42、シュバリエ
風のような速さで。
その言葉が比喩ではないほど高速で移動した、否、させられたサヤは、気づけば既に機内にいた。
「あ、あの・・・」
見渡しても、見覚えなど欠片も無い機内。
そこを、頭まで黒いコートで隠した男に抱え上げられたまま、何処かへ運ばれている。
つまりは攫われたのだということは分かるのだが、サヤを抱え上げる腕に乱暴さは欠片も無い。
むしろ、壊れ物でも扱うかのように、とても大切に扱われている状態に、サヤは密かに混乱した。
一体、何のために攫ったというの?
機密を聞き出すのなら、もっと上層部を狙うでしょうし。
「あの。下ろしてください」
一士官学生に過ぎない自分を何故、攫ったのか聞き出す必要がある、とサヤが思い切って声を発した時、目的地に着いたのか、サヤを抱えている男が扉と思しき場所の前に立った。
扉?
でも、取っ手が無いわ。
中央に線らしきものは走っているが、それだけだと見つめるサヤの前で、扉が音もなく開く。
「え?どういうこと?」
どのような仕組みになっているのか、思わず気を惹かれたサヤは、抱えられたまま室内へ入ることとなり、その豪華さにまた目を瞠った。
「凄い・・素敵な部屋」
「お気に召したのなら、何よりでございます」
サヤを抱えて来た男は、丁寧な口調でそう言うと、サヤをそっと柔らかい毛足の絨毯の上へ下ろし、自分はその前に跪く。
え?
なに?
どういうこと?
「このたびは、理由があったとはいえ、大変な失礼をいたしました」
サヤが戸惑っているうちに、そう謝罪の言葉を口にした男が頭からフードを外せば白金の髪が流れ落ち、その澄んだオレンジ色の瞳がサヤを真っすぐに見上げて来る。
きれいなひと。
男性だということは分かるが、美しいという表現が何より似合う、とサヤは心のなかで感嘆した。
「わたくしはキーラムと申します。インディにて、シュバリエを任じられている者です」
言って、キーラムはサヤへと改めて一礼する。
「インディ」
その国名に、サヤは呻くような声をあげた。
大陸国家インディは、トルサニサにとって最大の敵国。
その国が何故、とサヤは改めてこの丁重な扱いに戸惑いを覚えた。
「今、わたくしどものマジェスティが緊急事態なのです。お守りするには貴女方トルサニアンのお力を借りるしかなく。それ故、強行な手段を取らせていただきました」
片手を胸に、マジェスティへの誓いを示す姿勢は凛々しく、その瞳には強い忠誠の光があって、国王というものを持たない国のサヤは、魅入られるように見つめてしまう。
「どうか、マジェスティの危機をお救いください」
丁寧に頭を下げられ、サヤは混乱するままに口を開いた。
「私は、何の力も持たない学生です。それに、インディといえば、こちら、トルサニサとは因縁の国。勝手な行動をするわけにはいきません」
「お願いします。この宝玉が示した貴女なら、マジェスティを救うことが出来ます」
「宝玉?」
「はい。代々、我が王家に伝わるもので、トルサニアンのなかでも、特別な力を有する方を見つけ出すものです」
代々王家に伝わる宝玉、って。
そんな凄いものが、この世にあるの!?
それに、あんなにきれいな宝石が、力を判別できるなんて・・・・すごい。
「あ!居た!いらっしゃい!トルサニアンのお嬢さん。キーラムは、乱暴じゃなかった?」
思わずキーラムが差し出した宝玉に見入ってしまったサヤは、またも突然開いた扉から聞こえて来た元気な声に驚いて、ぎょっと飛び上がってしまった。
「ハーネス。驚かすんじゃない」
「ごめん、ごめん。だって、早く会いたかったからさ」
そう言って片目をつぶって見せる、金色の髪と瞳をした青年は、サヤの前まで来ると、キーラムと並んで跪く。
「失礼をいたしました。自分は、シュバリエのひとりハーネスと申します・・・・と、お堅い挨拶はこのくらいで。これから、マジェスティ共々よろしくね。トルサニアンのお嬢さん」
真面目な様子できりりと挨拶をしたのち、ハーネスは砕けた口調でそういうと、弾けるような笑顔を見せた。
ありがとうございます。