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6 豹変

 命とは途轍もなく脆い。

 それがどれだけちっぽけであろうと、何かのきっかけさえあれば容易く壊れてしまう。


 故に、ディエスは命を何よりも重視する。


 どんなに巨大な壁が立ちはだかったとしても、それを叩き壊して、粉砕して、歩みを止めることはない。

 だが、圧倒的な力、それの暴威にさらされたとき、彼は初めて自身の無力を自覚した。


 目の前に鎮座する、強大で崇高な存在。


 人間ではない。人間であれば、体中から魔力の粒子が漏れ出ることなどないし、全身が淡いエメラルド色の光で包まれてなどいないし、なにより、ここまでの力を持った個体がいるわけがない。

 抵抗するのが馬鹿らしくなるほどの力、それを誇示するような圧倒的な存在感。


 かの存在の前で膝をつき、生殺与奪を委ねるしかない。それを歯痒く感じるとともに、崇拝にも似た感情があふれ出してくる。

 この力があれば、皆を守れる。

 この力があれば、失わずに済む。


 その一心で、彼はその存在の庇護に縋った。


『――よかろう』


 彼は力を手に入れた。膨大な力を。

 人間に許される最大限、もう彼の前には敵なしという勢いで、彼は突き進んでいった。


 その先に待つのは、予想もしない結果だった。

 

 負けた。完膚なきまでに。


 その身体から漏れ出るオーラは人のそれではなく、だが外見は人間のそれと何も変わりはない。

 その異常さを見て、ディエスは彼女に先制攻撃を仕掛けた。


 全身全霊の一発、手加減などするはずもなく、その一撃で粉砕するつもりだった。

 だが、彼女はそれを止めて見せた。それどころか、それ以上の暴力でやり返してきたのだ。

 これが、ディエスの驕りを完全に吹き飛ばし、後に友人となる――


「……アンブラちゃん」


 アンブラ・ゲブラー。

 常軌を逸した力の持ち主であり、彼が最も信頼する人物の一人。

 初対面時、彼女とは壁外で出会ったが、今彼女は壁内でとある組織の長をしているらしい。壁外ではディエス、壁内ではアンブラがそれぞれ違う組織のリーダーをしているということになる。


 手紙のやり取りは何回かやったことがある。彼女は今、少数ながらも自分についてきてくれる頼もしい仲間たちがいるといってくれたが。


「……なんで、ここに?」


 ディエスが彼女を訪ねようとしていた以上、彼女のほうから来てくれたのは僥倖と言わざるを得ない。

 だが、人を導く立場である彼女が、今ここにいるのは不自然だ。

 なにせ、ディエスは今まで『城郭』までの最短ルートを通って走っていた。そこで出くわしたということは、彼女もあの村まで一直線に向かっていたということ。


「別に、大した話じゃない。私があの方角に異変を察知して、早急に向かった。それだけだ」


 アンブラはそっけなく答えるが、その視線は村の方向へと固定されている。

 彼女が言うほどだ。何か並々ならぬ、明確な脅威が迫っているに違いない。


 とすると、疑わしいのは――


「――善君と、『守神』」


 このどちらかだろう。善が彼女すら警戒するほど警戒すべき存在なのか、『守神』がいなくなったことが、ディエスの思う以上にまずい状況なのか。

 どちらにせよ、すぐさま戻る必要がある。


「駄弁ってられなそうだね。戻ろう」


「ああ」


 弾かれたように、二人は走り出す。目的地はもちろん、あの村だ。


「走りながら、状況を聞くぞ」


 アンブラがそう言えば、ディエスの口角は上がり、彼の内には高揚感が生じる。

 この瞬間、障害は全て障害とは言えなくなった。


 無敵になったような気分になりながら、二人は止まることなく進み続けるのだった。



***********



 善は、この世界に来て間もない。もちろん、この世界がどれほど危険なものか、正確に測り取れるわけもなかった。

 彼の基準は、ディエスに一撃で撃退されたグリフィンだ。

 

 人と会えたことですっかり気が抜けてしまっていたのか、だからこそ判断が遅れた。

 善は誰よりも早く、それに気づけたはずだったのだ。


 しかし、行動は誰よりも遅い。


「っ……伏せて!」


 ルプスヴァルグが叫ぶように声を張り上げたことで、ようやく善は行動を開始した。

 咄嗟に頭を下げ、姿勢を低くする。同時に、フーミアも伏せる。

 アルマはメイスを抜き、それを巨大化させ戦闘に備える。ルプスヴァルグも、剣を抜いて構える。


 ――敵の暴威が彼らに襲い掛かるのは、そのすぐ後のことだった。


 頭の上を風切り音が通過し、続いて木々がへし折れるような轟音。

 戦闘態勢をとっていた二人が吹き飛ばされたことで、ようやく善はこれが異常事態であると理解した。

 慌てて立ち上がり、彼らが吹き飛ばされた方向を見やる。


 ルプスヴァルグもアルマも、目立った外傷はない。しかし、アルマの厳しい表情から、一筋縄ではいかない相手であるとわかった。


 方向が轟き、善が慌てて視線を敵の方向へ向けると、


「――え」


 目の前に、巨大な人型の――奇妙な存在がいた。

 首から下は人形のような姿であり、その頭にはあるはずの目も鼻も、口や耳すらない。ただ、八の尻のような突起物がそこにあるのみだ。

 球体関節が滑らかに動き、善の横っ腹に拳を叩きつける。


 完全に不意を突かれた善はルプスヴァルグやアルマより大きく吹き飛ばされ、強く地面にたたきつけられた。

 体のどこかから、何かが砕けたような音が聞こえる。


「クソっ――」


 その声が聞こえたのち、戦闘が始まったのか、剣を打ち付ける音、メイスを叩きつける音が聞こえる。が、そちらに意識を向けられるほど、今の善に余裕はない。

 まさか、ここまで短時間でこの激痛が再演されることになろうとは。

 だが、これで終わってはいない。


「――マ!防御行動――」


 何か、切羽詰まった声が鼓膜を揺らして。


 

 雷が、無差別に降り注いだ。

 

 

 肌を焼き、肉を焦がし、内部まで侵入してくる電流に悶え、善はのたうちまわる。

 他のものの無事を確認する暇もなく、二撃目。


 絶え間なく降り注ぐ雷光の嵐に、善の意識は遠のいていく。

 

「結界は、無事……ルプス!死んでもここで食い止めるよ!」


「勿論、最初は彼を警戒しての自宅待機だったけど、裏目に出たか……!」


「――絶対、他の村民には近づけさせない……っ!」


 二人の会話が聞こえる。遠く、やまびこでも聞いてる気分だ。

 掠れ、ぼやける視界。その端に映ったのは――


「善さん!」


 フーミアが必死にこちらへ駆け寄ってくる。その献身ぶりはありがたいものだが、今は何よりも自分を大切にして欲しいものだ。

 軋み動かない体を酷使して、這いずるようにフーミアへ近づき、今にも潰えそうな脳を働かせ、叫ぶ。


「――逃げろ!」


 その必死の声に気圧されたのか、フーミアの足が止まる。


 その背中に、二人を相手取っている『変律体』が頭を向けた。

 そして、目にも留まらぬ速度で変律体は駆けだし――



***********



 誰かの叫び声が聞こえた。

 甲高く、無意識化で救助を求める反応を受けた二人は、息ぴったりに加速した。

 風も、音も、何もかもを置き去りにして、森の中を突っ切る。


「相変わらず、辺鄙なとこに住んでんな……!」


「お生憎、ここに固執する理由もなくなっちゃったけどね……!」


 軽口を交わしながら、二人は突き進む。


「私が飛び出してきた理由が……やべぇ気配が強まってる。気を付けろよ」


「勿論」


 木々をかき分け、二人は村の、今まさに危機的状況にあるであろう仲間たちを助けに飛び出し――


「――」


 黒い髪の青年が、異形の姿へと変貌を遂げていた。

 足は肉と骨がむき出しになり、肉々しさが増しており、さらに右腕は巨大な触腕に変形している。

 背中からは四本の触腕が見え、それらが地面に突き刺し、何かを固定している。

 その傍らには『変律体』と思われる人形のようなものが倒れており、ピクリとも動かない。なぜなら、その胸は触腕によって貫かれ、四肢も地面諸共刺し貫かれているから。


「……ディエスさん」


 ボロボロの姿で、ルプスヴァルグが絞り出すように声を出す。その手は、アルマの肩に置かれていた。

 いつもうるさいアルマが、今は大人しい。明らかに動揺している表情で、わなわなと震えるばかりだ。

 善の――いや、善の姿をした何かの後ろでは、腰が抜けてしまったのかフーミアがへたり込んでしまっている。


 その混沌とした状況を見て、ディエスは。


「……どう、なってる?」


 と、困惑の声を漏らすのみだった。

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