50、マジェスティ 2
「え!?えええええ!!!!トルサニアンの能力が高いと、子供を育てるのにも長けているんじゃないの!?」
「まあ、一概に違うとは言えないが。特殊能力の高さと育児は、必ずしも直結しないと思う」
ハーネスの叫びにナジェルが気の毒そうに答える間に、灰と化していたキーラムが復活した。
「で、ですが。より優秀な子孫を得るため、トルサニサでは、国が婚姻相手を決めると聞きました」
「それこそ、優秀な子孫が残るだけの体制だな」
より良いと判断された遺伝子の組み合わせを実現させることで、優秀な子が生まれるというだけだと、切り捨てるように言ったアクティスを、ナジェルの悲し気な瞳が追う。
「アクティス。君は」
「結論として、俺達が育てるのも貴様らが育てるのも大差ないということだ」
何かを言いかけたナジェルを遮るように言ったアクティスに、ロッドが人好きのする表情で微笑みかけた。
「それでも、その事実を知っていた貴方方の方が、マジェスティのためになるのは確実です。ご協力、いただけませんか?もちろん、こちらでも可能な限りの対応をさせていただきます」
微笑みながら交渉する、という技を繰り出したロッドに、キーラムとハーネスも大きく同意と頷く。
「そうねえ。育児なんてしたことないから、どれくらい役に立つか分からないけど。でも、ここまで来てしまったのだし、国に影響が出ない範囲で出来ることは協力したいと思うけど・・・離乳食の作り方とか、分かります?」
カプセルのなかで、もごもごと口を動かす小さなマジェスティを見つめ、サヤが小首を傾げた。
「サヤ殿。申し訳ありませんが、離乳食、とは?」
「生後半年くらいから、赤ちゃんが食べる食事よ」
「そうなのですか。それは、赤子専用の食事ということですね。なるほど、そのようなものが」
それは知らなかった、というロッドと同じ表情で、キーラムもハーネスも驚いているのを見て、サヤは一気に不安になる。
「そうなのよ。そのような物があるの。でも、どうしよう。私も、そんなに詳しく知らないし」
「書籍は?貴様は、あのパイも書籍で探し当てただろう」
「あ!そうね。流石アクティス。頭いい。あの、ここに図書室ってありますか?」
思い悩むサヤにアクティスが言えば、サヤの顔がぱあっと明るくなった。
「あります。その他に、何か必要な物はありますか?」
「色々あるわよ。おむつとか、着替えとか」
「そういった物なら、備品室に用意があります」
ほっとしたようにキーラムが言った時、カプセルの中で小さなマジェスティがぱちりと瞳を開いた。
「あ、マジェスティちゃんが目を開いたわ!綺麗な色ねえ。深藍って言うのかしら」
「え!?サヤちゃん、ちょっと貸して!早くマジェスティを出してあげないと!」
呑気らしく言ったサヤから慌ててカプセルを抱き取り、ハーネスは少し離れたベッドまで行くと、そこにカプセルをそっと置き、丁寧に操作して硝子部分を外す。
そしてそのまま様子を見ていると、小さなマジェスティが、こぷ、と息を吐き出す音をさせてから、通常の呼吸を始めた。
「あっ・・あっ・・あぅ」
「マジェスティ。おはようございます。ハーネスですよ」
ぐずることもなく、硝子部分が無くなったことで、まるで胡桃の片割れのようになったカプセルから、小さなマジェスティがハーネスにご機嫌で手を伸ばせば、ハーネスの声は最大甘くなった。
「二度目の誕生、って感じなのかしら」
「貴様は、本当に呑気だな」
「うっ」
「ここは、敵国だと分かっているか?そしてあの赤ん坊は、その国の元首だ」
「うう・・・そうですね」
貴様は考えが甘いとアクティスに詰め寄られ、サヤは小さく同意する。
「だが、今更ではあるよな。既に巻き込まれているわけだし」
「そうよね!ナジェル。こんな小さな子を放置するなんて、出来ないわよね」
国際問題と分かっていても、赤ん坊を見捨てるなど出来ないと言うサヤに、アクティスは天を仰ぎ、ナジェルは苦笑を返した。
「ナジェル殿、アクティス殿。確かにこれは、国家間の問題ではありますが、既にインディは実質滅んでおります。内密にご協力いただくわけには、参りませんか?」
「それは、無理だろうな」
「あれだけ派手なことをしておいて、内密で済むはずないだろう」
領空侵犯どころの騒ぎではない侵入をし、士官学校の学舎の硝子を突撃して破り、サヤを攫ったのである。
既にトルサニサでは、犯行に及んだ機がどこの国の所属かを突き止め、国際問題として取り上げて動き始めているだろうと、ナジェルもアクティスも苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「ふぎゃっ・・ふぐっ」
その時、それまでご機嫌な様子でハーネスを相手に、手足をぱたぱたと動かしていた小さなマジェスティが、不意に顔を歪め、泣き出す体勢に入る。
「え!?どうしたの?マジェスティ・・・ねえ、どうしよう?サヤちゃん!」
驚き、おろおろするハーネスが、焦ったようにサヤを見た。
「とりあえず、抱っこしてあげて、それから・・・。ええと、赤ちゃんは、泣くことで要求を伝えようとするって聞いたことあるから・・・考えられるのは、おむつが気持ち悪いとか、お腹が減ったとか、かな?」
「取り敢えず抱っこ、って。どうやって!?」
「さっき、カプセルを大切に抱いていたみたいに、よ?」
「無理無理無理無理!だって、マジェスティ、ふにゃふにゃしてる!俺が抱いたら、壊れちゃうよ!サヤちゃん、お願い!」
ふがふが言っている小さなマジェスティに触るのは怖いと、ハーネスがサヤに助けを求める。
「え。私も、抱いたことがあるわけじゃないんだけど」
「僕も無い」
戸惑うサヤに、ナジェルもお手上げだと両手を挙げた。
「はあ・・・・仕方のない」
そんなふたりを見たアクティスは、諦めたように息をひとつ吐くと、小さなマジェスティへと近づき、慣れた手つきで抱き上げる。
「「え」」
サヤとナジェルの驚きの声も聞こえない風で、アクティスは、小さなマジェスティの体を緩やかに揺らした
「そんなに不安がらずとも、ここにはお前を愛し護る者がいる。大丈夫だ」
「ふぁ・・あ・・・」
「ああ。問題無い」
唖然とするサヤとナジェルを他所に、小さなマジェスティに答えるアクティスの声は、とても優しく、温かい。
「あー・・あー」
アクティスに、優しく背をとんとんされ、小さなマジェスティは、やがて安心したように可愛らしい笑みを浮かべた。
ありがとうございます。




