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辺境伯は自領で静かに過ごしたい!  作者: 四条奏
第二章 『農賀祭編』

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第二十話 『崩壊した王都』

 日が昇り始め、暗い夜が終わりを迎える時間帯に私とトールを先頭に軍団は進んでいた。


 ようやく見え始めた王都は各所から眩い炎が上がっており、外周を覆う城壁の各所には見慣れない旗――クロムウェル帝国連邦旗――が掲げられている。


 王都内で戦闘が起こっていることは間違いない。あとは......王宮が持ち堪えられているかどうか。


「軍団前方! クロムウェル軍多数視認!」


 目線を下すと、私たちの進路を塞ぐようにこちらへ矛先を向けた軍勢が待ち構えている。


 数にして500はいるな。しかし展開している範囲はそこまで広くないと見た。


 王都は陥落間近。少しの猶予もない以上出し惜しみは出来ない。


「トール! 少し時間くれ。前の奴らは私がどうにかする」


「はぁ?! まあいい......無理はするなよ! 軍団、左へ進路を取れ!!」


 トールに続いて軍団が迂回を開始する。


 敵の前に単騎で突っ込む。いや、正確には私ひとりではないか。


「フェイ。力を貸してくれ」


『も〜精霊使いが荒いなぁまったく!!』


 私の声に呼応するように一匹の胴長犬......氷の精霊フェイが姿を現した。


 剣を、天に向かって突き上げる。


『「アイス・ワールド」』


 剣を振り下ろした瞬間、飛び出した青白い斬撃にフェイの放った氷の息吹が入り混じり、横一文字に敵の隊列へと突っ込んだ。


 反撃の余地も避ける時間も与えない一撃で、クロムウェルの騎士たちが氷に包まれていく。


「トール! 軍団を戻してくれ」


 氷像となった敵の間はいとも簡単に通り抜けることができた。


 道端に乱立されたテントや予備の兵器。私たちの足止めのために多くの準備をしていたのが伝わってくる。


 とにかく時間がない。急がないと。



 打ち砕かれていた王都の城門をくぐると、出発前とは比べたくもない風景が広がっていた。


 町人が忙しなく行き交っていた市場は焼け落ち、メインストリートの両脇にあった石造りの家屋ですらただの瓦礫となっている。


 広がる斬撃の跡。数々の破壊の痕跡。いったいどれほどの軍勢で襲いかかったのか予想すらつかない。


 しかし、不思議とクロムウェルの騎士たちは街中にほとんどいなかった。


 考えられる可能性はふたつ。


 ひとつは、王宮の攻略に敵が王都中央へ集中していること。


 もうひとつは......すでに王都攻略(すべて)が終わった後であること。


 後者でないことを祈るばかりだが、その可能性を考えておかなければいけないような有様であった。


「カエラ班とイエメル班は時計回り、トバリ班は反時計回りでそれぞれ王都内を偵察。残りは王宮へ行くぞ」


 昨日は今考えても恥ずかしいほどに心を乱しまわりに痴態を晒したというのに、今の私は何故だか冷静だ。


 ある意味これも仲間を信じることができた恩恵なのかも知れいないな。



 王都の中央へ近づくにつれて増えるはずの敵がまったくと言っていいほど増えない。多少はいる。しかし出てくるのも完全武装の騎士ではなく山賊のような軽装の者ばかり。


 質、量ともにクロムウェルの本軍とは思えない。


 まさか本当に王宮は落ちて―――。


 見えてきた王宮前広場にはハプロフ王国の騎士たちが多数横たわっていた。


 布を当てられ痛みに叫ばされる者、力なく医師たちに運ばれてくる者、うめき声をあげ助けを求める者、物音ひとつたてない者。


 市民の避難が間に合っていたのが不幸中の幸いだろう。しかし王宮に仕えているメイドや従者が横たわっているのを見ると、考えの甘さを痛感させられた。


 そして......アリスの姿はどこにもなかった。


「誰か、現状を説明できる者はいないか!」


 呼びかけにひとりの騎士が私のもとへ駆け寄ってくる。知った顔だと思えば、その騎士は作戦会議に参加してくれていた者だった。


「数えきれない敵が襲来して...我々だけでは到底守り切れず......王都は見ての通り、なんの申し開きもございません」


 私に向かって頭を下げる彼。


 命をかけて戦ってくれた彼らに、頭を下げさせては私の面目がない。


「頭を上げてくれ。皆がいなければ王都はより凄惨な状況に陥っていたはずだ。クロムウェルの真意は不明だが、我々が帰還したのだからもう安心だ」


 それにしても、どうしてクロムウェル軍は王都を占領しなかったのだろうか。


 王都の目前には私たちの行手を阻むように部隊を配置しておきながら、王都内にはまともな兵力がいなかった。


 待ち構えていた部隊が殿(しんがり)だった可能性もあるが、ここまで優勢の戦場から逃げ出す理由はないはず。


 王都での戦いで指揮系統に深刻な損害を負って、部隊間の連携が取れなかった......なんて信じられない理由をつけることもできはするが。


「すまないが王都防衛の指揮を任せていた者たちはどこにいる? 少し話を聞きたいのだが」


「お、王宮にて治療を受けていますが......お話しできる状況ではないかと」


 目を逸らした彼の表情と、なんとか外観を保っている王宮を見れば大体はわかった。


「ブレントやアリスは、無事か?」


 中で私の帰りを待っているアリスやブレントがいるはず。


 きっと、きっとそうだ。


 ブレントがついていたのだから大丈夫だと、そう思っているはずなのに......。私の手は力を入れてもなお振るえている。


 私の前に立ち尽くす騎士(かれ)の頬を、一滴の涙が流れ落ちた。


 私は......本当に大馬鹿者だな。



 居ても立っても居られず王宮へ入ると、広場より酷い惨状が広がっていた。


 廊下に飾られていた絵画は壁ごと崩れ落ち、芸術品は砕け散っている。戦闘が繰り広げられたというよりかは、一方的に破壊されたというべきだろう。


 瓦礫を撤去する者たちの顔は冬とは思えないほどびっしょりと汗で濡れており、浮かない表情をしている。


 隙間から見える赤黒いものは......考えないでおこうか。



 扉の開けられた王の間にはベッドに寝られた騎士たちがいた。見える顔は見知ったものばかりで、グッと胸が締め付けられる。


 しかし、そこにブレントやアリスの姿はない。


「すまない。ブレントやアリスはいるか?」


 私の声に反応したひとりの医師が、別の部屋へと私を案内してくれた。


 しきりで閉ざされた中に誰かが横たわっている。


 アリスか、ブレントか。


 どちらにしても苦しい。生きていてくれればそれだけでいい。だから、だから......。


 静かにカーテンを開けると、寝ていたのはブレントだった。


「まだ寝ておりますが、傷は深くないので近いうちに起きると思われます。それと、残念ながらアリス様のお姿は発見されておりません」


 安堵と絶望。


 安心感と喪失感。


 どのような表情をすればいいのかわからない。


 自分が今どんな顔をしているのか、教えてくれたのは一筋の涙だった。



 どうしたらいいかわからず、部屋の外へ出る。


 拭いても拭いても止まらない涙。


 なぜだか、目も開けないブレントの前で涙を流すのが憚られた。


「ウィリアム! ようやく見つけたぞ。ブレントとアリス姫はどうだっ......」


 廊下を走って来たのはトール。


 扉の前で涙を拭う私の姿で、だいたいを察してくれたらしい。


「ブレントは無事だよ。でもアリスは安否不明だ。だから私は―――」


「そうかそうか。じゃあお前はお眠りの弟の隣にいてやることだな。姫の捜索は俺たちに任せておけ」


 トールは私の肩を叩き、それ以上何も言うことなく来た道を戻っていく。


 部屋に、戻るか。



「兄...様......? 本物だ...ウィル兄様...!」 


 西日の眩しい時間帯にブレントは目覚めた。


 体を若干起こし、幼子のように私に向かって抱きついてくる。


「兄様、俺......俺......兄様の期待に全然応えられなかった。目の前で...アリスさんを」


「落ち着いて大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくりでいいんだよ」


 ブレントの言葉を遮ったのはアリスがどうなったかを聞きたくなかったから。


 アリスがどうなったのか。鼻を啜り、袖で涙を拭う弟の姿を見ればわかる。


 失ったのだと。


「ブレント。苦しいとは思うが具体的に、何があったのかを話してくれ」


 アリスがどんな最期でも受け止める。


 それが......婚約者として、生涯を懸けて守り抜くと誓った私に与えられた使命だから。


 俯いたブレントが胸元から取り出したのは、傷だらけで黒ずんだ、アクアマリンのあしらわれたネックレスだった。


 忘れられるはずがない。私がアリスに贈った初めてのプレゼント。


 ブレントから渡されたネックレスの汚れを指で拭う。アリスはいつだってこれ着けていてくれていた。それをブレントに託した意味。


「聞かせてくれ。ブレント」


「......うん」

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