目に見えない真実
目に見えるものは、すべて現実だろうか。
夜空は都市の灯りに霞み、雲間からわずかに覗く月だけが静かに地上を照らしていた。
その光は路地の暗がりに溶け込み、虚構と現実の境界線を曖昧にしているように見える。
「人々は知らない。眠りにつくたびに、彼らは異世界で生活していることを。そして、朝目覚めて地球の空気を吸うことで、すべてを忘れてしまうことを。」
――あなたは今、自分が見ているものすべてが現実だと信じているだろうか?
小泉悟志は路地に足を踏み入れた。
背後にはビルの灯り、そして前方には深い闇。
彼は立ち止まり、ふと夜空を見上げた。
「見えるものがすべてなら、それ以外の存在はどこに消えてしまうんだろう?」
幼い頃、父に連れて行かれた天文台で初めて月の話を聞いた日の記憶が蘇る。
「月の大きさは、地球から見た太陽の400分の1。そして、月までの距離も太陽までの距離の400分の1なんだよ。」
父が指差す先の月は、天体望遠鏡の視界いっぱいに広がっていた。
「この偶然が、皆既日食という奇跡を生み出しているんだ。」
その時の驚きと不思議さは、悟志の心に深く刻み込まれた。
偶然のはずなのに、あまりにも精巧すぎる――まるで誰かが意図したかのような宇宙の調和。
「もしこれが偶然ではなく、何者かによる意図だとしたら…?」
彼は科学者として、その答えを追い続けてきた。
しかし、最近の研究を通じて感じるのは、答えに近づくどころか、さらに深い謎に飲み込まれる感覚だった。
観測されることで変わる粒子の性質、確定しないまま重なり合う状態――量子力学の不思議は、彼の知識の枠を静かに超えていく。
「本当にすべてが見えているのだろうか。」
そんな独り言が漏れる頃、微かに響く囁き声が悟志の耳に届いた。
「あなたは、それが現実だと思っていますか?」
瞬間、悟志は凍りついた。
声の主を確かめようと周囲を見渡すが、そこには誰もいない。
冷たい風が足元を撫で、路地の影が僅かに揺れる。
その動きが人影のようにも、単なる錯覚のようにも思える。
「目に見えるものが現実なら、見えないものはどこに行く?」
耳元で響くその声は、ただの音ではなく、心の奥深くに直接響き渡るものだった。
悟志は息を呑み、再び空を見上げた。
夜空に浮かぶ月は、薄雲に隠れたり現れたりを繰り返している。
その光が明滅するたびに、世界そのものが揺れているかのように感じた。
もし、現実がすべてだとしたら。
もし、見えているものだけが真実だとしたら――。
その答えを探すため、悟志は立ち尽くす。
彼の瞳には、月光を浴びる夜の景色が映り続けていた。