8、レミア、リード
「おお、パトリックの娘。あそこが空いている」
乗せられるだけ。
そう言うのがこれ以上正しい状態は無い、という食物満載の大皿を乗せたトレイを持ち、レミアはサヤにそう言うと、嬉々とした足取りでひとつのテーブルへと向かう。
「混んで来たわね」
促されるままテーブルに着いたサヤは、周りを見渡しそう言った。
「食事は、人生の基本だからな」
言いつつフォークを器用に操るレミアは、至福の表情で既に食事を始めている。
「いただきます」
そんなレミアを見、サヤも手を合わせてフォークを取った。
「いただいてます、と」
既に食べながら、それでも一瞬動きを止めてそう言ったレミアの視線が、遠く一点で止まる。
「あ、ナジェル」
その視線を追いかけた先に居た人物に、サヤは思わず声を上げた。
けれど、空席を探し動くその瞳が、サヤを捉えることはない。
「呼んでいいぞ」
サヤが何を言うより早く、レミアは手も口も動かす事を止めないまま、相席を了承する言葉を発した。
「うん。ありがと」
答え、けれど声にしてナジェルを呼ぶことなく、サヤはそのまま沈黙する。
外的には何の変化も無いが、恐らくは思念で呼びかけているのだろうサヤを一瞬見たレミアは、いつものことと気に留めることもなく食事を続ける。
ただ思うのは、沈思するサヤの薄い翠の瞳が、とてもきれいだと思うこと。
「思念か。音にならぬと、我には判らぬ。今は、特に遮断もしていないのであろう?」
「誰に聞かれてもいい内容だから、していないわよ」
にっこりとサヤに言われ、それでも自分には分からない、と苦笑したレミアは、自分と違いサヤの呼びかけを受け取ったらしいナジェルが、自分達の方へと方向を転換するのを確認した。
「流石、ということか」
共に、成績が上位ということもあるのだろう。
けれどそれだけではない相性のようなものを、レミアはサヤとナジェルに感じている。
別に、思念を使うのは、能力の高い者、士官学校に所属する者にとって珍しい事ではない。
しかし、使えるのに、態とひそひそと陰口を叩かれて来たレミアは、いつの頃にか分かったことがある。
思念会話を使える者同士でも、伝えやすい相手と、そうでない相手がいるらしい事実。
その愛称相性でいえば、サヤとナジェルは別格だとレミアには感じられる。
まあ、使えない我には関係ない事、だが、気には、なる。
なんだろうな、ふたりには、こう強い結びつきを感じるというか・・・・・。
心中呟いたレミアは、ナジェルの横に居るその存在に気が付いた。
「と、おまけも来たか」
自分の感じるそれが何であるか答えが出る前に、レミアの視界に入ったもうひとりの人物。
「おまけ、って。レミア」
苦笑するサヤへ、嬉しそうな笑みを浮かべて足取り軽く近寄って来る姿。
「赤い犬だな」
そんなバルトを見て、レミアは低くそう言い切った。
「サヤ先輩っ。おはようございますっ。レミア先輩も」
トレイを置き、当然のようにサヤの前に座ったバルトが、やや遅れて席に着こうとしているナジェルを尊敬の目で見上げた。
「ナジェル先輩、本当にサヤ先輩が居ました」
驚きと興奮の混ざる声に、レミアがにやりとした笑みをバルトへ向ける。
「貴様も、思念が聞き取れぬ輩だったな」
嫌味でも何でもなく、ただ真実を述べる。
そんなレミアの言葉に、バルトは素直に頷いた。
「聞き取るなんて夢のまた夢、っすね。さっきも、ナジェル先輩が、サヤ先輩が呼んでる、なんて言い出した時は、とうとう幻聴が、って思いました」
フォークを握って嫌味の無い笑顔で言う、バルトの素直すぎる言葉に、ナジェルの眉がぴくりと上がる。
「とうとう、って。おい、バルト、どういう意味だ」
「どういう、って。ナジェルお父さんとしては、サヤ先輩を心配するあまり・・・っ・・いてっ」
にこにこ笑顔のまま、ナジェルは思い切りバルトの額を指で弾いた。
「痛いっす!ナジェル先輩てば、本当のこと言われたからってひど・・いてっ!」
額を抑えつつ、またも失言したバルトに、再びナジェルの指が炸裂する。
「口は災いの元と知れ」
「暴力反対!」
「ほう。では、論戦に切り替えるか?」
「うう・・・自分は、頭いいからって」
論戦なんて、ナジェル先輩に敵うわけないっす、と喚きながら、バルトはナジェルにお返しとばかり指を伸ばすも、うまく抑え込まれて動きを封じられてしまった。
「降参か?ん?」
「ううっ。ほんと、動き速いし、力強いし。頭もいいとか、きーーっ」
何とか反撃しようとするも、まったく動けなくなってしまったバルトが、子供のように悔しさを音で表現し、ナジェルはそれを涼しい顔でやり過ごす。
そんな、仲のいい兄弟のようなふたりを微笑ましく見ていたサヤは、バルトの陰の声に気がつき、食事の手を止めた。
「ねえ、ナジェル。バルトは、何か聞きたいことがあるみたい」
サヤの言葉に、同じくバルトの陰の声に気付いていたらしいナジェルが、頷きを返す。
「ああ。存分に聞くといいと思うぞ。別に、遠慮するような事ではないだろう」
ふたりの言葉にぽかんとしたバルトは、けれど次の瞬間、得心したと大きく頷いてレミアに向き合った。
「うす。えと、レミア先輩。ずっと最下位だと、何かペナルティがありますか?」
真っ直ぐに聞かれ、レミアはバルトを見返した。
「質問とは、我にだったのか」
種々のカトラリーを離さないまま、レミアがバルトへ視線を移す。
食事中のため後ろで纏めてある髪が、首を傾げたことでふんわりと揺れ、大きな瞳がバルトを見つめる。
その様は正に美少女そのもので、瞬間、周囲の空気はぐらりと歪み、会話の内容を盗み聞こうとする者もいるほどだが、その話の内容は成績最下位同士の相談ごと。
「はい。俺もずっと最下位なんで」
最下位。
同じように、その順位を定位置としているバルトとレミア。
そして、学年が上である分、バルトよりその期間が長いレミア。
それはある意味、万年二位、といわれるサヤより相当問題のある順位であるが、当のレミアがそれを気にする様子はまったく無い。
「ペナルティか。別にないぞ」
器用に物を飲み込んでから話すものの、口と手をまったく止めること無く言い切ったレミアに、バルトが半身を乗り出した。
「まったく、何にも、っすか?ずっとずうっと最下位でも?」
「ない。とりあえず、我はここまで何も咎め無しだ。なあ、パトリックの娘。またあれを作ってくれぬか?」
「へ?」
急な話題変換に付いていけず、サヤの口から間の抜けた声が漏れる。
そんな彼女を置き去りに、話に食い付いたのはバルトだった。
「え?何の話っすか?レミア先輩」
「それはもう、とても旨かったのだ。海老だの貝だのたくさん入っていて・・・。はあ。夢のようだった」
うっとりとした目で語るレミアは、バルトの質問に答えるというよりも、自分の世界で思い出に浸っているように見える。
そんなレミアに、バルトが焦れったそうに言葉を繋いだ。
「レミア先輩。それってもしかして、サヤ先輩に何か作って貰ったってことっすか!?」
「ああ。絶品であった」
「サヤ。どういうことか、説明してもらってもいいか?」
だからまた食したいと言うレミアを、困ったように見つめていたサヤは、ナジェルに問われて視線をそちらへと向ける。
「大したことじゃないのよ。食堂の開いていない時間にお腹がすいた、っていうから。材料もあったし、作っただけなの」
自室に備え付けられているキッチン。
そこで調理しただけなのだと首を竦めるサヤに、バルトは瞳を輝かせる。
「サヤ先輩の手料理」
言葉にせずとも、その瞳がすべてを語っている。
俺も食べたい。
思念会話など使えなくとも、目だけで伝わるその一心。
「バルト、あのね・・・・」
そんなバルトに、やんわり断りを入れようとサヤは口を開きかけて。
「僕も、是非。食べてみたいな」
真面目な顔で言い切るナジェルに絶句した。
ありがとうございます。