第5話 調査1日目① 魔力の残滓
調査1日目の始まりである。
私達はもう一度集まって誰がどっちの方角を探索するかを決めた。調査に参加するメンバーは、私とエリカとローズとドラセナの4人だ。またしてもライラックは拠点から出てこないし、リーダーの姿もなかった。
話し合いの結果、私は北へ偵察に行くことが決まった。私はルガティの背中に乗って拠点を出発した。相変わらず地面はヘドロだらけで気味が悪い。栄養がなくやせこけた土地を見るのは慣れているがここは驚くほど殺風景であるのだ。建物どころか木の一本すら無い。
進めど進めど、広がる殺風景すぎる景色に変化は訪れないので気が狂いそうである。
「リリー、具合は大丈夫か? 少し休もうにももたれ掛かれる場所も見当たらないから不安にもなるよな」
ルガティと体が触れ合っているので、ある程度互いの感覚を共有し合えているのだ。私の精神状態が彼にも影響を及ぼしてしまっているかもしれない。
「申し訳ありません。止まっている方が辛いので走っていてください」
広々とした空間に自分だけが取り残されてしまったような錯覚に陥るのだ。私の下で頑張ってくれている大切な家族の気配すら無くなるほどの恐怖を感じる。
「そうか。あんまり無理するなよ」
ルガティは走り出した。
拠点からどれくらい離れたかわからない。
どれだけ時間が経ったかもわからない。
あとどれだけ走ればこの景色が変化するのだろうか。結果としては何も見つけられずに私たちは拠点へ引き返すことになった。
「何なのよここ。なにもないわ!」
拠点へ帰ってくると他の3人はもう帰っていたようだ。エリカの怒号が響いていた。
「遅れました」
「ネリネちゃん、おかえり!そっちは何か見つかった?」
「いえ、何も見つけられなかったどころか何もありませんでした」
「やっぱりそうなのね」
他の3人も何も見つけられなかったようだ。全員が本当のことを言っているならば、私達の拠点の周りには塵一つないことになる。突如として発生した巨大陥没穴の正体はただの虚無空間ということになる。そうなると、不思議なのは地上に噴き出すまでに増殖したヘドロの正体は何なのか。
「何も無いということは考えられないわ。ところで貴方たちは魔力の残滓には触れてみたかしら?」
頭を悩ませているとローズが妖艶な声色で不思議なことを聞いてきた。
「魔力の残滓? って至る所にある黒いヘドロみたいなものですか」
ローズはクククッとお腹を抑えて笑い出した。
「貴方にはヘドロに見えるのね! 片腹痛いわ。これはそんな下等なものじゃ無いわ。何らかの魔法。いや大魔法を行使した後の残り香よ!」
ローズはうっとりとした顔で自分の衣服からヘドロを取り出した。
魔力の残滓とは強力な魔法を行使した際に残る副作用のようなもので、これほどの規模の大地に残りかすを発生させる魔法は聞いたことがない。
「貴方それを触っても大丈夫なの!」
私が声を出すより早くエリカは驚きの声をあげた。
「大丈夫も何もとても気分がいいわ。残滓ですらこんなに質の良い魔力が篭っているのですよ。私はこれを作り出した人にお会いしたいわ」
「それがここにきた目的ですか?」
私は冷静に彼女の目を見据えて疑問を投げかける。
「ええ! でも時間の問題だと私は思うの! だってこの残滓なんかと比べようが無いほど、同じでずっと濃い匂いをあなたから感じるんですの!貴方はきっと神の使者かなにかだわ!」
そう言うと私の方へ飛びかかってくる。
「危ない!」
私が横に避けようか、ルガティに迎撃してもらおう、それとも……ごちゃごちゃと考えている間にエリカに体を押し飛ばされた。そのまま彼女と一緒に地面へ倒れる。
「私の使者を独り占めしないでよ!」
「おかしいわ! あなたは何か勘違いしている。非魔法使いが魔力を帯びることなんてよくあることじゃない!」
非魔法使いにも魔力が全くないわけではない。魔法使いよりも圧倒的に保持できる魔力が少ないだけである。魔力を発する物体に非魔法使いが長時間触れ続けると体内に魔力が移ってしまうことがある。非魔法使いは体内の魔力を使って自分のことを守ることが出来ないので、体外の魔力発生源の影響を受けやすい。なので魔力の残滓と呼ばれる黒いヘドロが魔力を発生させているとしたら、私が今魔力を帯びている状態であることに間違いなさそうである。
「そうです。私はヘドロと何の関係もありませんよ」
「悪かったわ。急がなくてもその時が来れば分かることだもの。エリカせいぜい気をつけることね」
ローズは少し不服そうな様子で自分の家へと帰って行ってしまった。
「エリカさん庇って頂きありがとうございました」
「うん。気にしないで、私ネリネちゃんのこと信じてるから。それより情報をまとめてみようよ」
私達はローズが話していたことも含めて一度整理することにした。私達の拠点の周りには何もない。黒いヘドロの正体は何らかの魔法によって作り出された副産物であるということ。であればそれは何の魔法であるのか。
「多分だけど、この地底を取り囲むような魔法なんじゃないかな」
ローズの狂気に隠れる形で姿を消していたドラセナが声を出した。
「僕は空から探したんだけど、ある一定の高さまで上がると天井にぶつかるみたいな感触がしたんだ」
「ドラセナくん、それは本当なのね! だとしたらここは誰かが魔法で作りだした空間だっていうこと?」
「まぁそういうことも考えられるってこと。必ずしも内側だというわけではないと思うけど」
「ドラセナさん、貴重な情報をありがとうございます」
私がドラセナに声をかけると、彼は姿を消してしまった。なぜだか、自分だけ避けられているような気がする。ただ彼のおかげ少しだけ歩みが進んだ。
「やらなきゃいけないことは分かったけど、どうやってこの世界をぶち壊せばいいんだろうね。これだけ広い範囲を囲う魔法なんて聞いたことがないよ」
「私もどうすれば良いか思い付きません。こんな時に必要なのは仲間の力。ですが、半数以上の方とまともにコミュニケーションを測れないので困りました」
「ほんとそうだよ」
私達はもう一度ペア調査までそれぞれで考えてみることにした。
「ルガーは何か思いつきませんか?」
テントに戻りルガティに意見を仰いだ。
「オレが気になったのは発狂女がリリーにヘドロと匂いが似てるって言ったことだなァ」
「あれって私に魔力が移ったてことじゃないんですか?」
「いやただのカンだが、ヘドロから魔力が移ったからって、あんな形相でお前のことを欲しがるか? 頭の片隅にでも残しておいてくれェ」
「分かりました」
それより体調は大丈夫なのかと心配してくれる。
私も過保護な方だが、ルガティも十分過保護である。
私は問題ありませんと彼の頭を撫でる。
私は彼に体を預け、少しだけ仮眠をとることにした。