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量子力学の謎と新たな出会い

科学会議の朝

東京国際フォーラムには、世界中から集まった科学者たちの熱気が満ちていた。広いロビーには、最新の研究成果を示すポスターやパネルが整然と並び、参加者たちが思い思いに議論を交わしている。小泉悟志こいずみ・さとしは、その様子を見回しながら静かに歩を進めていた。


「この場にいるだけで、自分の小ささを実感するな。」


すれ違う研究者たちの会話に耳を傾けると、英語やフランス語、中国語――さまざまな言葉が飛び交っている。その中にあっても、悟志は一種の高揚感を覚えた。科学という共通言語が、この場を一つにまとめているように感じたからだ。


ふと背後から、聞き慣れた声がかけられた。


「おい、悟志。お前もやっぱりここにいたか。」


振り返ると、同じ学年で大学時代からの友人、天野宙あまの・そらが立っていた。軽くシャツの袖をまくった姿はフランクながらも、どこかきちんとした雰囲気を漂わせている。


「宙。お前、ちゃんとスーツ着てるとは思わなかったよ。」


「なんだそれ。お前も随分きっちりしてるじゃないか。まあ、俺はこれくらいで丁度いいってところだ。」


宙が肩をすくめると、二人は並んで会場へと向かっていった。


リー博士の講演

会場の照明が落とされると、壇上に現れたのは量子力学の権威であるリー・ウェンチャン博士だった。年配の科学者らしい落ち着きがありながら、どこか柔らかいカリスマ性を持っている。その背後のスクリーンには、ダークマターやダークエネルギーに関する数式やグラフが映し出されている。


「ダークマター、ダークエネルギー――それらは私たちがまだ目にすることのできない宇宙の影ですが、確かに存在しています。そして、観測がその影をどう変えるのか、それが私の研究の中心テーマです。」


博士の声は静かで抑揚が控えめだったが、聴衆全員の心に響く力があった。


「私がこの研究を始めた頃、こう言われました。『それは机上の空論だ』『科学ではなく空想だ』と。」


博士はスクリーンに映し出されたデータを一瞥し、視線を聴衆に戻した。


「批判を受けるのは、科学者として避けられない宿命です。しかし、私はこう考えました――批判されるほど新しい視点を提示できているなら、それは挑戦する価値があると。」


悟志はその言葉に耳を傾けながら、量子力学に対する自分の考えと照らし合わせていた。隣で宙が腕を組みながら小さく呟いた。


「……悟志、この人、本当にすごいな。理論が独特だけど、筋が通ってる。」


「うん。けど、少し突飛な部分もある。どんな質問をするか迷うな。」


質疑応答

講演が終了すると、質疑応答の時間が設けられた。勇気を振り絞り、悟志は手を挙げる。


「小泉悟志です。ダークエネルギーやダークマターが観測可能になった場合、観測行為が宇宙の次元構造や膨張にどのような影響を及ぼすとお考えですか?」


会場が静まり返る中、リー博士は悟志を見つめ、柔らかく微笑んだ。


「重要な視点ですね。量子スケールで観測が結果に影響を与えることは知られていますが、宇宙スケールではその影響がさらに大きな意味を持つ可能性があります。ただ、それを実証するには、より精密な技術と長期的な観測が必要です。」


リー博士との交流

講演後、悟志が出口へ向かおうとしたとき、背後から声をかけられた。


「小泉さん。」


振り返ると、リー博士が穏やかな笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってきていた。悟志は思わず緊張し、姿勢を正した。


「先ほどの質問、とても鋭い観点でした。科学者に必要なのは、現状の理論を超えて新しい視点を提示する力です。あなたにはその素質があると感じました。」


そう言うと、博士はポケットから名刺を取り出し、悟志に手渡した。


悟志はその名刺を手に取った瞬間、胸の奥で何かが跳ねるような感覚を覚えた。白いカードには、「リー・ウェンチャン博士」とともに、彼の研究機関の名称がシンプルに記されている。その文字が、妙に重みを持って見えた。


「……ありがとうございます。」


思わず低い声で答えたが、自分の言葉が少し震えていることに気づいた。名刺のカードの感触が指先に伝わる。それはただの紙切れではない――自分の研究者としての未来を象徴するもののように感じられた。


「もし興味があれば、ぜひ連絡をください。私たちの研究機関は常に新しい視点を歓迎しています。」


リー博士はそう言うと、再び微笑み、軽く会釈をして去っていった。その背中が見えなくなるまで、悟志は立ち尽くしていた。


名刺を胸元に押し当てると、心臓の鼓動が少しずつ速くなるのを感じた。この一枚のカードが、自分にとってどれだけ大きな意味を持つのか。科学者としての未来を切り開く扉が、確かに目の前に現れたのだ。


「新しい扉が開かれた……いや、自分でその扉を開ける資格を得たのかもしれない。」


そう思いながら、名刺をスーツの内ポケットにしまった。カードの重みが、胸の奥でじんわりと広がっていく。


宙の研究と議論

ロビーで資料を整理していた悟志に、宙が歩み寄ってきた。


「で、お前、あの博士から名刺もらったってマジかよ。」


「そんな大したことじゃないさ。ただ、研究機関に興味があるなら連絡してくれって言われただけだ。」


「それが大したことだろうが。……俺も、いつかはそういう場で認められるようになりたい。」


宙は少し視線を落としながら呟いたが、その目には揺るぎない決意が宿っていた。


「お前の研究、量子重力理論だろ?その道を貫いてるだけでも十分すごいよ。」


「まあ、そう言ってもらえるとありがたい。けど、あの講演を聞いてると、俺のやってることなんてまだまだって気がするな。」


悟志は笑みを浮かべながら、宙の肩を軽く叩いた。


5か国による国際条約

その日の会議の最後に、科学技術に関する歴史的な発表が行われた。アメリカ、中国、インド、日本、EUの5か国・地域が、新たな科学技術協力条約を締結することが公式に発表された。


壇上に立つ日本の代表は、条約の意義を力強く述べた。


「この条約は、科学技術の発展を個人や国家の利益だけでなく、人類全体の未来に繋げるものです。特にAI、量子技術、宇宙研究といった分野では、国際的な連携が必要不可欠です。本条約により、5つの大国と地域が共に手を取り合い、持続可能な科学の未来を構築していきます。」


条約の具体的な内容として、次のポイントが示された:


量子技術と宇宙研究におけるデータ共有。

AI技術の平和利用に向けた規制とガイドラインの策定。

途上国への技術支援と教育プログラムの拡大。

会場には拍手が響き渡り、各国の代表が壇上で握手を交わす姿が映し出された。悟志はその光景を見つめながら、科学がもたらす可能性と責任の重さを改めて実感した。


「この条約が実現すれば、科学は国家間の争いではなく、協力の象徴になる。」


隣に立つ宙も同じように条約発表に目を向けていた。


「お前、こういうの見ると、科学ってのも人を繋げる力があるんだなって思わないか?」


「確かに。だけど、協力がうまくいくのは現場の研究者次第だろうな。」


悟志は小さく笑いながらそう答えた。宙もまた微笑み、二人はその場でしばらく条約の発表を見届けていた。

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