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辺境伯は自領で静かに過ごしたい!  作者: 四条奏
第二章 『農賀祭編』

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第十九話 『激戦』

 隊列を一筋の光線が貫くと、一瞬で数十人の命が消える。


 炎を纏った大剣を振り払えば、取り囲んでいた騎士たちが燃え尽きる。


 複数の槍に貫かれ、鍔迫り合いに負け、飛んできた矢に当たり、戦場に倒れる騎士。


 薙ぎ払われ吹き飛ばされ、土も馬も人も関係なく宙を舞う。


 誰のかもわからない亡骸で足の踏み場もない戦場を無慈悲に駆け巡る圧倒的な暴力と、それでもなお仲間の屍を踏み越えて進み続ける騎士たち。


 次の一瞬で自分も肉塊と成り果てるかもしれないという恐怖。しかし敵を倒すことで得られる激しい高揚感。


 この二つの感情が戦場を覆い尽くし、騎士たちを前へ前へと進ませる。この戦場において彼らは意志のない歯車も同然であった。


 戦は人々からありとあらゆる尊厳を取り上げ、目的を成し遂げるための装置としてしまう。


 私が今ここで生きていられるのも、命を捨ててでも未来を拾おうとする多くの勇者がいるからだ。


 何か犠牲を減らして勝利を掴む策があったのではないか、そんな夢空事ばかりがいまだに浮かんできてしまう。



「左翼エスド隊、壊滅寸前です」


「カミラ隊・ソニアンス隊を中央集団から引き抜き、左翼援護に回せ」


 クロムウェル軍と私たちとの兵力差は開きっぱなしであり、いくら連携が取れているといっても各所から悲痛の声が聞こえてくる。


 敵を十分に引きつけなければ右翼の別働隊による攻撃の効力が低くなってしまう。


 早朝から始まった戦闘は昼前には佳境を迎えており、敵の攻撃が激しい左翼側は既に崩壊間際に陥っていた。


 いつまで耐え切れるか。正直よくわからない。


 坂を下りて勢いづいたクロムウェルの軍勢は数にものを言わせてただただ突撃してくる。いくら精鋭揃いの近衛騎士や戦慣れしている辺境伯騎士だとしても、二対一、三対一、あげく十対一ともなれば勝つことはほぼできない。


 今送った援軍でも耐えられないのなら......私も左翼へ援護に行く必要がありそうだな。



「右翼より別働隊! 敵の側面へ食いつきました!!」


 この報告をどれほど待ち侘びたものか。


 多くの犠牲を払ってでもこの戦に勝つ、私たちが見つけた最良の策が発動したのだ。


 望遠鏡を覗けばわかる。


 右翼側に展開していた敵が我先にと軍勢の後ろへと逃げ惑い、その波紋が中央、そして優勢であったはずの左翼へと伝わっていく様子が。


 戦場を覆い尽くしていた敵の高揚感が、恐怖心へと置き換わっていく。


 ただでさえ寄せ集めのクロムウェル騎士にとって、彼らを戦わせる原動力は勝っているという高揚感だけ。


 その気持ちを崩れさせることができれば、あとは自然と最前線から崩壊する。


「ここで畳み掛ける! 全軍、攻撃開s――」


 振り上げた手を、敵に向かってまっすぐ振り下ろす。


「団長様ぁぁぁあああああ! 大変です。王都西部よりクロムウェルの大軍が出現し、王都へ進軍している模様です」


 盤面に指そうとした最後の一手は、後ろから大慌てで走ってきたひとりの騎士によってかき消された。


 王都への再襲撃を警戒していなかったわけではない。実際、出撃までの二日間に王都西部には三回も偵察を出した。


 その上で敵はいないと判断したというのに。


 回り込まれたというのか? それとも索敵に致命的な穴があった?


 あり得ない事態が、あり得てはいけなかった事態が......現に起きている。


 王都に残してきた軍勢は少数の第三近衛騎士と先の戦いで負傷、もしくは心をやられてしまった者ばかり。


 敵の本体が王都側ならば一日持つかも怪しい。


 彼らを信頼していないのではなく、そもそも王都を大軍で攻められる可能性を考えるほどの余裕はこちらになかった。


 まさかここまで順調に我々を進ませてきたのは王都を陥すためだとでもいうのか。


 ......アリス。


 手の震えがおさまらない。


 失いたくない。


 私がこの手で守り抜くと決めていたのに。このままでは間に合わない。


 この戦場は大詰め。ならば今私が手勢を引き抜いて戦線を離脱したところで結果に大した影響は与えないのではないか。


 少数ならば王都までは半日程度で着く。


 アリスを救出するくらいならば......。


「トール。私は王都に―――」


「ここでお前がいなくなれば前線は崩壊する。はやる気持ちは十分わかるが、失うものの大きさを見誤るなよ」


 一瞬、トールの言いたいことがわからなかった。


 私ひとりの有無の何が問題なのか。


「ウィリアム、一見優勢に見えるこの盤面が最も危ういことくらい、お前ならわかるよな」


 勝敗は最後の姿勢で決まる。


 勝ち戦だと余裕を見せれば手痛い反撃をくらうかもしれないし、負け戦であっても最後まで戦い抜けば勝てるかもしれないという教訓。


「だがトール......今行けば、陥落を阻止できるかもしれないのだぞ」


 私は何も間違っていない。王都に援軍を送れば陥落まで多少の時間稼ぎくらいはできるはずだ。むしろ私が行けば、敵を押し返すことだって不可能ではない。


「思い上がるな。お前がいくら強くても、相手が大軍であれば趨勢(すうせい)に影響はない。それにお前が我々の精神的支柱であることを忘れるな」


 トールの言葉に、反論の余地はなかった。


 頭ではわかっていたのだ。そもそもギリギリの戦いを制するために多くの取捨選択をしていたことを。


 王都が攻められるかもしれないという想定をしないことで、ここまで多くの戦力をかき集めていたことを。


 無様に崩れ落ちた私に、周りにいた騎士たちは哀れみの目を向けていた。


「ウィリアム......士気が下がる。辛くても気丈に振る舞え、それが団長の務めだろ」


 そういうトールの声も震えている。


 確かトールはアリスからの相談に乗ってくれていたのか。であればトールだって少なからず思うところがあるはず。


 そもそも......なぜ勝手に辛いのは私だけだと決めつけていたのだろう。


 ここにいる騎士の中には目の前で戦友を失った者も、王都に負傷した仲間を置いてきた者もいるというのに。


 情けない。


 皆辛い心中で頑張っているのだ。団長である私がここでへこたれていてどうする。


「見苦しいところを見せてすまない」


 もう一度、立ち上がる。


 自分の責務を思い出す。


「全軍、攻撃開始! クロムウェルの軟弱者どもを蹴散らすぞ」


「「「おおおおおおお!」」」


 守りに徹していた中央集団が一気に全身を開始し、敵に改めて絶望を味わわせる。


 その中心を、私は愛馬リンガに乗って進む。





 朝までは青々としていた平野は、鉄色と赤黒い血の色で染められていた。


 地面を見るのも(はばか)られる。


 普段はズカズカ歩くリンガもどこを踏めばいいのかとゆたゆたとした歩き方となるほど。夕陽に照らされた平野は地獄と化していた。


 十字に攻め立てられた敵軍はあっという間に前線が崩壊し、名将カール大公がルードル辺境伯に捕まってからはそのまま散り散りに敗走した。


「ヴェトレール......王都の件は聞いている。よくぞ耐えた。とりあえず干し肉食べて落ち着け」


「レガドル卿。ありがとうございます」


 話しかけてきたのは第二近衛騎士団の副団長、大剣を担いだ大男のレガドル卿。何かとお肉を勧めてくる。


「残党狩りは順調だ。ここは我々に任せて貴様はさっさと王都へ行け」


 その後ろからやってきたのは同じく第二近衛騎士団の団長、ヴォーク卿。


「しかし、まだ敵が反撃してくる可能性も...」


「戦場をほっぽり出して王都へ行きたいとウィズダム公爵令息にこぼしていたとは思えん台詞だな」


 まさかトール、このお二方に話したのか。


 少し睨むとトールはバツが悪そうに私から目を逸らす。


「ヴェトレール。第一近衛騎士だったお前には第二近衛騎士の俺たちじゃ信じるに値しないか?」


 (いぶか)しげな表情を浮かべるレガドル卿。


 いや、皆を信頼していないのではない。ただ私が優柔不断なだけだった。


「ウィズダム公爵令息、弱気な団長殿を王都まで護衛して差し上げろ。そして、団長殿の婚約者様を必ず救い出してこい」


 対照的に、ヴォーク卿はトールの背中を押して私に優しい言葉をかけてくれる。


 考えすぎるのもよくないな。


 私の隣に来たトールと軽く笑い合い、お二方へ一瞥(いちべつ)した。


「ありがとうございます。必ず王都を奪還してきます」


 待っていてくれ。アリス!


「動ける者は私、ウィリアム・ヴェトレールに続け!」


 まるで準備されていたかのように、雄叫びとともに多数の騎士たちが私の後ろへついてくる。


 今度はもう作戦などない。それどころか、今の王都がどうなっているのかもわからない。


 運と時間との勝負。

 

『五大柱の中心。大地の神アルテミガイオスに預けしマナを、我が軍勢に再分配せよ』


 私の後ろを走っている騎士たちが薄緑の光に包まれる。無事にマナの分配が始まった証だ。


 寝て疲れを癒すことの出来ない騎士たちに、せめて私からマナを分け与えることで傷を治して多少の疲れなら吹き飛ばす。


 明日の朝には王都に到着する。


 頼む。なんとか持ち堪えてくれ。

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