21、決意
「うーん、やっぱり可愛い!」
雨上がりの、夜の岩場。
サヤは、暗いそこにほんわりと能力で灯りを灯して、風に揺れる花を見つめていた。
「この濃い藍色が、ナジェルの瞳みたいって言ったら、笑うかな。でもナジェルのことだから、莫迦にしたりはしないわね」
笑うとしても、それは照れ笑い。
そんなナジェルの表情が目に浮かぶようで、サヤは自然笑顔になった。
「・・・また来たのか」
そんなサヤにかかる不機嫌なような、呆れたような声。
「あ。お邪魔しています」
あの日の彼だ、と分かったサヤは、咄嗟にそう口にしていた。
「だから、ここは別に俺の場所ってわけじゃない。だが、夜に訪なうのは、あまりお薦めしない」
苦笑しつつ言われ、サヤは、ナジェルにも気を付けるように言われたことを思い出した。
「そう言えば、ナジェルもそんな事を言っていたわ。私は、色々不注意で、警戒心が足りないって」
ぽんと手を打ち言うサヤに、彼が首を傾げる。
「ナジェル?」
「あ、士官学校の同期です」
「ああ。海洋科の天才だろう。その同期に注意するよう言われたのに、また来たのか?」
呆れたように言われ、サヤは明後日の方向を見た。
「警戒心が足りない、とは言われたけど、別によるに出歩くなと言われたわけじゃ」
「そういう処が、警戒心が足りないと言わしめる根拠なんじゃないか?というかお前、その言葉も忘れて、ただその花が見たいとかでほいほい来たんじゃないか?」
「うっ」
図星を刺され、サヤは思わず唸ってしまう。
「はあ。学習能力が足らないのか?」
「・・・花が」
「花が?」
「明日には、枯れちゃっているかも、って思ったら、来ていたんだもの。仕方ないじゃない」
むっすりと言うサヤに、彼は大きなため息を吐いた。
「まあ、来てしまったものは仕方ないが。それこそ、ナジェルに一緒に来てもらえばいいだろうに」
「今日のお昼に、ナジェルから教えてもらったんだもの。夜も、なんて言えないわ」
「昼も来たのに、また見たくなったのか。そんなに気に入ったのか?」
彼の言葉に、サヤは大きく頷きを返す。
「とっても。すっごく可愛いし、何より色がナジェルの瞳みたいで、安心するの」
「そうか。なら、よく見て行くといい」
そう言って岩場に座り込んだ彼の傍で、暫く藍色の花を見つめていたサヤは、はっとしたように顔をあげた。
「灯り、邪魔じゃないですか?」
星や、夜の海を見るのを好んでいるようだった彼を思い出し慌てて言うサヤに、彼がくすりと笑う。
「別に、大丈夫だ」
「でも・・・」
「お前がそうやって気にするのは、俺が、灯りを灯さず海や空を見ていたからだろうが。俺はただ単に、灯りを灯せないだけかもしれないぞ?」
悪戯っぽく言う彼に、サヤは少々捻くれた優しさを感じた。
そんなわけ、ないのに。
こんなに高い能力値を持っていて、それに、ちゃんと灯火の能力もあるじゃない。
視えてしまったその能力に内心で苦笑しながら、サヤは灯りを消すと、花を踏まないように注意しながら、彼の隣に座る。
「こうして、暗い中で海を見るのもいいですね」
「嵌ったか?だが、本当に気を付けろよ。危険なのは、人だけじゃないからな。波の高い日は、絶対に来るな」
「はいっ」
子供のような返事をし、暫し海を見つめたサヤは、あまり遅くなる前にと立ち上がった。
「そろそろ、帰ります」
「そうか。走らず、ちゃんと転移で帰れよ?」
「もう。分かっています。それと、あの時は本当にごめんなさい」
「おう。気を付けてな」
ひらひらと手を振る彼に、ひらひらと手を振り返し、サヤは転移を発動する。
「またな、同類」
そんな、意味深な言葉に見送られ、サヤは自室へと戻った。
「同類・・・どういうことかな?」
自室に戻り、サヤは、腕を組んで先程の人の言葉を繰り返した。
「同類、って何が?何の?」
そもそもそれは、何に対しての言葉なのか。
「夜の海を見るのが好き、っていう話をしていたからかな・・・それより。あの人、ナジェルの事を知っているようだったわね。海洋科の天才かあ。シンクタンクでも、有名なんでしょうね・・天才ナジェル、か。万年二位の私とは、大違い」
はあ、と大きなため息を吐き、サヤはソファに丸まってクッションを抱き締めた。
「それにアクティス。自分がナジェルに似ているのは、当然だと言っていたわね。あれは、どういう意味なのかな」
ごろんごろんとソファで転がったサヤは、唐突に拳を振り上げる。
「そういう、他人への出歯亀は危険!それより先に、私はアクティスくらい優秀になって、ナジェルと並び立ち、悩みを分かち合えるくらい信頼してもらうことを目指すべきよ!頑張れ、私!」
探し人が居ると言っていたナジェルの、その悩みも何か助けになることがあれば、手を貸したい。
「まずは、万年二位を何とかしないと」
振り上げた拳に力を籠め、サヤは強く決意した。
ありがとうございます。