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辺境伯は自領で静かに過ごしたい!  作者: 四条奏
第二章 『農賀祭編』

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第二十五話 『帰還』

 第一王侯公爵領都リボルス。今は王都が復旧中のため臨時の首都として数多くの貴族が集まっている。


 当然、私たちが街に入る頃にはクロムウェル帝国の侵略を阻止したことは国中に知れ渡っており、近くまで来ると街道の両脇に市民が溢れかえっていた。


 都市の北部にあるロハイロ宮殿前の大広場には数え切れないほどの観衆。


 宮殿のバルコニーには国王陛下を始め宰相様や私、第二近衛騎士団のヴォーク卿やレガドル卿がいる。


「我が王国を魔の手から守り抜いた英雄。ウィリアム・ヴェトレールより、霊装『守護者の大剣(ガーディアン・ソード)』の返還並びに国王陛下から勲章の授与を執り行う。辺境伯、陛下の前へ」


 宰相様の声で前に出る。


 陛下の前で剣を抜いて霊装の剣先を真上に向け、顔の中央に揃える。一拍置いて、剣を外へ振り払う。そして剣をしまった。


 跪き、陛下に霊装を差し出す。


「よくぞ国難を切り抜けてくれた。貴官らの栄誉を讃え、ここにハプロフ名誉騎士勲章を贈呈する」


 霊装を従者に預けた国王陛下は、金製の凝った装飾の施された勲章を私の首へとかける。その瞬間、大広場から圧で吹き飛ばされそうなほどの歓声が上がった。


「多くの協力なしには達成できませんでした。騎士団の代表とし、ありがたく頂戴いたします」


 父上が持っているものと同じ勲章。どうにも私には分不相応な気がしてならない。いつか、この勲章の似合う男になれるのだろうか。


 いや、なって見せるのだ。



 その後も式は順調に進み、ロハイロ宮殿の大広間へと貴族や騎士たちが集められ祝勝の宴会が催されていた。


「さあウィリアム。救国の英雄にはそれ相応の褒美を取らせるのが慣例だ。貴様は何を望むのだ? 無論、何だってよいのだぞ」


 壇上に呼ばれた私に国王陛下がお尋ねになる。私の望むこと。そんなのは戦場に出る前から決まっていた。


「陛下に紹介したい方がおります。お連れしてもよろしいでしょうか」


「よいだろう」



 無数の貴族をかき分けて、大広間を出る。向かった先はヴェトレール辺境伯家の控室。ハンスたちは既に宴会に参加していたが、参加できていない女性がひとりだけいる。


「アリス。会場へ行こうか」


「本当にいいのですか? 私が行けばウィリアム様にご迷惑が......」


「大丈夫。私がきっと守ってみせるさ」


 アリスの手をそっと握ると、恥ずかしそうに私から目を逸らしてしまう。


 ......可愛い。


 正直に言えば陛下にアリスを紹介するのは私だって不安だ。しかし、例の魔導士(クロウリー卿)のようにアリスの存在に気がつく人物に怯えて暮らし続けるも不可能に思えた。


 ならばいっそのことアリスが聖女であることを知らしめた上で、私が望むのはアリスとの平穏な日々であることをお伝えする。


 何でもいいと言ったのは陛下だ。屁理屈じみているが、私にはこれしか方法がない。


 大広間の扉を開けると貴族たちがこちらを振り返る。反応はそれぞれで、私とアリスを交互に見る者もいればアリスの顔を見つめる者もいる。


 私の足に迷いはなかった。


 陛下の前まであらためて行くと、陛下は怪訝なで私を一瞬見たがすぐにいつもの温和な顔に戻った。


「ほおウィリアム。その方はお前といったいどういった関係なのかな」


 声の奥には表情ほどの温かさはまったく感じられない。むしろ冷たく緊張している。


「私の婚約者、アリスでございます」


 陛下は目を丸くし、初めてアリスの方をじっと見つめた。


「ははは......ウィリアム、そうかそうか。婚約者か。それでどこの家の出だ? まさか市民身分ではあるまいな」


「聖女でございます」


 グラスの割れる甲高い音が響く。


「まさかな......まさかお前が本当に聖女を連れていたとは」


 陛下にはバレていたのか。その上で私は泳がされていた? いや、言い方的に確証が持てなかったのか。


「ここ最近ようやくお前に色が見えたと思えば、まさかであった―――」


 噛み締めるように何度も反芻し、頷く陛下。


「儂が何を言いたいかはわかるな」


 陛下の言いたいこと。正直わからない。


「陛下の命令に反して聖女を匿ったこと、何の申し開きも――」


「はっはっは。やはりお前は変わらんな。国の英雄と聖女の結婚。よいではないか。それで、お前が望むものは何だ? 儂に何を求む」


 陛下の懐は、私の考えていたより途方もなく大きいらしい。


「私が望むのは聖女様との......いや、アリスとの穏やかな暮らしでございます」


「お前らしい最もな望みだな。聖女殿は何を望まれるのかな?」


 陛下の目をじっと見返すアリスの瞳。アリスから答えが出るのに数秒もなかった。


「私はウィリアム様と一緒に居たいです」


 胸を撫で下ろす。それと同時に急に顔が熱くなり、思わず顔を背けた。


「そうかそうか。ならばふたりの望む通りにしようではないか。ウィリアム、幸せにするのだぞ?」


「はい。陛下の寛大なご配慮、本当にありがとうございます」





 祝勝の宴は連日続き、私はアリスを公爵の方々にお披露目したり、父上や母上に報告をしたり、かなり慌ただしい時間を過ごしていた。


「ほ、本当に王都で挙げるのですか?」


「ダメかの? 勝利の証としても、英雄と聖女の結婚の舞台としても王都で挙式を執り行うのは最適だと思うのだが」


 何度目かわからない陛下の無茶振り。結婚式は領都トリノで静かにしようと思っていた矢先、陛下からの提案は寝耳に水であった。


「いいではないですか? 私たちのお願いばかりを聞いていただくのも不公平ですし」


 そして、意外なのは隣にいるアリスが王都での結婚式に乗り気であることだ。


「ほらウィリアム。新婦様がお望みであるぞ」


「......承知しました」


 負けた。ただ、アリスが望むのであれば私はそれに従いたいというのも事実。アリスが喜ぶのならこれでいいのだろう。


「決まりだな。会場や当日の礼服は王宮の従者に任せてもらってかまわん。もうしばらくリボルスでゆっくりと過ごしてくれ」


 私は早く辺境伯領に帰りたいのだがそうもいかないらしい。


「ありがとうございます。では陛下、失礼いたします」


 アリスと一緒に部屋を出る。今日はもうこれ以上どこかに行く予定もない。ロハイロ宮殿の中で過ごすのも、段々と飽きてきてしまった。


「ウィリアム様。その......もしよければ少し街を見て回りませんか? パーティーは楽しいですが、お酒は苦手で......」


「ああ、それはいいな。さっそく護衛の手配をしよう」


 アリスと一緒に出かけるのは楽しい。それ最近は貴族と話してばかりで、気分転換にはちょうどいいな。


「やっぱり、ふたりきりは無理なのでしょうか」


 ボソッと呟くアリス。


 貴族の服装は目立つ。そして私の顔もアリスの顔も、すでに市民には周知のこととなっているのだ。前のように街中をふたりで歩くのは難しくなってしまった。どのみち警護なしでは民衆に囲まれて厄介なことのなりかねない。


 しかし......


「変装、してみようか」


 私はアリスの願いを叶えたい。



「だ・か・ら! 俺は何でも屋じゃないんだぞ? ......これが頼まれてた庶民服だ。それと、宮殿の時計台は根本が大広場に直結している。そこなら警備もほぼいない」


「ありがとうトール」


 トールはお願いした時こそ特大のため息をついたが、何かと私たちの要望に応えてくれる。


 本当にありがたい限り。


 すぐに着替え、上からマントを羽織れば中の服装は見えない。


 アリスの宮廷ドレス姿も大好きだが、白いワンピース姿は思い出深く、いつ見ても似合っている。いつもはゆったりと下ろしている青緑色の髪の毛をひと束にまとめているのも好きだ。


「ではアリス、行こうか」


「はい!」


 宮殿から時計台に渡る廊下を素早く通る。何だか悪いことをしている気分だ。にしても、さすがは警備担当を任されているトール。言っていた通り時計台は誰もいない。


 そのまま時計台の階段を降り、大広場へ出られる扉のすぐ近くに羽織っていたマントを置いて外に出た。


 まだ昼過ぎ。広場には多くの市民が騒ぎあっており、つい数日前まで戦争中であったことすら忘れてしまいそうだ。


「アリスはどこかいきたい場所はあるか?」


「ええと、実は私も行くあてはなくて」


「2人して無計画すぎたな......まあ、行く宛なしに歩き回るのも楽しそうだ」


 私は手を差し出す。


「逸れては危ない。手......繋いでもいいか?」


「は、はい!」


 アリスの手は白くて小さくて繊細で、それなのに冬の寒さを感じさせないほどしっかりと温かい。



 誰にも邪魔されることのないアリスとの散策。ゆっくりと紅茶を飲み、心ゆくまで絵画を眺める。たまに通りかかる騎士たちから顔を隠してふたりで笑い合い、私たちに気がついた市民から息が切れるまで逃げ回る。


 あっという間に時間は過ぎ去り、夕暮れの宮殿前広場へと帰ってきた。まわりに人はまばらで、皆それぞれのパートナーと親密なひと時を過ごしている。


「今日は本当に楽しかったよ」


「はい! 私も楽しかったです! その、ウィリアム様さえよければまたいつか......」


「私でよければいつだって出かけるさ」


 そっとアリスを抱き寄せる。


 今思えば私からアリスに口付けをしたことは今まで一度もなかった。......いや、今まで2度ほど未遂はあったのだが。


 閉じられた瞼。さらさらとした頬に手を添えると、そのまま引き込まれていく。


 私は本当に幸せ者だ。




 北風の冷たさも忘れてしまうような、体まで温まる時間だった。

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