34、収穫祭 7
「お、重い」
保管庫から取り出したパイを積み上げたサヤは、それを一度に持ち上げたところで、思わずそう呟いた。
「それは、そうよね。張り切って作っちゃったから」
アクティスにリクエストされたパイをはじめ、野菜だけのパイ、果物のパイ、そして勝手にナジェルが喜んでくれるかも、と燻製肉と野菜をたっぷり詰めたパイや、ひき肉の煮込みのパイも作ったのだから当然、とサヤはキッチンの作業台に積み上げたパイの塔を見つめる。
「よし、行きますか」
一枚一枚、特製の容器に入れてあるのだから、多少の事では崩れない、壊れないと判断し、気合を入れてサヤはそれらを持ち上げた。
「うっ・・・やっぱり重い。でも、ひとりでやるしか・・・・・!」
こんなことなら、レミアに付き合ってもらうべきだったのでは、と今更ながらに思いつつ、サヤは食堂で確保してあるテーブルへ転移しようとして、ぴたりと止まる。
「噓でしょ。もしかして、囲まれているってこと?」
しかしその場所には、サヤたちが転移する前と変わらず女性たちがたくさんいると知り、感知したサヤは、その数に頽れそうになった。
「アクティスも離れたから、もう大丈夫と思ったのに」
甘かった、とサヤは、仕方なしに確保してあるテーブルからは離れた場所へと転移する。
「はあ。やっぱり重い」
両手にずしりと重いそれを抱え、サヤは確保してあるテーブルに向け、とにかく人にぶつからないよう、転ぶことのないよう、足元に注意しながら慎重に歩き出した。
「やはり貴様、馬鹿だな」
「え?」
その時、心底呆れたような声をかけられたサヤは、同時に自分の進む方向に男性のものと思しき靴のつま先が見えたのを不思議に思い、顔を上げる。
「一度にその枚数を運ぶとか。馬鹿だろ」
「一度に運ぶのは馬鹿?・・・あ!もしかして、分けて運べばよかったってこと!?そうか。考えもしなかったわ」
「はあ。本当に馬鹿だな・・・ほら」
ぽんと手を打つ表情のサヤを苦笑して見つめ、アクティスはパイの塔をひょいと受け取ると、代わりとでも言うように、サヤの手に籠を渡した。
「アクティス?」
「そのくらいなら、持てるだろう」
「そりゃ、持てる、けど」
「行くぞ」
「あ、ちょっと待って!」
アクティスに渡された籠に入っていたのは、カトラリーと大量の紙ナプキンなので、もちろんサヤでも持つことが出来るが、そういうことではない、と言いつつサヤはアクティスの背中を追う。
「なんだ、自分で運びたかったのか?」
「そういうわけじゃないけど、全部持たせてしまうのは、悪いなと思って」
必死で言うサヤを、アクティスが不思議そうな顔をして、肩越しに振り返る。
「何故だ?」
「だって、重いでしょう?」
「いいや、問題ない。貴様とは、筋力が違うのだろう。貴様は、腕が震えていたからな」
可笑しみの籠った声で、パイの塔を持っていたサヤは腕がぷるぷる震えていた、と言われ、サヤは瞬時に言い返す。
「仕方ないじゃない!重かったんだから」
「だから、いいだろう。元より筋肉が違うのだから、弱いからと気にするな」
「もう。折角運んでくれているのに、そんな嫌味な言い方しなくてもいいじゃない」
「性分だな」
「ふうん。素直にお礼を言われるのが苦手なのね」
「・・・・・っ」
何気なく言ったサヤの言葉に一瞬アクティスが硬直するも、周りを見ていたサヤはそれに気づかなかった。
「ねえ、アクティス。みんな、楽しそうね」
「・・・・・・」
そして、呑気らしくそう言ったサヤに、アクティスは人知れずため息を吐く。
「私たちも、目いっぱい楽しみましょうね!」
「・・・・・好きにしろ」
弾んだ声で言うサヤにぶっきらぼうに答えたアクティスは、目的地にひとり座って、にやにやと自分たちを見つめているレミアに気付き、回れ右して戻りたくなる気持ちに陥った。
「ザイン出身。パトリックの娘の出迎え、ご苦労だったな」
「偉そうに」
「照れることはないだろう。パトリックの娘の転移の気配が、割とこの場所から離れている、とか何とか言って、テーブルに置いた籠を掴んでそそくさと行ってしまったくせに」
「え?テーブルにあった籠?」
今正にアクティスから渡された籠をテーブルに置いたサヤは、不思議そうにレミアを見、アクティスを見る。
「気にするな」
「ああ、そうだぞパトリックの娘。ザイン出身はな、貴公を迎えに行ったのだ。わざわざ、既にテーブルに持って来ていた籠まで持って。まあ、照れ隠しというやつか」
どうでもいい、気にする必要は無い、とサヤのパイをテーブルに置いたアクティスが言うも、レミアは楽しそうにサヤに話を振る。
「そうだったのね・・アクティス、ありがとう。すごく助かったわ」
「いや・・・いい」
サヤの言葉にそっぽを向いたアクティスにも、周りの女性は黄色い声をあげるが、彼女たちはアクティスに近づこうとしたり、声をかけようとしたりはしない。
「彼女らは、ザイン出身を見つめる会、というのだそうだ。決して邪魔はしない、と約束してくれた」
「そう・・なの?」
レミアの説明に、半信半疑で首を傾げたサヤに、是と答えるかのように、女性たちが周りのテーブルに着く。
そこに置かれているパイを見て、サヤは、彼女たちは彼女たちで収穫祭を楽しむのだと漸く納得した。
アクティスを鑑賞しながら、パイを食すと。
そういうことかしらね。
「なら、レミア。私たちは、特等席ね。だって、アクティスと一緒にパイを食べるんだから」
「はは。そういうことになるな・・・しかし、うまそうな匂いだ。早く皆、戻らぬかな」
「少しくらい、お待ちになれないのですか?ファラーシャの娘レミア」
レミアが大仰に呟いた時、呆れた声と共にフレイアが戻って来たものの、その手には何も持っていない。
「サヤ先輩!ただいまっす!・・あ、レミア先輩とアクティス先輩も」
ぴょこんとお辞儀をしたバルトが、持っていた数枚のパイをひょいとテーブルに置くのを見て、サヤはため息を吐いた。
「やっぱり、力持ちね」
「そうっすよ!俺、力だけはあるんで!フレイア先輩が、よろよろ持っていたパイも、無事に保護出来ました!」
「随分、偉そうに言いますね。そうできたのは、私とナジェルが貴方の転移を手伝い、貴方作のパイを持っていて差し上げたからなのではないですか?」
冷静な声と共に、目が笑っていない笑みを浮かべたレナードが、パイをその手に、苦笑するナジェルと共に現れた。
「そうもそうっすね!ナジェル先輩、レナード先輩、お世話かけました!」
「わたくしからもお礼を言いますわ。助かりました。ありがとうございます」
言いつつ手首を回しているフレイアを見て、サヤはぱあっと顔を輝かせる。
「フレイア!私と同じね!」
「藪から棒にどうしました?」
「だって、フレイアもパイを運ぶのに苦労したのでしょう?」
だから同じだと言うサヤに、フレイアが納得の表情を浮かべた。
「そういうことなら、そうですね。ですが、パトリックの娘サヤの方が、パイの数が多いですわ。これをひとりで運ぶのは骨だったでしょう。まあ、この枚数なら一度には運ばなかったのでしょうが、それはそれで、大変でしたね」
「あ、ええと、それは」
当然のように、複数回に分けて運ぶと言ったフレイアに、サヤは頬を引きつらせる。
「いやいや、それがな。ファラーシャの娘。まったく問題無かったのだ。何故かといえば、それらを全部一緒に運ぼうとしていたパトリックの娘を、それはそれは心配したザイン出身が迎えに行ったのだから」
「「「え」」」
そして、楽しそうに報告したレミアの言葉に、その場の全員が一瞬で固まった。
ありがとうございます。