表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トルサニサ  作者: 夏笆
9/51

8、レミア、リード







「おお、パトリックの娘。あそこが空いている」


 乗せられるだけ。


 そう言うのがこれ以上正しい状態は無い、という食物満載の大皿を乗せたトレイを持ち、レミアはサヤにそう言うと、嬉々とした足取りでひとつのテーブルへと向かう。


「混んで来たわね」


 促されるままテーブルに着いたサヤは、周りを見渡しそう言った。


「食事は、人生の基本だからな」


 言いつつフォークを器用に操るレミアは、至福の表情で既に食事を始めている。


「いただきます」


 そんなレミアを見、サヤも手を合わせてフォークを取った。


「いただいてます、と」


 既に食べながら、それでも一瞬動きを止めてそう言ったレミアの視線が、遠く一点で止まる。


「あ、ナジェル」


 その視線を追いかけた先に居た人物に、サヤは思わず声を上げた。


 けれど、空席を探し動くその瞳が、サヤを捉えることはない。


「呼んでいいぞ」


 サヤが何を言うより早く、レミアは手も口も動かす事を止めないまま、相席を了承する言葉を発した。


「うん。ありがと」


 答え、けれど声にしてナジェルを呼ぶことなく、サヤはそのまま沈黙する。


 外的には何の変化も無いが、恐らくは思念で呼びかけているのだろうサヤを一瞬見たレミアは、いつものことと気に留めることもなく食事を続ける。


 ただ思うのは、沈思するサヤの薄い翠の瞳が、とてもきれいだと思うこと。


「思念か。音にならぬと、我には判らぬ。今は、特に遮断もしていないのであろう?」


「誰に聞かれてもいい内容だから、していないわよ」


 にっこりとサヤに言われ、それでも自分には分からない、と苦笑したレミアは、自分と違いサヤの呼びかけを受け取ったらしいナジェルが、自分達の方へと方向を転換するのを確認した。


「流石、ということか」


 共に、成績が上位ということもあるのだろう。


 けれどそれだけではない相性のようなものを、レミアはサヤとナジェルに感じている。


 別に、思念を使うのは、能力の高い者、士官学校に所属する者にとって珍しい事ではない。


 しかし、使えるのに、態とひそひそと陰口を叩かれて来たレミアは、いつの頃にか分かったことがある。


 思念会話を使える者同士でも、伝えやすい相手と、そうでない相手がいるらしい事実。


 その愛称相性でいえば、サヤとナジェルは別格だとレミアには感じられる。


 


 まあ、使えない我には関係ない事、だが、気には、なる。


 なんだろうな、ふたりには、こう強い結びつきを感じるというか・・・・・。




 心中呟いたレミアは、ナジェルの横に居るその存在に気が付いた。


「と、おまけも来たか」


 自分の感じるそれが何であるか答えが出る前に、レミアの視界に入ったもうひとりの人物。


「おまけ、って。レミア」


 苦笑するサヤへ、嬉しそうな笑みを浮かべて足取り軽く近寄って来る姿。


「赤い犬だな」


 そんなバルトを見て、レミアは低くそう言い切った。


「サヤ先輩っ。おはようございますっ。レミア先輩も」


 トレイを置き、当然のようにサヤの前に座ったバルトが、やや遅れて席に着こうとしているナジェルを尊敬の目で見上げた。


「ナジェル先輩、本当にサヤ先輩が居ました」


 驚きと興奮の混ざる声に、レミアがにやりとした笑みをバルトへ向ける。


「貴様も、思念が聞き取れぬ輩だったな」


 嫌味でも何でもなく、ただ真実を述べる。


 そんなレミアの言葉に、バルトは素直に頷いた。


「聞き取るなんて夢のまた夢、っすね。さっきも、ナジェル先輩が、サヤ先輩が呼んでる、なんて言い出した時は、とうとう幻聴が、って思いました」


 フォークを握って嫌味の無い笑顔で言う、バルトの素直すぎる言葉に、ナジェルの眉がぴくりと上がる。


「とうとう、って。おい、バルト、どういう意味だ」


「どういう、って。ナジェルお父さんとしては、サヤ先輩を心配するあまり・・・っ・・いてっ」


 にこにこ笑顔のまま、ナジェルは思い切りバルトの額を指で弾いた。


「痛いっす!ナジェル先輩てば、本当のこと言われたからってひど・・いてっ!」


 額を抑えつつ、またも失言したバルトに、再びナジェルの指が炸裂する。


「口は災いの元と知れ」


「暴力反対!」


「ほう。では、論戦に切り替えるか?」


「うう・・・自分は、頭いいからって」


 論戦なんて、ナジェル先輩に敵うわけないっす、と喚きながら、バルトはナジェルにお返しとばかり指を伸ばすも、うまく抑え込まれて動きを封じられてしまった。


「降参か?ん?」


「ううっ。ほんと、動き速いし、力強いし。頭もいいとか、きーーっ」


 何とか反撃しようとするも、まったく動けなくなってしまったバルトが、子供のように悔しさを音で表現し、ナジェルはそれを涼しい顔でやり過ごす。


 そんな、仲のいい兄弟のようなふたりを微笑ましく見ていたサヤは、バルトの陰の声に気がつき、食事の手を止めた。


「ねえ、ナジェル。バルトは、何か聞きたいことがあるみたい」


 サヤの言葉に、同じくバルトの陰の声に気付いていたらしいナジェルが、頷きを返す。


「ああ。存分に聞くといいと思うぞ。別に、遠慮するような事ではないだろう」


 ふたりの言葉にぽかんとしたバルトは、けれど次の瞬間、得心したと大きく頷いてレミアに向き合った。


「うす。えと、レミア先輩。ずっと最下位だと、何かペナルティがありますか?」


 真っ直ぐに聞かれ、レミアはバルトを見返した。


「質問とは、我にだったのか」


 種々のカトラリーを離さないまま、レミアがバルトへ視線を移す。


 食事中のため後ろで纏めてある髪が、首を傾げたことでふんわりと揺れ、大きな瞳がバルトを見つめる。


 その様は正に美少女そのもので、瞬間、周囲の空気はぐらりと歪み、会話の内容を盗み聞こうとする者もいるほどだが、その話の内容は成績最下位同士の相談ごと。


「はい。俺もずっと最下位なんで」 


 最下位。


 同じように、その順位を定位置としているバルトとレミア。


 そして、学年が上である分、バルトよりその期間が長いレミア。


 それはある意味、万年二位、といわれるサヤより相当問題のある順位であるが、当のレミアがそれを気にする様子はまったく無い。


「ペナルティか。別にないぞ」


 器用に物を飲み込んでから話すものの、口と手をまったく止めること無く言い切ったレミアに、バルトが半身を乗り出した。


「まったく、何にも、っすか?ずっとずうっと最下位でも?」


「ない。とりあえず、我はここまで何も咎め無しだ。なあ、パトリックの娘。またあれを作ってくれぬか?」


「へ?」


 急な話題変換に付いていけず、サヤの口から間の抜けた声が漏れる。


 そんな彼女を置き去りに、話に食い付いたのはバルトだった。


「え?何の話っすか?レミア先輩」


「それはもう、とても旨かったのだ。海老だの貝だのたくさん入っていて・・・。はあ。夢のようだった」


 うっとりとした目で語るレミアは、バルトの質問に答えるというよりも、自分の世界で思い出に浸っているように見える。


 そんなレミアに、バルトが焦れったそうに言葉を繋いだ。


「レミア先輩。それってもしかして、サヤ先輩に何か作って貰ったってことっすか!?」


「ああ。絶品であった」


「サヤ。どういうことか、説明してもらってもいいか?」


 だからまた食したいと言うレミアを、困ったように見つめていたサヤは、ナジェルに問われて視線をそちらへと向ける。


「大したことじゃないのよ。食堂の開いていない時間にお腹がすいた、っていうから。材料もあったし、作っただけなの」


 自室に備え付けられているキッチン。


 そこで調理しただけなのだと首を竦めるサヤに、バルトは瞳を輝かせる。


「サヤ先輩の手料理」


 言葉にせずとも、その瞳がすべてを語っている。


 俺も食べたい。


 思念会話など使えなくとも、目だけで伝わるその一心。


「バルト、あのね・・・・」


 そんなバルトに、やんわり断りを入れようとサヤは口を開きかけて。


「僕も、是非。食べてみたいな」


 真面目な顔で言い切るナジェルに絶句した。



ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ