26、演奏者
「時に、フィネスの息子。貴公、フィドルを弾けたりはしないのか?」
収穫祭も近づいたある日の夕食時。
サヤ、ナジェル、レナードと同じ夕食のテーブルに着いていたレミアが、不意にレナードにそう聞いた。
「また急ですね。フィドルというと、あの弓を用いて弾く弦楽器の、ですか?」
「他にあるまい」
呆れたように言うレミアに、レナードが肩を竦める。
「一応の確認です。何せ、唐突だったものですから。それにしても、何故、私に?」
手にしていたカトラリーを置き、グラスを持ったレナードが怪訝な瞳でレミアを見る。
「貴公は気取り屋だからな。ああいう楽器を好んで奏ずるのではないかと思ったのだ」
しれっと言い放つレミアに、何故かナジェルがびくりと身体を動かすのを見て、レナードが楽しそうに笑った。
「なるほど。フィドル奏者は気取り屋、ということですか。ならナジェルは、気取り屋の象徴のようなものですね。フィドルをあれだけ巧みに扱うのですから」
「え?ナジェル、フィドルを弾けるの?」
それまで静観していたサヤが、目を輝かせてナジェルを見る。
「・・・弾ける」
ナジェルがフィドルを演奏できることを知っているレナードが言っているのだ。
嘘を吐いても無意味だと、渋々ナジェルが頷けば。
「なら貴公、収穫祭にてフィドルを弾け」
レミアにきっぱりと宣言されてしまった。
「何故、そんな強制的に。あれは自由参加だろう」
だから、去年も弾く事なく済んだのだ、と眉を寄せるナジェルに、レミアが肩を竦めて見せる。
「そうか。ヴァイントの息子も一因か」
「一体何事だ。一因とは、穏やかではないな」
「一因だろう。演奏できる者が、素直に演奏しておけば、我がこのような面倒ごとに巻き込まれることもなかったものを」
そう言ってため息を吐くレミアにサヤが首を傾げる。
「レミア。何か、困りごと?」
「ああ、大変なる役目を割り当てられてしまったのだ。収穫祭で演奏するのは、確かに自由だ。しかし、だからといって放っておくと、誰も演奏しないこともあるとかでな。最低限、楽器を扱える人間を用意しておけ、と言われてしまった」
我とてやりたくてやっているのではない、と、ひとり頷きながらレミアが言う。
「ああ、なるほど分かりました。レミア、貴女は今年収穫祭の委員になったのでしたね。それで演奏者を探している、と」
楽しそうに言うレナードに、レミアは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「分かったなら貴公も参加しろ、フィネスの息子」
「残念ながら、フィドルは扱えません」
少しも残念でなさそうに言うレナードを、レミアは胡乱な目で見る。
「フィドルは扱えずとも、どうせ何か楽器を扱えるのだろう?正直に言え」
脅すように言ったレミアの瞳が、偽りは許さぬとばかりきらりと光るのを見て、レナードはわざとらしく首を竦めた。
「怖いですよ、レミア。でもそうですね。ハープ、なら」
そんなレミアに、レナードが自信ありげに答えるのを見て、サヤは可笑しさが込み上げる。
「何ですか、サヤ」
「ううん。レナードは、ハープを弾くのが好きなんだろうな、って」
だったら、素直に言えばいいのに、そうは出来ないのがレナードなのだろうとサヤは微笑ましく見つめるも、レナードからは盛大に顔を歪められてしまった。
「素直でなくて、悪かったですね」
「でも、それがレナードの個性でしょう」
個性で本当に色々ね、と自身の能力も個性のひとつと捉え始めているサヤは、悪気なく言い切って手元の料理を口に運ぶ。
「フィネスの息子の負けだな」
「勝負なんて、していませんが」
ぱちぱちと火花を散らし言い合いながらも、レミアの機嫌は急上昇した。
「しかし、これでふたり獲得だな。フィネスの息子がハープ、ヴァイントの息子がフィドル。よし、いい感じだ」
演奏者を確保できたからか、レミアが、ほくほくと幸せそうに笑うのを見て、周りがざわめく。
《美少女の笑みだ》
《女神ってああいうのを言うのか》
そんなざわめきをサヤが楽しく聞いていると、隣に座るナジェルが、焦ったような声を出した。
「ちょっと待て。僕は未だ参加するとは言っていない」
焦ったようにナジェルが口を挟めば、レミアの鋭い視線が飛ぶ。
「何か言ったか、ヴァイントの息子」
「いや、だから。僕は、収穫祭で演奏するつもりなど無い」
「パトリックの娘よ。我は、こやつがこれほど友情に薄い男とは知らなんだ」
何とか演奏から逃れようと、きっぱり演奏はしないと言い切るナジェルからサヤに視線を移し、レミアが心底哀しそうな目で訴える。
「レミア・・・でも、無理強いは出来ないわ・・・あ、おねだりしてみるのは、どう?」
先だって、自分もアクティスに強請った経緯を思い出し、サヤが明るい顔になって言えば、レミアが心底嫌そうになった。
「強請る?我が?ヴァイントの息子に?」
「レミア、すっごく可愛いんだもの。ナジェルだって、きっと」
「そうか?やってみる価値は、あるか?・・・・・とてつもなく、嫌だが」
「不要だ!レミア!そんなことをする必要は無い!」
ちらりとレミアに流し見をされたナジェルが、立ち上がらぬばかりの勢いでレミアを止める。
「しかし、折角パトリックの娘が提案してくれたのだ。試してみるのも」
「不要だと言っているだろう!分かった!弾く!収穫祭、フィドルで参加させていただく!」
「おお、そうか。それは心強い。よろしく頼む」
はあ、と肩を落とすナジェルに対し、けろっとして言うレミアという、対照的なふたりを、サヤはわくわくとした目で見つめた。
これって、もしかしてミレアがナジェルの運命、ってこと?
レミアがこんなところで可愛くおねだりなんてしたら、周りも落ちちゃいそうだものね。
ふんふん、そんな可愛いレミアは、他に見せたくない、と。
「ふふ。よかったわね、レミア」
「ああ。本当に良かった」
安心したように言うレミアの皿から、豪快に盛られた料理が物凄い勢いで消えていく。
「サヤ。サヤは、何か楽器を扱えたりしないのですか?」
その食べっぷりを、いつものことながら気持ちよく食べる、と見ていたサヤにレナードが問いかける。
「残念ながら、私は何も出来ないの。でも、クラヴィコードを素敵に弾きこなすひとを知っているから、演奏をお願いしてはいるわ。ただ、そのひとも人前で演奏するのは嫌みたいで渋られてしまって。でも何とか粘って、私がリクエストのパイを上手く焼けたら参加してくれる、って約束を取り付けたの」
あの演奏は本当に素晴らしいから、と言うサヤの言葉にレミアの瞳が輝く。
「でかした!流石、私のパトリックの娘だ」
「どうしてサヤが、貴女の、になるのですか。本当に意味不明なことを」
興奮気味に言いながらも豪快に食べ進めるレミアに、レナードがため息を吐いた。
「いいではないか。我とパトリックの娘は、親友、というやつなのだから。で、パトリックの娘。そのクラヴィコードの演奏者は誰だ?」
わくわくと問いかけるレミアに、けれどサヤは曖昧な笑みを返す。
「うーん、未だ秘密。だって、パイが上手く焼けないと弾いてはくれないと思うし。それに、クラヴィコードを弾くってこと自体、余り公表したくないみたいだったから」
アクティスの様子を思い出し言えば、レナードが呆れたようにサヤを見た。
「そんな相手に、貴女は収穫祭の食堂という、とてつもなく人の多い場所でクラヴィコードを弾いてくれ、と頼んだのですか?」
「余りに素敵な音色だったから、つい」
言っていて、サヤは自分でもついはないのでは、と思え苦笑するしかない。
「そんなに凄い演奏だったのか?その、サヤが、思わず強請ってしまうほど」
相手を慮るより、演奏を披露して欲しい気持ちを優先させてしまったと苦笑するサヤに、ナジェルがそれほどなのかと問いかける。
「ええ。本当に、凄く素敵よ」
「そ、そうか」
迷いなく言い切るサヤに、ナジェルが複雑な顔になった。
「ああ。鈍いというのも、罪ですね」
「不甲斐ないのが悪いのであろう」
「レナード?レミア?何の話?」
唐突に共鳴したかのように頷き合うレナードとレミアを、不思議そうに見るサヤに、ふたりは揃ってにやりとした笑みを返す。
「ご自分で、解明してください」
「いや。導かれるのを待つのも一興」
「・・・・・何だか分からないけど、教えてくれないことだけは理解したわ」
苦笑して頷き、サヤはコップに口を付けた。
ありがとうございます。