19、約束
「レミア。本当は、何処へ向かっていたの?」
「おお、パトリックの娘じゃないか!奇遇だな」
不思議そうに周りを見ているレミアに、サヤが近づき言えば、レミアが明るい表情になってサヤを見た。
「んん?ヴァイントの息子も一緒か。もしや、ふたりで出かけて来たのか?それはいい・・が。しかし、その身体で雨になど濡れて辛くはないのか?ヴァイントの息子」
士官学校始まって以来と謳われる美少女の登場に、周りがざわざわとし始めるも、レミアは相変わらず気にする様子もない。
そして、常であればレミアのそんな態度に苦笑するサヤも、今のレミアの発言に気を取られ、それどころではなかった。
「その体、って?ナジェル、もしかして具合悪いの?」
「いいや。いたって健康体だな」
焦って問うサヤに、ナジェルは何事も無いと、軽く両手をあげて見せる。
「健康体、なあ。まあ、確かに病ではないが。病でなければ健康、とは言えぬのではないか?」
にやりと笑って言ったレミアに、サヤが勢いよくそちらを向いた。
「レミア。それ、どういう意味?もしかして、ナジェルは怪我をしているとか?」
「お、勘がいいな」
「レミア。余計なことを言うな」
きつく睨み付け、ナジェルがレミアを留めようとするも、レミアは益々悪戯っぽい笑みを深めるばかりで譲らない。
「さて。どうするか」
「分かった。今度、何か奢ろう」
妥協案だ、と言ったナジェルに、レミアの瞳がぱあっと輝く。
「特別メニュウで、腹いっぱいか!?」
「もちろん」
「ちょっと!それは妥協案じゃなくて、賄賂って言うのよ。レミア!ナジェルも、そんな取引しないでよ」
腹いっぱい奢る、というナジェルの言葉に敢え無く陥落したレミアは、しかしサヤの叫びも聞こえない風で、嬉々として手を差し出す。
「ちょっとほんとに!」
止めるサヤの言葉など聞こえない風で、ふたりはさっさと指合わせと呼ばれる契約を交わす合図をした。
これは、親指と小指を立てた互いの拳を、表、裏と軽く合わせるもので、トルサニサでは、広く約束の時にも使われている。
「ということで、悪いな。パトリックの娘。聞きたくば、本人から聞けばよい。ではな。我の目的地はここではないので、行く」
「レミア待って!」
レミアに交換条件を持ち出すほど、話したくないらしいナジェルを見、サヤはナジェルから聞き出すのは困難と判断した。
「なっ」
聞き出すなら、レミア。
その決断に従って、サヤは既に転移体制に入っていたレミアの腕を掴んだ。
移動寸前でその動きを止められ、本人であるレミアはもちろん、ナジェルまでもが驚愕の声をあげる。
「凄いな、サヤ。今、レミアの発動を無効化しただろう」
「はあ。我は、既に跳びかけていたのだぞ?掴んで止めるなど、パトリックの娘。そなた本当に桁違いだな」
「もう。そんなことより、ナジェルのことよ!ねえ、レミア。お願いだから教えて」
既に発動していた能力を止める、という己の異常さに構うことなくサヤがレミアに問いかけた。
「パトリックの娘。そんなこと、ではないと思うのだが・・・うーん。さて、どうするか」
必死な様子のサヤを見つめ、困ったとナジェルを見る。
「パトリックの娘には、いつも世話になっている。だが、特別メニュウを腹いっぱい奢るというのも、そそられる」
食堂で、決まった食事を摂ることは出来る。
しかしそれには規定というものがあって、当然の如く皆同じように同じ食事が配られる。
その対象外となるのが特別メニュウで、主に皆、祝い事などの時に利用していた。
「レミア。教えてくれたら、私が特別メニュウを奢ってあげる」
「え?本当か?それなら、パトリックの娘の手料理がいい」
「それでいいなら、もちろん」
「よし!」
では早速、と手を伸ばしたレミアを今度はナジェルが止めに入る。
「おい!先に約束を結んだのは僕だろう!」
「だが、それより魅力的な交換条件が出たのだ。ヴァイントの息子よ、諦めてくれ」
そう言うとレミアは、ぱちんと可愛らしいウィンクを決めた。
評価、ありがとうございます。




