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3 癒えるもの、癒えないもの

「私たち、どこかで会ったことありますよね!?」


「……はぁ?」


 フーミアから突然言われた言葉の意味を、善は理解できなかった。

 彼女のように空色の髪と翡翠の目を持った美少女がいれば、たちまち注目の的になるだろう。もしかしたら、いや十中八九、モデルのスカウトでも来るかもしれない。

 どれにせよ、どこかで彼女に会っているのならば、覚えていないはずがないのだ。


 幾ら記憶を探ろうと、彼女の場所はどこにもない。善の人生に、彼女が介在する隙間など――


『――それでいいんでしょう?』


「――っ」


 声が聞こえた。否、声が()()()

 他でもない彼自身の脳内で、彼女の声が響いている。


『私が、私一人が――』


「ぐっ……あっ…………!」


 頭が割れるように痛い。脳をかき混ぜられるような、脳漿を引きずり出されるような、度し難い激痛が彼を襲った。


 ――これは、日本で気を失ったときに体験したものと同種だ。


 頭が痛むメカニズムは、まだ彼にはわからない。しかし、これが彼にとって何よりも重要なものであるということ、決して忘れてはいけないものであるということだけは理解できた。

 どうしてだろうか。

 目の前の少女が、どうにも、叫んでいるようにしか見えないのだ。


 助けを求めている。救いを求めている。


 それに応えなければ。


「くっ……ぁ――」


 朦朧とする意識、暗転していく視界、力の抜けていく四肢。それらを最大限に酷使して、善は彼女に手を伸ばす。

 フーミアはきょとんとした顔で、何が何やらわかっていないようだ。

 自分でも理解の及ばない感情が善の胸中を満たし、体を突き動かそうとする。


 そして、雁字搦めになっていたものが、決壊し――


「じれったいなあ!もう!」


 響くは、聞き覚えのない女性の声だった。

 刹那、鈍い衝撃とともに、善の体は吹き飛ばされ、テントの天蓋を巻き込み、土にまみれて転がっていく。

 布に巻かれた状態で転がり続け、転がり続け、何か硬いものに当たって停止する。


「っつ……何が……」


 視界を遮る布を払い、善を吹き飛ばした人物の正体を見ようと目を向ける。

 そこには、これまた珍妙な格好をした少女が――いや、幼女がいた。


 向日葵のような黄色の癖毛を短く切り、灰色の瞳は光陰を現しているようだ。

 その小さい体躯からは想像できぬほど大きな――具体的に言えば、彼女の背丈の二倍はありそうなメイスを片手に持ち、ぶかぶかの鎧を身に着けている。


「あなた、怪しい動きをしたらすぐ突入するって言われたでしょう!?かわいいかわいいフーミアちゃんに手を出すんじゃないわよ!」


「えぇ……?」


 もはや熱とも言える感覚を背中に覚えながら、善は声にならない声を上げる。


 突入する、というのはまだわかる。彼女が言っている通り、事前にルプスヴァルグから『いざというときは突撃する』とは言われていたからだ。

 だが、あんなに巨大なメイスで殴る意味はなかったのではないだろうか。

 あのメイスは見るからに重そうな金属製であり、更に角が立っていて、明らかに非戦闘員に使うような甘い代物ではないことだけはわかる。


 現に、今も善の背中は激痛を訴え、全身の骨が軋む痛みを短期間で二回目を味わうことになるとは露ほども思っていなかった。

 

「あはは、アルマは過激だねえ。――君、大丈夫かい?」


 ふと、善の頭上から声が降りてきた。

 何事かと上を見上げると、そこには灰色の髪をかき上げた中年がいた。

 彼は腰に一本の剣を差すのみであり、纏う雰囲気の穏やかさは、善が無意識に安心するような感覚を覚えてしまうほどだ。

 

 ――突然、善の脳内で気を失う前の出来事がフラッシュバックする。


 グリフィンに襲われ、あわや死ぬかと思われた彼を救った存在。グリフィンを一撃で蹴飛ばし、彼をここまで連れてきた存在。


「……あなたが、ディエスさん……?」


「お、もう僕の名前聞いてたのか。教えたのは――ルプ君かな?」


 そう言って、ディエスがルプスヴァルグのほうを見ると、彼はバツが悪そうにフードを深く被る。

 親戚のおじちゃん。善が抱いたのはそんな印象だ。

 あまりにも優しく、あまりにも穏やか。特徴的な格好をした人物が多いこの場で、一人でも善が自然だと思える外見の人物がいる。

 その事実を知れたお陰か、善の警戒心は少し緩みつつあった。

 

「いやー、参ったね。アルマはせっかちさんだから、暴れださないか心配で早めに戻ってきたんだけど……遅かったかぁ~」


「なっ……それは私じゃなくて、こいつが変なことしたせいで――」


「本当かな?ルプ君」


「フーミアさんに手を伸ばしてはいましたけど……それ以上に苦しそうでした。大方、体調が悪くなって咄嗟に何か支えにするものが欲しかったんでしょうね」


「うんうん。……だ、そうだよ?」


「うっ……」


 善には目もくれず、和やかに始まるアルマへの説教。絵面が完全に孫に説教するお祖父ちゃんだ。

 先ほどの緊迫した空気とは対照的な様に困惑していると、善の肩が叩かれる。見れば、フーミアがこちらを心配そうに見つめていて、


「あの、大丈夫ですか……?さっき、もの凄く体調が悪そうでしたけど……」


「え?――あ」


 思えば、さっきまで善を蝕んでいた頭痛、それがきれいさっぱり治まっている。

 こうも突然治ってしまうと、却って疑いたくなるというもの。それが重大そうなものであったなら、猶更だ。


「今まで症状が出ていなかった重病が末期まで進行している――なんてオチはやめてくれよ……」


 恐ろしい想像が浮かび、善は体を震わせる。

 どうやら、一刻も早く病院に行ったほうがよさそうだ。行ける場所に病院があるかもわからないが。


「一応、まだ寝ておきますか……?」


「ん、ああ、大丈夫……なはず」


 少なくとも今は体に不自由は感じないし、問題なく動ける。そう楽観視していられる状況ではないことだけは理解しているが、だからと言ってそれと同じかそれ以上に怠ってはいけないことがある。


「……あの、フーミアさん」


「はい……フーミア、でいいですよ」


「それじゃ、フーミア――」


 神妙な面持ちで、善はフーミアに語り掛けた。

 目と目が合い、気まずい空気が二人に流れ、まるでこれから一つのラブストーリーでも始まるかのような間の後、


「――俺、常識がないみたいだから色々教えてください!」


「――はい?」


 今度は、フーミアが困惑する番だった。



***********



 フーミアが善を連れて歩き出す。その背中を、静かに傭兵団のメンバーは見ていた。


 ――尤も、『傭兵団』と言っても戦闘員はディエスを含め三名しかいないが。


 この村は小さな集落だ。決して生活に不自由はしていないが、だからと言って『城郭』の中で住めるほどの金を持っているわけでもない。

 ディエス、ルプスヴァルグ、アルマ。この三人の武力と、その他二十五名の労働力。それでこの村は動いていた。

 ここは壁の外にある集落の中では、恐らく最も豊かな暮らしができている場所だろう。本来、『城郭』を囲む強固な壁、その外は死が蔓延する地獄の世界。外にある集落など、もって二週間だろう。


 彼らが今こうして暮らせている理由、それはこの地を守護する力――それを与える存在である『守神』の影響に他ならない。

 この村からニ十分ほど歩いた場所にある、小さな洞窟。その最奥に眠るかの存在は、この村を何百年と守護し続けてきた。

 しかし、今は――


「……ディエスさん、『守神』のほうは」


「――いなくなってたよ」


 苦虫を嚙み潰したような表情で、ディエスは告げる。

 今までの平穏が崩れた。その事実を受け、三者三様の反応を見せる。

 ディエスは何かを悔やむような表情を、ルプスヴァルグはフードで顔は見えないが、纏う雰囲気が剣呑なものに変わっている。

 そしてアルマは、すぐさま行動を起こそうとしていた。


「……アルマ、何するんだ?」


「……止めないで、ルプス。このタイミングで来客、どう考えても普通じゃないでしょ。『城郭』の外に出るのは自殺行為だって、二人とも知らないわけじゃないでしょ?だって、だからこそ、今はもう三人しか――」


「――アルマ、やめなさい」


 それ以上の発言を許さない、あまりにも巨大な『圧』がこの場を支配する。アルマは大きく体を震わせ、ルプスヴァルグも表には出さないまでも指先が小さく震えている。


「彼が普通ではないのはもうわかってる。同時に、僕らに話せない何かを抱えていることも」


「……っ、だったら――」


「――あの子の処遇は、僕が決めるよ」


「ディエスさん、それは甘すぎるんじゃないかな?だって――」


「わかってるよ、ルプ君」


 ディエスはアルマのほうへと歩み寄り、彼女の携える巨大な――今は魔術により短剣ほどの大きさに変わっているが――メイスを人撫でする。


「アルマ……彼を殴ったんだろう?手加減は、してないね?」


「……脅すためにも、死にはしない程度に痛めつけようと思ったから、結構強く殴ったよ」


「――そうか、ありがとう」


 そう言うと、ディエスは踵を返し、歩き始める。


「『城郭』に向かうよ。ちょっと、あの子の第六感を借りたい」


「……お気をつけて」


 ディエスは、彼との再会――ディエスの足にぶつかり、こちらを見上げる彼の姿を思い浮かべる。

 アルマのメイスはれっきとした武器だ。相手を殴ったときに、皮膚を抉り、肉を削り取るように、その殺傷性は極限まで磨き上げられている。

 その威力を知っている彼からすれば、異常なのだ。

 確かに、彼はあのメイスで傷を負ったのだろう。着ていた服の背中がずたずたになっていた。本来ならば、その背中は血塗られていなければおかしいのだ。


 ――そう。


 まるで傷が『無かった』かのように、服しか傷ついていないなんてことは、あり得ていいわけがないのだ。

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