33、収穫祭 6
「あ、いた!サヤ先輩、お役目終わったっす!誉めてくださーい!」
三人が奥の席を確保して、そろそろパイを取りに行こうかと話をしていると、そう叫びながらバルトが駆けて来た。
「お疲れお疲れ様、バルト」
「はいっ。頑張ったっす!レミア先輩も、フレイア先輩もただいまっす!」
誉めて誉めて、としっぽを振る犬の如くのバルトに微笑み、サヤは周りを見渡す。
「ナジェル達は?」
「ああ・・・女性の海に溺れているっすよ」
遠い目で言いながら、少々苦い笑みを浮かべるバルトに、フレイアがふっと淡く笑った。
「落ち込むことはありませんよ、カルドアの息子バルト。今回は需要が無かったかもしれませんが、あなたにだって可愛いと言われる素質はあるのですから」
「可愛い・・・俺が?」
「ええ。仔犬みたいで」
目をきらきらと希望に輝かせたバルトは、その容赦ない一言で固まってしまう。
「ば、バルト。フレイアは、仔犬みたいに可愛い、って言ったのだから、そんなに衝撃を受けなくてもいいんじゃない?誉め言葉よ?仔犬仕様だなんて」
「・・・・・サヤ先輩って、さり気なくとどめを刺すのが得意っすよね・・・そんなところも好きっすけど」
じとりとサヤを見、バルトは大きく息を吐いた。
「え?仔犬みたい、って誉め言葉よね?」
「はあ。パトリックの娘よ。そなた、ほんっとうに、鈍いのだな。どこの世界に、好いた相手から仔犬扱いされたい奴がいる?それは、弟的な、という存在ならいいのだろうが」
ため息を吐きレミアが言うも、サヤには今一つ合点がいかない。
「本当に、貶めているわけじゃないのよ?仔犬のように可愛い、って本心から」
「パトリックの娘サヤ。少し、お黙りなさいな」
「いいんっす、レミア先輩、フレイア先輩。俺、これからもっと凄い男になって、がつんといいところ見せるんで!」
サヤが無意識にバルトの傷口を広げている、とレミアとフレイアがそれとなく諫めるのを、バルトがそう言って制した。
「え?もっと凄い男になる?それって、カルドアの息子は既にかなり凄いということか?それは、どうなんだ?嘘は言わぬほうが良いぞ?」
「ファラーシャの娘レミアの言う通りですわ、カルドアの息子バルト。これからがつんといいところ、など、有り得ないでしょうに」
「うっ・・・ひどい」
応援してくれるのかと思いきや、あっさりと手のひらを返され、バルトは目を潤ませる。
「ああ・・と。そろそろ、パイを取りに行かない?」
何を話しているのかはよく分からないが、自分は口を挟まない方がいいことだけは理解したサヤが言えば、三人ともあっさりと頷いた。
「そうですわね。参りましょうか。時にカルドアの息子バルト、貴方もパイを取りに行くのですよね?それで質問なのですけれど、貴方ひとりで行って、無事にパイをすべて持って戻って来られます?」
バルトは、能力値が物凄く低い。
能力の総量がそもそも少ないうえに、能力そのものが高くない。
レミアほどでないにしても、誤移動の多いバルトにこのミッションは過酷なのではないか、とフレイアに指摘され、バルトは首を傾げた。
「わかんないっす」
「そうでしょうね」
そして返った言葉に、フレイアが然もありなんと頷く。
そもそも、バルトは自分の能力残量を知る術も拙い。
「なら、私と一緒に行く?」
未だ能力残量は充分にあると見えるけど、以前言っていたみたいに<めくらめっぽう>に跳びまわるなら、行って戻って来るのは厳しいわよね。
今日は、パイも抱えて跳ぶわけだし。
「はあ。パトリックの娘サヤ。貴女、殿方の部屋に行くつもりなのですか?第一、男子寄宿舎に入れないでしょうに」
そういうことなら、自分が一緒に行けば問題ない、と発言したサヤに、フレイアが呆れたような目を向けた。
「あ・・・そうでした」
男子の寄宿舎に女生徒は入れないよう、そして女子の寄宿舎に男生徒は入れないよう、ガードが施されている。
そのことをまたも失念していた、とサヤは苦笑いを浮かべた。
以前、ナジェルの上着事件の時にも同じことを言われたのに、また忘れていたなど、サヤは自分の学習能力を疑わずにはいられない。
「お、我らが三英雄のご帰還だぞ」
レミアの言葉にサヤがその視線を追えば、ナジェルとアクティス、そしてレナードが揃って戻って来る姿が見えた。
「まあ。ああして歩いているのを見ると、三人とも仲の良い学友に見えますわね」
「ふふ。訓練以外で、アクティスがああして誰かと歩いているのを見るの、初めてかも」
「それにしても、女の根性というのは凄いな。あれだけ威嚇されても、諦めぬのだから」
レミアが苦笑する通り、三人の周りには女性が群がるようにして歩いている。
「どうして転移で戻って来ないのかと思ったけど。あれじゃあ、危険だものね」
「そうですわね。誰かにしがみ付かれでもしたら、大事に成りかねませんわ」
「はは」
アクティスの転移に、二度も無断で同行してしまったことのあるサヤは、乾いた笑いを浮かべ、三人を迎え入れた。
「何ですか、サヤ。私たちの苦労を、冷笑するつもりですか?」
「ち、違うわよ。ただ、凄いなって」
いきなりレナードに嫌味を言われ、女性たちに聞こえないよう、サヤが小声で言い訳をすれば、レナードがため息を吐く。
「疲れました」
「じゃ、じゃあパイを取りに行きましょう!それでね、レナード、ナジェル。バルトはパイもたくさんあるし、その・・転移が得意じゃないでしょう?だから、一緒に取りに行ってあげてくれる?」
咄嗟に言ってしまってから、これは妙案だと、サヤは女性に包囲されているような仲間たちを見た。
「そうか。そういうことなら、行こう、バルト」
「仕方ありませんね。お付き合いしますよ」
ここから抜け出せる、とナジェルは一も二もなくバルトの腕を掴み、レナードも勿体ぶりながらも、そそくさと転移の準備に入る。
「じゃ、また後で!」
「サヤも、みんなも気をつけて」
「では、行って来ますね」
それぞれが、それぞれに言い置いて、転移して行けば、女性たちから大きなため息を漏れた。
「はああ・・残念」
「私のパイ、食べてほしかったなあ」
そんな呟きと共に、女性たちの包囲は少しずつ小さくなっていくも、アクティス狙いらしい女性たちは、一向に去ろうとしない。
「アクティスは、私と行く?・・って、ああ、駄目なんだった」
「馬鹿だろ、貴様」
じろりと睨まれ、サヤは首を竦めるも、そんな表情にもときめくのか、女性たちは瞳を輝かせて、小さな悲鳴を上げた。
「パトリックの娘。ここは、我に任せろ・・・さて、ザイン出身。我らは、この確保したテーブルに、皿だのフォークだのコップだのをセットする係だ。行くぞ」
「なっ」
「なっ、ではない。見えるだろう?テーブルの置かれた、所有者を示す旗。ここに、皆のパイが集結するのだ。馳走になる我らが、テーブルをセットするのは当たり前ではないか。それともなにか、ザイン出身もパイを焼いてあるのか?」
「・・・・・ない」
「ならば、我とテーブルをセットする、の一択だ。ではな、パトリックの娘、ガウスの娘。パイを、それはもう、最大楽しみにしている」
そう言うとレミアは、渋るアクティスを引きずるようにして、カトラリーなどの貸し出し場所へと向かって歩いて行く。
「凄いわ・・・美男美女の迫力」
「ファラーシャの娘レミアに並ばれては、何も言えないというところでしょうか」
サヤとフレイアは、ふふと笑い合い、自分たちもパイを取りに行くべく、その場を後にした。
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