第六話 『ふたりの王都散策』
王都は馬車の往来が多いため貴族や庶民関係なく街の観光は徒歩で行う。むしろ馬車に乗っての観光は不倫疑惑など民衆に負の感情を沸かせる原因となるため避けるのが通例だ。
もちろん私とアリスも例に漏れず徒歩で街を歩いている。草ひとつ生えていない整備された大通りを歩くのは初めてでそわそわする。
アリスが横にいるからなおさら。
喫茶店から雑貨店、果物屋など様々なお店が並ぶ王都。
歩いている人々の服装は他の都市と比べられないほど整っており、多くが自由市民なのが見て取れる。
しかし、彼らは非常に厄介だ。
「ねえねえあれ、近衛騎士だったウィリアム様じゃない?」
「そうだよそうだよ! キャーかっこいい」
「生で見るの初めてかも〜」
新聞や雑誌に取り上げられる近衛騎士や大貴族は歩くだけで市民の痛い視線に晒される。
かく言う私も、2年間近衛騎士だったせいもあり中々多くの民衆に認知されていた。
「アリスすまないな。歩きづらくないか?」
「いえ。ウィリアム様はやっぱり人気なのだなと知れてなんだか誇らしいです」
なぜだか満足そうなアリス。まあ別に褒められて悪い気はしない。
「てかあれ、横に女いるじゃん」
「うわーほんとだ。婚約者かな」
「ありゃ私らじゃ敵わないわ(笑)」
当然だが、アリスの話も出ている。婚約者という言葉に反応してかアリスは急に背筋を伸ばした。
可愛い。
最初に入ったのは雑貨店。筆記具はやはり王都周辺の工房で作られた物が長持ちする。
アリスも筆記具を覗いていたが、どれが欲しいのか尋ねると私にはもったいないですと離れていってしまった。
確かにアリスが字を書いている姿は見たことがないな。今度教えるのも楽しいかもしれん。
*
中央通りから少し外れたフランツェ通り。ここを境に市民と貴族の居住空間が隔たれている。通りの名前はその昔、市民が貴族の邸宅地に入らないよう見張りをしていた騎士フランツから取ったらしい。
もちろん現在はそんな物々しい空間ではなく、緩衝地帯として高級レストランやお洒落な喫茶店が並ぶ過ごしやすい通りだ。
「パスタなんて初めて食べました!」
美味しそうに食べるアリスに見惚れてしまうが、アリスは初めてのパスタに苦戦している。
「アリス、口元にソースがついていますよ。これで拭いてください」
「あわわわ! すみません...美味しくてつい」
恥ずかしそうに口元を拭くアリス。
可愛い。
食事を終えると紅茶が出てくる。さて、もうそろそろ動くとしようかな。
「なあアリス。しばらくここで待っていてくれないか?」
「いいのですが......どうしてでしょう?」
「実は、父上と母上にプレゼントを買おうと思って。アリスが横にいると気恥ずかしくて」
「わかりました! お気をつけて」
納得してくれて助かった。クリフをアリスの話し相手兼護衛として置いて急いで店を出る。
嘘をつくのは心苦しいが、アリスは無理に言わないときっとプレゼントを受け取ってはくれない。
さっき筆記具を見ていたんだし、ささやかなサプライズをして喜んでもらいたいのだ。
ラッピングなんて初めてしてもらう。父上や母上からの贈り物にしてあったラッピングを剥がすのは、子供ながらに楽しかった。
アリスと出会ってからの私は初めてのことばかり。
そのせめてものお返しだ。
帰る途中、アリスに似合いそうなネックレスを見つけた。少々お金を使いすぎな気もしたが、女性にあげると喜ばれると店主に言われて即決してしまった。こっちのラッピングは忘れたのだが。
アリスは喜んでくれるだろうか。
その一心でアリスを待たせているレストランへ着くと、大きな人だかりができていた。
野次馬をかき分けてレストランの中へ入ると複数の近衛騎士がいる。
「ウィリアム・ヴェトレールだ。何があった」
「ウィリアム様! それが、どうやら人攫いが発生したようで。拐われたのは女性。護衛の騎士が負傷しています」
冷や汗が止まらなかった。アリスが座っていた席の方を恐る恐る見ると、そこにアリスの姿はない。
「私の連れだ。すまないどけてくれ」
騎士を退かして倒れ込んでいるクリフの元へと急ぐ。
「ウィリアム様...すみません。アリス様を、守りきれませんでした。急に目の前が真っ暗になって、後ろから鈍器で殴られ......」
「クリフ、謝るな。私は誘拐犯を追う、お前は治療を受けて事情聴取を受けてくれ」
許せない。私の軽はずみな行動が過ぎた。クリフがいれば大丈夫と高を括っていたのが裏目に出てしまったのだ。
レストランを出て、民衆に問う。
「誘拐犯がどこに行ったか、誰か見た者はいないか」
聞いても意味はないかもしれない。しかし、何も手掛かりがない現状で出来ることはこれしかなかった。
「騎士様、奴らは王宮の反対方向に行きました」
私は礼も言わずに走りだす。
すまないが今私は手一杯なのだ。
しかし広すぎる。王都をひとりで見て回るなど到底不可能。むやみやたらと走り回って体力を消耗してしまった。
膝に手をつく。息が切れてしまった。傾き始めた太陽が私を照らし、汗が頬を伝う。
見つけ出すのは無理かもしれない。
時間が経てば経つほど誘拐犯の逃走範囲は広くなる。それを私ひとりで、どうすれば......⁈
車道に、草が一列に並んでいた。
完璧に整備が為されている王都の石畳に草が生えているのも珍しいというのに、しかも一列に並んでいるのだ。
アリスの能力か?
1ヶ月間アリスと共に畑を回っていたから分かる気はする。もしかしたらこれがアリスが残したアリスなりの道標なのかもしれない。
*
私は走り続けた。そして確かに並んだ草は段々と人気に少ない道路へ曲がり、ついには路地へと入っていく。
路地に入ってすぐ、小型の幌馬車と建物の扉を守っているであろう2人の男がいた。
私の中で疑念は確信へと変わる。
「おいおい貴族様が、こんなとこにひとりでノコノコと来ちゃダメだろうg......」
絡んできた男どもを凍つかせて建物の中へと続くドアを開ける。
箱や樽がおいてある広い倉庫。中に入ると無数の男がこちらをじっと見てきた。
その奥。いた。
両手両足を蔦のようなもので縛られ、横たわっているアリス。
「扉の前にアホどもを待機させていたが、貴殿には無駄だったようだな」
黒い鎧を着た騎士が、こちらへと近づいてくる。
「お前たちに弁明の余地はない。アリスを返してもらうぞ」
抜刀。
その瞬間だった。急に目の前が何も見えなくなる。クリフが言っていたのはこういうことだったのか。
「おりゃああ」
四方八方から棍棒で殴られる。
「やれやれ!」「ぶっ殺せぇ!」
まずい。気配でほとんどの攻撃は避けれるがそれでも囲まれていればいつかやられる。
だからといって無闇に範囲攻撃を使えばアリスに当たってしまうかもしれない。
『仕方ないね。僕らが助けてあげるよ』
脳内に声変わりをしていない、少年のような声で話しかけられた。
途端に視界が開ける。だが、私の目線ではない。強いて言うなら頭半個分高い。
今は関係ないか。
『アイス・フィールド』
見えてしまえば恐れることは何もない。私を中心にアリスを巻き込まない範囲を氷が物も人も関係なく侵食する。
「き、貴様......私の魔術『ザ・ダーク』をどうやって克服した」
黒い鎧の騎士は首元まで氷に侵されていた。
「なぜ彼女を攫ったのか、教えてもらおうか」
私の質問に、黒い鎧の騎士は何も答えようとはしない。尋問は得意ではないし、貴族を攫う人攫いは一定数いるのだ。どうせこの騎士も身代金目的に違いない。
「残念だ」
そのまま騎士の頭まですべてが凍りつく。事情聴取は近衛騎士達に任せよう。
「アリス、大丈夫か!」
アリスを縛っていた蔦は緩くなっていた。
「ウィリ...アム...様?」
「もう大丈夫だアリス。私が軽率だった。すまない」
「謝らないでください。私、何もできなくて」
泣き出すアリスを、力一杯抱きしめる。
「ウィリアム様......痛いですよ」
「すまない」
「草の道標、気づいてくれたのですね」
「当たり前だ。だって私は...私は......」
アリスを目の前に、それ以上言葉は続かなかった。この気持ちを吐露してしまえば、アリスとの関係にヒビが入りそうで。
「ウィリアム様なら気づいてくれると信じてました」
「ありがとう。そうだアリス、これを」
私はポケットに入れておいたネックレスをアリスの首へと付ける。ネックレスの真ん中で輝くアクアマリンがアリスによく似合う。
「ウィリアム様...これはアクアマリンですか?」
「よく知っているな。こんな風情のない場所で申し訳ないが、私からのプレゼントだ」
急にアリスの顔が真っ赤に染まった理由を、私は考えてみたがわからなかった。
「嬉しいです! 一生大切にしますね」
喜んでもらえて何よりだ。
事件の後始末は近衛騎士に任せて、私とアリスはもう少しだけ王都を散策することにした。
あれほどの事件に巻き込まれたというのにアリスの笑顔が、心なしかさっきもより増えた気がする。
第六話でした。ウィリアム様、モテるのに恋愛に関してはうぶなんですよねぇ。
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