かに声を発した。
「我が名において命ずる。
本日この場に、我が王国が誇る最強の冒険者たち、すなわち“SS級ランク”冒険者を招集した。
その理由はただ一つ。
魔界征討のため、最強の精鋭部隊――HOLYをこの王都にて結束するためである」
その言葉と同時に、大広間の空気が一層引き締まる。
やっきのすぐ前に並ぶ冒険者たちは、いずれも尋常でない気配を漂わせていた。
最初に口火を切ったのは、全身から雷のオーラを漂わせる大女。
「やあ、あたしが【雷王】セリス=ヴァンシュタインだ。魔界だろうが天界だろうが、面白けりゃどこでも行くよ!」
隣で鋼の甲冑を鈍く光らせている男が低くうなずく。
「……【鋼王】ガロス=ブレインハート。盾が必要なら呼んでくれ」
背中まで届く金髪を揺らす麗人が柔らかく微笑む。
「私は【癒姫】リナリア=クローヴ。治癒も防護も任せてくださいね」
薄暗い隅から、影のように現れる長身の男が静かに名乗る。
「……【影鬼】ジーク=ノルヴァン。要らぬ詮索は好まない。戦闘と潜入だけが仕事だ」
明るく手を振る小柄な少女は、星のペンダントを揺らして笑う。
「調査、探索、魔法の応用――現場で困った時は、私の知恵と魔法がきっと役立ちます。【賢者】ミルカ=カレイドです!」
赤毛の青年が闊達に名乗る。
「炎の道は熱い方がいい! 【焔将】ブラン=ハグレイム、参上!」
褐色肌の鍛え抜かれた男が、拳をかざして一言。
「【拳聖】ヴァリィ=ラングフォード……無駄な言葉はいらん」
銀鎧に身を包んだ騎士が、やや冷たげに一礼する。
「……【天騎】アルノー=ドミナス。任務に忠実であることだけが我の誇りだ」
最後に、分厚い魔道書を抱えた青年が、眼鏡の奥からやっきをじっと見つめる。
「分析と策謀は私の務め、【幻帝】ダグ=バロットです。以後お見知りおきを」
やっきはその圧に飲まれながらも、まっすぐ彼らの目を見て名乗る。
「……僕は、やっき。肩書きは……特にありません。よろしくお願いします」
少しだけ緊張を滲ませて頭を下げた。
冒険者たちの間に微妙なざわめきが広がる。
【焔将】ブラン=ハグレイムが、やっきを値踏みするように見てニヤッと笑う。
「お前が噂の“魔王取り込み少年”か? 王都じゃみんなお前の話題で持ちきりだぜ?」
【癒姫】リナリア=クローヴが心配そうに近づく。
「でも、正式な冒険者ランクも持たずにここまで来るなんて……大丈夫ですか?」
【影鬼】ジーク=ノルヴァンは目を細める。
「……魔界の王族の血筋という噂もある。警戒は怠れんな」
やっきは居心地悪そうに視線を落とした。
(僕は、本当にここにいていいんだろうか……)
その時、【剣聖】ラウ=ラーシオが一歩前に出て、皆に告げる。
「この者の正体や意図は王の信託と巫女の予言によって保証されている。
疑うのは自由だが、現時点でこの者ほど魔界征討に相応しい存在はいない」
王もまたうなずき、重々しく言う。
「やっきよ。そなたも本日より我が王国のSS級冒険者、HOLY部隊の一員として働いてもらう」
王の宣言に、空気が緩やかに変わっていった。
その時、王は部屋に並ぶ冒険者たちを一人一人見渡した。
「本来、このHOLY部隊は我がルキアノス王国だけでなく、ソラ=アルシア帝国、グラン=エリオス連合王国の三国から最強の戦士たちを集める。
今日この場にいるのは、まず我が国の精鋭のみ。後日、他国のSS級冒険者も合流し、真の“世界最強”部隊とする。
その中核を、やっき、そして君たちが担うのだ」
全員が真剣な顔になる。
「……世界の命運がかかった戦いだ。皆の協力を頼む」
【拳聖】ヴァリィ=ラングフォードが低くうなずいた。「任務ならば、従うまで」
その場の緊張が少し解けた時、【天騎】アルノー=ドミナスがやっきをちらりと見て言う。
「だが、やっきよ。
君はまだ冒険者ギルドに正式登録されていないのでは?」
やっきは戸惑いながらうなずく。
「……はい、僕は冒険者登録をしていません」
【剣聖】ラウ=ラーシオが腕を組み、「王命とはいえ、手続きだけは踏んでおくべきだろう。ギルド本部へ行こう」と提案した。
【癒姫】リナリア=クローヴも、「私も付き添いましょう。ソレイユ様もご一緒に」と微笑む。
やっきはラウとソレイユに囲まれて、冒険者ギルド本部へ向かうことになった。
ギルド本部は王都でも屈指の巨大な建物だった。
堂々たる扉をくぐると、中は冒険者たちの活気に満ちている。
カウンターでやっきは名前と身分を申請し、魔力測定のための装置へと案内された。
受付官は手慣れた様子で書類を用意しながら訊く。
「お名前と、ご希望の登録ランクは?」
「やっき、です。……ランクは……」
受付官はにこやかに言った。「原則Dランクからですが、魔力量と実績次第では上位認定も可能です」
魔力測定水晶に手を乗せるやっき。
装置が震え、真紅の閃光が走る。
「っ――!? ちょ、ちょっと待ってください!?」
魔力量測定値が、瞬時に計測不能の数値を示し、警告音が鳴り響く。
「……な、なんですかこれは……!」
すぐに【巫女】ソレイユが歩み出る。
「王命による特別判定をお願いします。魔法ランクの測定も」
魔法ランク判定用の大理石プレートにやっきが手を置くと、深紫の光がほとばしる。
受付官が青ざめた顔で叫ぶ。
「で、出ました……! アルカナ・オーロラ! 魔法ランク最高位です! ……特例により、SS級冒険者として登録します! 二つ名は……“魔召”。」
その言葉に、周囲の冒険者がどよめく。
「“魔召”……? そんな称号、初めて聞くぞ」
「ま、俺はBランクだけどな、ガキのくせにどうせDランク――」
Bランク冒険者の一人が、半ば酔っ払いながら嘲る。
やっきの登録内容を見た受付官が「SSランク認定です」と伝えると、場の空気が一変する。
「……SS、だと? そんなはずはねぇ!」
Bランク冒険者が怒鳴る。「俺は15年冒険者やってBランク止まりだぞ! 子供がSSランクだなんて、信じられるかよ!」
その場に居合わせた冒険者たちも一斉に色めき立つ。
やっきは困惑しつつも、「……僕がどう評価されるかは、僕自身もまだわかりません」と低く答えた。
ギルド登録カウンター前で騒動が起きた直後、
ラウはやっきの前に立って毅然と言い放つ。
「その辺にしてもらおうか。」
酔った無名のBランク冒険者は、最初は鼻で笑っていたが、ラウ=ラーシオの存在に気付くや青ざめて身を引く。
「け、剣聖ラウ=ラーシオ……!? じゃあ、まさかそのガキが……例の、魔王と何かあったっていう……」
ざわつくギルドの面々。
そのとき受付官が、王宮の公式命令書を読み上げる。
「ただ今より、王命により“魔召やっき”をSSランク冒険者として登録します。
魔法ランク、アルカナ・オーロラ級。王家の勅命により、今後の全てのギルド業務において最優先保護・協力体制をとることとする」
その場にいた冒険者や職員たちは「魔召……?」と初めて耳にするその呼称を、半ば呆然と、半ば畏怖を込めて繰り返した。
「魔召って……二つ名か?」「魔王を召喚したからか……」「SSランク、アルカナ・オーロラって……」
やっきは戸惑いと重圧の狭間で静かに息を吐いた。
ギルドでの騒動も一段落し、
やっきは【剣聖】ラウ=ラーシオ、【巫女】ソレイユ・アストレリス、【癒姫】リナリア=クローヴと共に王都の大通りへと歩き出した。
沈みゆく太陽が石畳を黄金色に染め、四人の影が並んで伸びていく。
やっきは手にしたばかりの登録証を見つめていた。
そのカードには“SSランク冒険者 魔召やっき”の文字が、誇らしげに輝いている。
「……これが、“魔召”……」
やっきが呟くと、ラウが肩を叩いた。
「新しい称号だ。自分の力と向き合う証と思っておけ」
ソレイユはやっきの横で、そっと微笑んだ。
「これから、やっきさんの名は世界中に広がりますね。……でも、きっと大丈夫です」
リナリアも優しく声をかける。
「不安なことがあったら、何でも言ってくださいね。私たちは仲間ですから」
やっきはみんなの顔を見回し、静かに息を吸った。
「……ありがとう。僕、がんばるよ」
その言葉に、四人の心が静かに一つになった気がした。
石畳の上に、夕日が落ちていく。
やっきは自分の足で新たな一歩を踏み出す。
(まだ始まったばかりだ――)
胸の奥で、アスモデウスの静かな声が響いた。
(主よ、進め)
王都の空に、夜の帳が静かに降り始めていた。
王宮の広間には温かな灯りが満ち、夜の晩餐の支度が整えられていた。
長いテーブルには豪勢な料理が並び、天井からはクリスタルの燭台が柔らかな光を落としている。
やっきはラウ、ソレイユ、リナリアと共に一番奥の席に通された。
その周囲には――
【雷王】セリス=ヴァンシュタイン
【鋼王】ガロス=ブレインハート
【癒姫】リナリア=クローヴ
【影鬼】ジーク=ノルヴァン
【賢者】ミルカ=カレイド
【焔将】ブラン=ハグレイム
【拳聖】ヴァリィ=ラングフォード
【天騎】アルノー=ドミナス
【幻帝】ダグ=バロット
【剣聖】ラウ=ラーシオ
【巫女】ソレイユ・アストレリス
【魔召】やっき
…といった面々が次々と席に着いていく。
緊張と期待がほどよく混じり合い、重々しさの中にもどこか和やかな空気が漂っていた。
王自らの挨拶のあと、食事と歓談の時間が始まる。
それぞれがグラスを手に取り、静かに乾杯が交わされた。
食事が一段落したところで、ソレイユがスッと立ち上がった。
柔らかな声で、静かに全員へ向けて言う。
「皆様にお願いがございます。私もこのHOLY部隊の一員として旅に同行させていただきたく存じます」
その言葉に場が一瞬、静まり返る。
最初に反応したのは【雷王】セリス=ヴァンシュタインだった。
「巫女様がご自身で旅に出るなんて――いくらなんでも危険すぎるでしょ?」
【焔将】ブラン=ハグレイムも言う。
「いや、俺も反対だな。戦場で巫女様に万が一があったら、国中の士気が崩れるぞ」
【癒姫】リナリア=クローヴが心配そうにソレイユを見つめる。
「私も…ソレイユ様のご身分を思うと、簡単には賛成できません」
【拳聖】ヴァリィ=ラングフォードも重く呟く。
「万一のときに誰が守る。近衛のものはこの部隊に加わらないんだぞ」
【幻帝】ダグ=バロットは冷静に付け加える。
「外交上も危険ですし、万が一魔界に囚われれば、人間界の希望を失うことにもなります」
やっきは、どこか申し訳なさそうな顔でソレイユを見る。
だが、ソレイユは一歩も引かず、まっすぐ彼らを見据えた。
「では、もし剣聖ラウ=ラーシオ殿が不在の時、誰が私を守ってくださるのですか?」
その言葉に、食堂の空気が一変した。
全員が一瞬、言葉に詰まる。
【賢者】ミルカ=カレイドが小さく呟く。
「……確かに、ラウさんほどの実力者が常に側にいるわけじゃないし……」
ソレイユはさらに続ける。
「私はソーサリウム・クラウンの術者です。
この国でこのランクに達した者は、王族を除けば、私を含めて指で数えるほどしかいません。
また、信託はただ未来を示すだけでなく、戦況を“今”知り、“今”正しい選択をするために必要です。
戦いの最中にこそ、その力が最も役立つのです」
【鋼王】ガロス=ブレインハートが、静かにうなずく。
「確かに、信託の力が戦局を変えることは過去の戦役でも証明されている。
しかもソレイユ様ご自身が戦えるのであれば……」
【天騎】アルノー=ドミナスも、納得したように視線を落とした。
【剣聖】ラウ=ラーシオは言う、「大臣、日輪の巫女を旅に同行させてもかまわんか」
大臣は返す
「王はもとよりそのつもりでいらっしゃいます。日輪の巫女は必ずやHOLYの力を何倍にも強くするだろうと」
【剣聖】ラウ=ラーシオは黙ってソレイユを見つめていたが、やがて肩を落とし、静かに口を開く。
「……そこまで言うなら、もう止められないな。
信頼できる者たちがそろっている。私も護衛として全力を尽くすと約束しよう」
ソレイユは微笑み、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ラウ殿。そして皆様」
場の空気が一気に和らぐ。
食後、王の補佐官が静かに口を開いた。
「最後に――このHOLY部隊の隊長を、誰に務めていただくか決めていただきたい」
しばし沈黙が流れる。
【拳聖】ヴァリィ=ラングフォードが一言、「……剣聖ラウ=ラーシオ以外にいないだろう」と呟く。
【雷王】セリス=ヴァンシュタインが腕組みをして、「私もそう思う。まとめるならラウ殿だ」
【賢者】ミルカ=カレイドが元気よく手を挙げる。
「私も賛成! みんなが安心して背中を預けられる人がいいです!」
【影鬼】ジーク=ノルヴァンも短く、「同意する」
【焔将】ブラン=ハグレイム、「文句なしだな」
【鋼王】ガロス=ブレインハート、【癒姫】リナリア=クローヴ、【天騎】アルノー=ドミナス、【幻帝】ダグ=バロットも次々と「異論なし」とうなずいた。
最後にやっきも、しっかりとラウを見て言う。
「……僕も、ラウさんならついていきたいです」
【巫女】ソレイユ・アストレリスも微笑み、「私も賛成です」と静かに言葉を添える。
全員一致で、ラウが隊長に決まった。
ラウは皆の視線を静かに受け止め、ゆっくりと立ち上がる。
「……任せてほしい。
剣聖として、フォーゴッドとして、皆の力を必ず一つにまとめてみせる」
深々と頭を下げるラウの姿に、場の誰もが拍手を送った。
HOLY部隊の隊長がラウに決まると、王の補佐官が静かに告げた。
「それでは、改めて全員で自己紹介と、この場に集うに相応しい功績を語っていただけますか。これから同じ船に乗る者同士、互いを知ることは何よりの力になります」
ラウが軽くうなずくと、最初に【雷王】セリス=ヴァンシュタインが席を立った。
【雷王】セリス=ヴァンシュタインが、テーブルに肘をつきながら朗らかに口を開いた。
「えへへ、あたしがSS級ってのは、正直“突っ込む度胸だけは人一倍”って思われてるからかも。
北方のヴァルナー高原で暴れ回ってた“雷嵐の魔獣ベルグロス”に、ひとりで向かっていったの。
そのとき村の人たちが――泣きながら応援してくれて、もう引けないって思ってさ。
今も背中を預けてくれる仲間がいるなら、命くらい張るつもり。
あたしの雷、頼りにしてよね、みんな!」
場に明るい空気が流れる。
続いて【鋼王】ガロス=ブレインハートが、分厚い手でグラスを持ち上げた。
「……おそらく俺がこの席にいるのは、昔南部の魔石渓谷で“オーク族領主グリムガンド”の軍勢を食い止めたからだろうな。
自慢する気はないが、あの時は誰もが恐怖で動けなかった。盾を構えたら、一歩も引けなくなった――守る者が後ろにいると、人間ってのは不思議と踏ん張れる。
皆が安心して暮らせる日常のために、この身体がもう一度役に立つなら、それだけで充分だ」
【癒姫】リナリア=クローヴは、静かな微笑みを浮かべて語る。
「私が評価された理由は、多分、戦う力じゃなくて“癒す力”だからだと思います。
中部の大湿原で“瘴気のクラーケン・シェルビア”が現れたとき、皆が病に倒れ、町が消えてしまうかと怖かった……。
それでも、絶望の中で誰かを支えるのは奇跡じゃなくて、“みんなの想い”だと感じました。
今も不安な顔をしている人を見ると、あの頃を思い出します。だから、これからも皆さんの心と身体を支えさせてくださいね」
【影鬼】ジーク=ノルヴァンは一瞬、視線をテーブルに落とした。
「……俺がSS級に推された理由は正直わからない。
ただ、任務を遂行することだけが生きがいだった。西方の闇都で“堕天魔人シェイドロード”の討伐を命じられたとき、
俺はただ、誰かを失いたくない、それだけで動いていた。……影は時に、光より強くなれる。
隊の皆が無事なら、それで充分だ」
【賢者】ミルカ=カレイドは両手を広げて笑顔を振りまく。
「私がSS級に推された理由……おそらくは、“知識と魔法の両立”が評価されたのでしょう。
昔、王都近郊の魔法湖に現れた“多頭魔獣ヒュドラーグ”を、仲間と共に討伐しました。
あの戦いでは、膨大な魔力の制御と、現場での迅速な分析、そして臨機応変な術式の応用が必要でした。
知識は現場で活かしてこそ――それが私の信条です。
みなさんの勝利のため、知恵も魔法も全力で尽くします。どうぞよろしくお願いします!」
【焔将】ブラン=ハグレイムが肩を竦める。
「自慢じゃねえが、灼熱の砂漠で“炎巨獣バルザード”を倒したのがSSランク襲名のきっかけらしい。
でも、俺だって怖いもんは怖いぜ。
仲間の一人が砂に呑まれて消えかけたとき、本当に“自分の火”だけじゃ世界を守れねえって思った。
けどさ、誰かと戦うんじゃなくて、“誰かと守る”のが本物の強さなんじゃないかって……今は思ってる。
だから、こんな陽気な奴でもよろしく頼むぜ!」
【拳聖】ヴァリィ=ラングフォードはゆっくりと立ち上がり、簡潔だが重みのある声を響かせる。
「俺がSS級になったのは、凍てつく山脈で“鉄拳鬼ギリム”を討ち、村を守ったからだろう。
だが、本当に大事なのは“信念を曲げないこと”だと思ってる。
命をかけて守り抜いた仲間と、今こうしてまた命を懸けて旅に出る。それが俺の誇りだ」
【天騎】アルノー=ドミナスは、静かに深呼吸し語り出す。
「私がSSランクになった理由は、空の都で“飛翔魔獣ドラグノート”を討ち、
空路を再び人々のために解放できたからだと思う。……でも、本当は部下たちをひとりも失いたくなかった。
だからこそ、規律も誇りも、全て“守るため”にある。今度はこの隊の全員が生きて帰れるよう、全力を尽くします」
【幻帝】ダグ=バロットは静かに眼鏡を直しながら話す。
「自分がSSランクに任じられたのは、東方砂漠で“千幻蛇ティルフィング”の迷宮結界を破り、多くの市民を救ったからとされています。
だが、私は情報屋であり参謀であって、“真の英雄”と呼ばれる資格があるかは分かりません。
それでもこの知恵が、みんなの盾となるなら、それだけで充分です」
ラウは全員の話をしっかり聞き、しみじみと頷いた。
「どれも素晴らしい功績だ。
これほどの面々が揃うなら、どんな脅威にも立ち向かえるはずだ」
【巫女】ソレイユ・アストレリスは少し緊張したように席を立つ。
「……ソレイユ・アストレリスと申します。
私は平民の家に生まれましたが、幼い頃から日輪の神殿に引き取られ、“日輪の巫女”として育てられてきました。
どうぞ身分にかかわらず、気兼ねなくご会話ください」
彼女はやっきに目を向けて微笑む。
「私の役目は神託を受け、みなさんの行く先を導くことです。
信託では、“ラミアス=ルシファーは敗れる”と明確に示されています」
メンバーたちに目線を移し、静かに――しかし力強く宣言する。
「ですから、この旅はきっと成功します。
みなさんの勇気と信じる力が、必ず運命を変えます。どうか、最後まで諦めず、共に歩んでください」
皆の目がソレイユに集まり、緊張した空気が一気に明るくなった。
「巫女様がそう仰るなら……」「おう、安心して任せな!」
【賢者】ミルカが元気よく手を叩き、【癒姫】リナリアがほっと微笑む。
自然な流れで、視線がやっきに集まった。
やっきは、緊張を隠せないまま席を立つ。
「……やっきです。まだ正式な冒険者になって間もなくて、
皆さんのような大きな功績はありません」
一度言葉を切り、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「僕がSS級としてここにいるのは、魔法ランク測定で“アルカナ・オーロラ”と判定されたからです。
正直、力の全部を自分でも理解できていません。ですが――」
ほんの少しだけ、胸に手を当てる。
「僕の中には、アスモデウスという大きな存在が宿っています。
この力は、きっと誰かを傷つけるためではなく、“守るため”に使うべきものだと思っています。
未熟ですが、皆さんと一緒なら……少しずつ自分の役目を果たしていける気がします」
ソレイユが静かに頷く。「やっきさんは、私たちにとってかけがえのない仲間です」
ラウがやわらかく口を開く。
「お前はもう、“仲間”としてここにいる。どんな時も、それを忘れるな」
【雷王】セリスが豪快に笑い、「ガキの頃のあたしよりよっぽどマシだ! 仲間ってのはそういうもんだ」と肩を叩く。
「これからよろしく、やっきくん!」と【賢者】ミルカが手を振る。
【鋼王】ガロスも重くうなずき、「必要な時は、いつでも頼ってくれ」と声をかけた。
やっきは、みんなの輪の中に包まれながら、小さな声で「……ありがとう」と返す。
食後の余韻
晩餐も終わり、やがてテーブルに温かいハーブティーが配られる。
あちこちで小さな笑い声が上がり、長い旅の始まりに不安を抱えつつも、確かな連帯感が育っていく。
【幻帝】ダグ=バロットが知略談義を始め、【焔将】ブランは腕相撲を誘い、
【影鬼】ジークは静かに窓際で外を見ている――
そんな賑やかな中、やっきはソレイユとラウ、リナリアと一緒に並んで外の夜空を眺めた。
「……これから、どうなるんでしょうね」とやっきが呟く。
ソレイユが静かに答える。
「未来は、誰にも分かりません。でも、信託が間違えたことはありません。みんなで進めば大丈夫。私、そう信じています」
ラウは窓越しの星を眺め、「信頼は、戦場で一番の武器だ」と短く言った。
リナリアは「夜空はどんなに暗くても、朝が必ず来ます」と微笑む。
やっきはふと、自分の胸の中でアスモデウスの気配を感じた。
(主よ――お前が選んだ道、最後まで見届けよう)
そんな静かな声が、心を優しく満たしていく。
その夜、HOLY部隊の面々は新しい絆と希望を胸に、それぞれの部屋へと戻っていった。
出来るだけ肩書を名前の前に書くことによって読者として楽にしたつもりです。