14、瞳
「よろしくお願いします」
「叩きのめしてやる」
訓練開始時、対戦相手であるアクティスに礼をしたサヤは、同じように礼を返されながら礼を感じない言葉を投げられ、初手から怯みそうになるも、何とか向き合い構えを取った。
「うっ・・・くっ」
しかし、言葉通り開始直後から間断なく続くアクティスの激しい攻撃に、サヤは防戦一方を強いられる。
《どうした?貴様死にたいのか?》
挑発するような思念と同時、ひと際鋭く喉元を狙われるも、何とか避けたサヤに、アクティスは再び思念を飛ばす。
《へえ》
それは感心するようなでもあり、口笛でも吹きそうな、莫迦にしたと感じられる声でもある。
まるで、甚振られる獲物みたい。
猛獣は、その子に狩りを教える時、わざと獲物を弱らせて訓練をさせるという。
今サヤは、正に自分がその獲物となって、アクティスにわざと泳がされているような気持ちになった。
完全に、下と見られている、ということよね。
まあ、正しいけれど。
アクティスの動きは速く正確で、サヤには反撃の隙を見つけることさえ出来ない。
手の動き、足さばき。
その視線。
しかし、無駄の無いアクティスのその動きを見つめ、辛うじてでも、アクティスの思惑通りでも動き、避けるうち、サヤの意識は知らず研ぎ澄まされていく。
次、左足が出てナイフを一度引く・・・。
そして感じたアクティスの動きを謎に思う事もなく、サヤはその一瞬を逃さずにアクティスの右手首を狙って大きく一歩を踏み込んだ。
「ぐっ」
思わぬ突きだったのだろう、対戦開始から初めて、アクティスがバランスを崩すも、サヤの攻撃を避け、横へと飛び退った。
流石ね!
でも、次はどうかしら!
「はっ!」
しかし、アクティスが避けるなど予想の範疇にあったサヤは、それを好機と攻め込み、下からの突きを己が得物で弾くと、返す手で首筋を狙った。
「っ!」
またも動きを読まれたアクティスは、大きく身を逸らせることで、サヤの得物の軌道から逃れる。
くっ。
柔軟性も高いなんて、出来ないこと、本当に何ひとつ無いんじゃないの!?
見た目も恰好いいし!
「・・・サヤ。貴様」
柔軟は苦手とするサヤが、やや見当違いな恨みを抱いていると、アクティスから怨嗟を帯びた声があがった。
しかし、その声に籠る怒気さえ、今のサヤには恐怖になり得ない。
止まることなく足を動かし手を動かして、アクティスを只管に追い詰める。
次。
飛び上がって、上から、来る。
サヤは身を大きく捻ってその攻撃を避けると、そのままアクティスの延髄を狙ってナイフを振り上げた。
これで、得物を寸止めすれば、私の勝ち!
「くっ!」
いつもであれば、サヤが攻撃を躱したとしても、体勢まで崩すようなアクティスではない。
故に、寸止めで得物を止めれば、訓練でのとどめとして、サヤの次の攻撃は有効だった筈。
「えっ!?」
しかし今アクティスは、自分が全力で仕掛けた攻撃をサヤに躱されたことで完全に身体のバランスを崩し、たたらを踏んでいる。
この状態で延髄を狙って突き込めば、洒落にならない怪我を負わせてしまう。
「っ!避けて!」
咄嗟に得物を投げ捨てるも身体の動きは止めきれず、サヤはアクティスを押し倒すような形で共に倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫!?アクティス!」
倒れる際、何とか両腕を床に突っ張って全体重をかける事は避けたものの、組み敷くことは避けられず。
「アクティス?」
自分の顔の真下にあるそれが大きく歪むのを見て、サヤは悲鳴のような叫びをあげた。
「大丈夫!?何処を打ったの!?ああ、全身よね!一番痛いのは何処!?頭!?もしかして、その優秀な頭脳に何か」
「はっははははははっ」
しかし、焦ってアクティスの表情や体のあちらこちらを見ながら、叫ぶように言ったサヤは、自分の顔を片手で覆って大声で笑うという、入学以来初めて見るアクティスを前に、呆然となった。
「あの。アクティス?やっぱり、強く頭を打った?」
航空科の輝く星に取り返しのつかない怪我を負わせたかと青くなるサヤの目の前で、アクティスは無造作に半身を起こす。
「莫迦、平気だ。何かもう、どうでもいい」
可笑しくて堪らないというように、口元を緩めたままのアクティスが、サヤの目を真っすぐに見た。
「貴様、滅茶苦茶だ。先見でも出来るのか?」
アクティスの瞳。
戦闘の余韻なのか、今はその冷たい氷の薄蒼に熱が宿っている。
こういう時は、益々。
サヤは己の思考にのめり込み、アクティスの問いに答えることもなく、その瞳をじっと見つめた。
「やっぱり似てる」
そして、思わず漏れてしまったサヤの呟きに、サヤへと手を伸ばしかけていたアクティスの動きが止まる。
「はあ。俺の質問は、無視か・・・まあ、いい。因みに、誰と似ている?」
「え?あ」
前髪をかきあげ尋ねるアクティスを見て、自分が思考を音にしてしまった事に遅まきながら気付いたサヤは、やってしまったと口を押さえた。
「今更遅い。いいから、答えろ」
「・・・・・」
「早く」
「・・・ナジェル」
躊躇いつつサヤが言ったその名を聞いたアクティスが、ふっ、と口元を歪める。
「それは、そうだろうな」
「え?」
「ふっ。何を驚く。貴様が言ったのだろうが」
熱が冷え、いつもの冷たい瞳に戻ったアクティスが零した言葉に、サヤは思わず息を詰めた。
アクティスの言葉は、ナジェルと自分の瞳が似ていて当然、と取れるもので、サヤはじっとその瞳を見つめてしまうも、それ以上何も言わず、サヤを振り返ることなくアクティスは立ち去って行く。
「ね、ねえ!身体は!?本当に大丈夫なの!?」
答える声は無い。
だが。
《問題ない》
心へ直接届いたそれに、サヤはほっと胸を撫で下ろした。
ありがとうございます。