第二話 『家族会議と門出』
青を基調とした会議室には私と父上、弟のハンスとブレント、そしてそれぞれの主任従者が集まっている。
私の主任従者のクリフは、私の話をしっかりと聞かせた後にしばらく暇をとらせた。そのため私だけ後ろに誰もいない状況だ。
「まずはウィリアム、長旅ご苦労だった。それで話とはなんだ?」
父上の声が会議室に響く。
「はい。国王陛下がお探しの聖女様を辺境伯領にて保護いたしましたので、今後の方針を話し合いたいと思いまして」
会議室が凍りついたのがわかった。
弟たちは呆気にとられて私をただみている。
「まさか本当に儀式が成功していたとはな。ウィリアムはこれからどうするべきだと考えているのだ」
「はい。私は生涯をかけ、聖女様を陛下から隠し通すのがよいかと――」
ドンッッッ!!!
「兄上、ふざけていらっしゃるのか! 陛下が探し求める聖女を生涯匿うなど......到底できるわけもない。一族を滅ぼすおつもりですか」
耐えられないとばかりにハンスが叫ぶ。
「僕もハンス兄様と同じ気持ちです。伝説があるとはいえ、国王様が他国を侵略なんて考えられません」
三男のブレントはハンスと対照的に冷静だった。
確かにこれは辺境伯家全体の問題で、私が独断できることではない。ふたりの意見も当然よくわかる。
「お前たちの言うこともわかる。しかし、これは家長であるウィリアムが決めることだ。違うか?」
父上の言葉に2人は黙ってしまった。
全員の注目が私に向けられる。
「皆に迷惑をかけるのはわかっている。しかしその上で、私は聖女様を命をかけて守り抜くと決めたのだ」
机に置いた拳を握りしめるハンス。
ブレントも納得はしていようだが、俯いて何も言わなくなった。
「では決まりだな。......エリノア、いるのはわかっている。入りなさい」
「はい。失礼します」
従者がドアを開けると、エリノアの横に白の下地に青色の紋様が刺繍されているドレスを着た聖女様が立っていた。しかもなぜか、聖女様は顔を真っ赤にして俯いている。
「立ち聞きとは行儀が悪いぞ。それにこんな遅くに何をしているのだ」
「いえ、アリス様......聖女様? をウィリアム兄様のお部屋へお連れしていましたら、ハンス兄様の怒鳴り声が聞こえてきまして」
あいつ、しれっととんでもないこと言ったな。
「エリノア、なぜ聖女様をウィリアムの部屋へ連れて行っているのだ」
弟たちの視線が痛い。やっぱり妹の誤解を先に解いておくべきだったようだ。
少しエリノアに目で訴えかけてみると、エリノアはわかったと言わんばかりにウィンクを返してきた。
「ウィリアム兄様のお客様ですし何より、兄上が女性を連れてくるなんて初めてではありませんか! 出身がどうであれ、応援したくて......」
何もわかっていなかったな。
*
エリノアの思い込みと、兄弟から向けられた疑念を晴らすのに昨日は苦労した。こんなことになるのなら父上と2人きりで話すべきだったか。
そんなことを考えつつ礼拝堂に入ると、聖女様が祈りを捧げていた。私はコツコツと靴音を立てながら近づいてみるが、こちらに気づく様子もない。
天真爛漫な方かと思えば年相応の恥じらいも持ち合わせ、そして今は真剣な一面を見てしまった。
まあいいかと聖女様の横に座り、私も神へ祈りを捧げる。
「ふ、ふぇあああ! ウィリアム様、なぜ隣に?!」
情けない声と共に大きな物音がした。
横を見ると聖女様が顔を真っ赤にして尻もちをついている。
「聖女様、驚かせて申し訳ない。全然私に気がつかない様子だったのでつい」
頬を膨らませる天使......聖女様が何とも可愛らしい。いつまでも見ていたかったが、聖女様に手を貸して隣に座り直してもらう。
「昨日はエリノアが勘違いをしていたようで、嫌な思いをさせてしまいすみません」
「嫌な思いなんて......私は恥ずかしかっただけで、別に嫌とかそういうのは――」
不満げに言う聖女様。だんだんと口の動きしか見えなくなる。
「聖女様が嫌でないならよかったです。それでは私は朝の稽古があるので」
名残惜しいが、私は辺境伯であり騎士団の長でもあるのだ。長旅でなまった体力を早急に取り戻さないといけない。
それに、今後は聖女様を守るための戦いが起きかねないのだ。訓練に余念は許されない。
立てかけておいた剣を持ち、立ち上がる。
「あの! 私には神にいただいたアリスという名前があります。聖女様なんて堅苦しい呼び方はやめて、アリスって呼んでください!」
一瞬聖女様が何を言いたかったのかわからなかった。が、わかった瞬間に心臓が大きく跳ねる。
「わかりました。アリス様」
「さ、様なんて......恥ずかしいので様はいらないです」
「......ではアリス。それではまた後から」
「はい! ウィリアム様、また後から」
私は急いで礼拝堂を出て、顔を触った。
顔は赤くないか? 表情は緩んでないか?
初めての感情だ。心の鼓動がすれ違う従者全員に伝わってしまいそうで、いつもより早歩きで訓練場へと急ぐ。
*
午前の訓練は酷いものであった。私の腕以上に辺境伯騎士団の腕が落ちている。この1ヶ月間は私が不在でハンスも国境警備隊の訓練で出払っていた。仕方ないといえば仕方ない。
にしてもだとハンスは酷評していたが、まあまあと宥めておいた。昨日のこともありハンスは相当ご立腹らしい。
砂埃で汚れた装備を従者に渡していると、1人のメイドがやってきた。
「辺境伯様、聖女様がお呼びしておりました。至急大広間までお越しくださいませ」
聖女様...アリスが私に用事? 今朝のことがあったが故になんだかやたらと緊張する。
「わかった。すぐ向かおう」
大広間の扉の前で再度身だしなみを整えた。私の合図で従者が扉を開ける。
白地のワンピースを着たアリスが私に向けて微笑んで出迎えてくれた。
「訓練お疲れ様でございます」
朝のような宮廷ドレス姿も美しかったが、昨日初めて彼女を見た時と同じ白のワンピース姿はなぜだか心がくすぐられる。
「ありがとう。それで要件とはなんでしょう?」
「その、まだまわれていない村へ祈りを捧げに行きたいのですがダメ......ですか?」
「アリスが行きたいのなら行くべきです。すぐ護衛の手配をしますのでお待ちください」
騎士を数人と......でもアリスは女性だからメイドもつけるべきだよな。エリノアがカムイ侯爵令嬢へ会いに行くときはどうしてたっけ。でもアリスは今から村に行くわけで、危険は比にならない。
「......護衛はウィリアム様にお願いしたいです」
「わ、私に?」
「ダメでしょうか?」
こちらの表情を伺っているアリス。願ってもない提案ではあるが、想定外に滞っている政務も処理しなければいけないし、騎士団の練習にも参加を・・・・・・。
「いや、私でよければぜひ一緒に行きましょう」
「いいんですか! よろしくお願いします」
言ってしまった。
ただ、パッと笑顔になったアリスを見ているとそんなのも些細な問題のように感じる。
ガチャ。
「兄上、お話は聞きましたわ。何も気にせず、アリス様とのデートをお楽しみくださいな」
すごくいいタイミングで出てきたなこいつ。まさかアリスにエリノアが入れ知恵したのか。そう疑いつつアリスに目線を向けてみると、恥ずかしそうにモジモジしていた。
エリノアの勘違いはどうしたものか。
*
「兄上、近頃は主街道でも山賊が出没するそうです。もう少し護衛をつけた方が......」
「心配するなハンス。いざとなれば私が剣を抜くまで。それより迷惑をかけるが、クリフをこき使ってやってくれ」
心配そうなハンスと不満げなクリフを尻目にアリスと共に馬車に乗り込む。ここでクリフを留守番にするのは決して、決して昨日の事故が原因ではなく、純粋にクリフは政務をこなすのが得意だからである。
決してやましいことは断じて何も考えていない。
私の合図と同時に車列が動き出す。最初の目的地は辺境伯領の東端、国境沿いの街ソニア。ロートリア王国との国境から近いため異国情緒が溢れており、周辺を管理している家臣のレドル伯爵はハプロフ王国でも指折りの強者だ。
久々にレドル伯爵と会えるのも楽しみではあるが、アリスとこうして旅ができるのがもっと楽しみなのは間違いない。
私が求めている辺境伯としての生活は王宮のような堅苦しい社交の場ではなく、まさにこのくらいゆったりとした幸せなものなのである。
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