43、侵入
「ね、トルサニアンのお嬢さん。名前を教えてよ」
「あ。私の名前はサヤ。トルサニサ風に正式に言うと、パトリックの娘サヤだけれど、サヤと呼んでください」
人懐っこいハーネスにつられるように微笑みながらサヤが言えば、キーラムもハーネスもほっとしたように息を吐いた。
「助かります、サヤ殿」
「サヤちゃんか。可愛い名だね」
「では、サヤ殿。どうぞ、おかけください。長く立たせてしまい、申し訳ありません」
そう言って、キーラムこそは漸く立ち上がってサヤをソファへと促す。
「お茶でも飲みながら、話をしようよ」
「そうだな・・・サヤ殿、少しお待ちください」
「サヤちゃん。キーラムの淹れるお茶は絶品だから、期待していていいよ」
部屋の隅にある小さなキッチンで、てきぱきとお茶を淹れる用意をするキーラムを横目に、サヤの隣にすとんと座ったハーネスが、にこにこしながらサヤの顔を覗き込んだ。
「あ、あの」
「ごめん!顔が近かったかな。マジェスティ以外の人に会ったのが久しぶり過ぎて、なんか嬉しくなっちゃった」
「長期任務なのですか?」
言ってしまってから、サヤは自分の言葉に疑問を持つ。
相棒らしきキーラムにしか会わない任務、というのはありそうだけど、マジェスティには会えるのに、他の人に会わないなんてこと、あるのかしら?
傍で使える方も、たくさん居るでしょうに。
国王陛下と王妃陛下。
そういえば、インディの国内映像、久しく見ていないわね。
敵国なのだから、当たり前と言えば当たり前だけれど。
その映像を見たのはいつだったろう、と、既に記憶もおぼろになったインディの現在の国王と王妃を思い浮かべ、サヤは首を傾げた。
「あ、マジェスティにしか会っていない、っていうのが不思議って顔している。それはね、色々な事情があってね」
ずい、と体を寄せたハーネスが言いかけた時、機内に大きな警報音が鳴り響き、ハーネスが楽しそうに頬を緩ませる。
「お、凄い。サヤちゃん、命知らずなお仲間が居るんだねえ。それとも、トルサニアンには普通のことなのかな?」
「え?命知らずのお仲間?」
きょとんとするサヤに、ハーネスがにこりと頷いた。
「そうだよ。だって、この高速で飛行中の機内に潜り込んで来たんだから」
《くっ・・やはり、機体外部に取り付くのが精いっぱいだったか》
《振り落とされる前に、内部へ跳ぶぞ》
サヤが、キーラムやハーネスと会っていた頃。
士官学校の学者から、高速で移動する機体を探りながら跳ぶという、彼ら自身初めての経験をしたナジェルとアクティスは、高速飛行する機体の外部に何とか張り付き、短い念話を交わすとすぐに、その内部へと跳んだ。
「はあ。ここは廊下か?ともかく、良かった」
「生きている、というだけだがな」
機体から振り落とされるという悲劇を逃れた、というナジェルにアクティスが苦笑した時、すさまじい警報が鳴り響き、辺りが赤色に染まる。
「ま、当然か」
「そうだな」
自分たちが侵入したのだから当然、と周囲を警戒しながら、ナジェルとアクティスは慎重に移動を開始した。
「どうする?ひとりは、サヤの安全を確保するか?」
「いや。連れ去ったということは、何か理由があるんだろう。まずは、操縦室を抑えるのを先行しよう」
長年組みなれた相棒のように会話をしながら、ナジェルとアクティスは、神経を張り詰めて廊下を進んで行く。
「・・・妙だな」
「・・・・可笑しいと思わないか?」
そして、ふたりはほぼ同時に声にすると、視線を交わして頷き合った。
「「敵が、いない」」
ありがとうございます。