二重スリット実験とシュレーディンガーの猫の謎
初夏のキャンパス
東京大学のキャンパスには、初夏を感じさせる心地よい風が吹き抜けていた。
悟志は講義室へと向かう途中、ふと足を止めて目の前の景色を眺める。木漏れ日が地面に揺れる様子に、どこか懐かしい気持ちが湧き上がる。
「未知を知りたいという気持ち――俺がここにいる理由も、そんな単純なところから始まったんだよな。」
二重スリット実験の不思議
講義室に入ると、学生たちは既に席に着いて準備を整えていた。悟志は教壇に立ち、ホワイトボードに「量子力学」と書き、穏やかな声で語り始めた。
「皆さん、今日は量子力学の中でも、とびきり不思議な現象を2つ紹介します。」
学生たちが期待に満ちた表情を浮かべる中、悟志はまず「二重スリット実験」について話を始めた。ホワイトボードにスリット(隙間)とスクリーンを描き、指し示す。
「ここにボールを投げ込むとしましょう。普通なら、ボールはどちらか一つのスリットを通り抜け、スクリーンに直線的な模様を描きます。」
学生たちは静かに頷きながら聞き入っている。
「しかし、電子や光の粒子の場合は違います。観測をしないと、これらの粒子は波のように振る舞い、両方のスリットを同時に通過するのです。その結果、スクリーンには干渉模様――波が重なり合うようなパターンが現れます。」
悟志は干渉模様の図を描き、学生たちに見せながら話を続けた。
「では、どちらのスリットを粒子が通ったかを観測するとどうなるでしょうか。その瞬間――干渉模様は消え、一つのスリットを通るだけになります。」
シュレーディンガーの猫
教室内に驚きの空気が広がる中、高原が手を挙げた。
「先生、それって、宇宙が僕たちに秘密を見せたくないみたいに思えます。観測するたびに、一つの答えしか教えてくれないなんて、不思議です。」
その言葉に教室内がざわつき、悟志は微笑みながら答えた。
「確かにそう考えると、量子力学がより神秘的に感じられますね。もしかすると、観測という行為そのものが、宇宙の真実を形作っているのかもしれません。」
教室内に新たな興奮が生まれるのを感じながら、悟志は次の話題に移った。
「では次に、シュレーディンガーの猫という話をしましょう。この話は、量子力学の不思議を物語る有名な例です。」
ホワイトボードに箱を描き、その中に猫の絵を加える。
「想像してください。この箱の中に猫が一匹います。そして、毒ガスを発生させる装置が仕掛けられていて、それがランダムに作動する仕組みになっています。」
学生たちは興味津々で耳を傾けている。
「観測を行うまでは、猫は『生きている状態』と『死んでいる状態』の両方を持っています。このような状態を『重ね合わせ』と呼びます。しかし、箱を開けて観測した瞬間――波動関数が収縮し、猫の状態は一つに確定します。」
量子力学の可能性
高原が再び手を挙げた。「それって、未来にも似ていますよね。観測するまで、可能性がすべて続いているみたいな。」
悟志は彼の言葉に驚きつつも満足げに頷いた。
「その通りです。量子力学は、可能性の重なりを示す学問です。そして、私たちの選択や行動が、未来を形作る観測になり得る――そう考えることもできます。」
教室に静かな熱気が漂う中、悟志は話を締めくくった。
「この学問が示す不確定性は、ただ混乱を招くだけでなく、可能性の広がりを私たちに教えてくれます。宇宙の謎を解く鍵が、この量子力学にあるのかもしれません。」
学生たちの目が輝くのを見届けながら、悟志は教室を後にした。
未来を探して
キャンパスを歩きながら、彼はふと空を見上げた。
「どんな可能性も、まずは観測してみないと分からない――俺自身も、そんな未来を探し続けているのかもしれないな。」
家族との会話
夜の静けさの中、悟志が家に帰ると、裁縫机に向かっている朋美の姿が目に入った。
「おかえりなさい。今日は忙しかったの?」
悟志はスーツの上着を脱ぎながら頷いた。
「大学で講演があった。それから理化学研究所に寄って、研究データの確認だ。あの実験、やっぱり観測データがまだ不安定でね。」
朋美は裁縫を続けながらも、興味深そうに悟志の話を聞いている。
「それじゃあ、明日の会議もその話をするの?」
「いや、明日はリー・ウェンチャン博士がメインだ。あのダークマターの理論で有名な。」悟志が答えると、朋美の目が輝いた。
「本物のリー・ウェンチャンの話が聞けるなんて!ねえ、質問するの?」
「質問?いや、そんな機会があればだけど、会場の規模が大きいからな。」
朋美は悟志を見上げ、少し笑みを浮かべた。「あなたならきっとできるわよ。そういうの、得意でしょ?」
その言葉に、悟志はふっと肩の力が抜けた。
「そうだな、せっかくだし挑戦してみるよ。」