第30話 信じ続ける御方
私が目を覚ますと、そこは青い壁の部屋であった。ライラックの固有魔法を受けて精神を支配されていたのだろうか。その後の記憶が全くない。エリカの手が私へ向けられている場面が最後の記憶である。彼女は無事だろうか。
何をされたのか気になる所ではあったが考えても分からないので、私はいつも通り周囲と自分の体の状況を確認することから始める。床に転がされていた為か体が痛い。だが、手も足も腕も問題なく動く。首を捻りながら私は片膝立ちを経由して立ち上がる。
ここは大きなカーテンで二つに仕切られた部屋であった。私が立っている場所から少し歩くと階段があるそれなりに長い階段。そこを上がるとカーテンがある。奥には何があるのだろうか。次は辺りを見渡す。厳かな雰囲気がする。
左右の壁には幾つもの青い炎が灯されていて、真ん中には赤いカーペットがここからカーテンの向こう側にまで敷かれている。レッドカーペットの両脇を固めるように幾本もの円柱が建てられている。
この場所を知らない私にでも分かる。ここは城の中。それも玉座の間であると。
私が内装を見渡していると、塔の魔女と海の魔女がどこからか現れた。彼女らはカーテンへと続く階段の下に陣取った。
「森の魔女の従者。私たちは貴方を歓迎するよ」
海の魔女がそう言うと跪いた。
「さぁこのカーテンの向こう側へは君が求めるものがあるはずだ!」
隣で跪く魔女とは違い塔の魔女は高らかに声を上げた後にカーテンに向かって体を向けて腕を広げた。私は一歩ずつ赤いカーペットの上を踏み締めるように歩く。私が求めるもの。それはただ一つ。ご主人様だけである。正義も悪も調査も裏切りも、もうどうだっていいのだ。
全く予定通りになどいかず手探りの旅であったが、こうしてご主人様に会うことができる。何か忘れていることだらけな気がするが、それでいいのだ。
レッドカーペットを歩き終えて階段に足をかける。一段一段確実に登っていく。もうすぐ自分の求めるものが手に入ると考えると自然に登る速度は上がっていく。ちょうど中腹まで差し掛かった所で誰かの声が聞こえた。
「ネリネ! それ以上登ったらダメだよ! 戻れなくなっちゃうよ」
知っている声であった。私は見知った少年の名前を呼ぶ。
「そうだよ。僕はネモネだよ! ほら」
私の横に少年は現れた。私はなぜ登ってはいけないのかを聞いた。
「あの向こうにネリネが求めるものはないからだよ!」
あのカーテンの向こうには私の求めるものがあるのだと二人の魔女は言ったのだ。私は少年の言うことを聞かずに歩みを進める。誰に止められても私は登るのだ。
「ちょっと待ってよ!」
私の後に続くように少年は階段を登り始めた。勝手に姿を消しておいて、現れたと思ったら登るなとは彼は可笑しくなってしまったみたいだ。以前はあれほどご主人様を探すことを応援してくれたというのに、どんな心変わりをしてしまったのだろうか。
あと五段の位置まできた。もうカーテンまですぐである。少年は私の服を後ろから掴む。私は離してほしいと伝える。
「嫌だよ! カーテンに触れたら今まで頑張ったのが無駄になっちゃうよ」
だから、私の望みはすぐそこなのだ。こればかりは譲れない。私は無理やり一段登る。あと四段である。少年は離れないようについてくる。
もう一段、また一段。目の前にカーテンがある。あと一段登り、手を少し伸ばせばいいだけだ。しかし、少年はカーテンの前に立ち塞がり邪魔をしてくる。両腕を広げて私の前に立つ。
「ネリネ、最後の忠告! 僕を信頼してほしい。僕と塔の魔女。どちらを信じるの!」
それは。
頭が割れるように痛い。
「ネリネ! 何をもたついているんだい? 早くカーテンに手をかけるんだ」
少年の横に塔の魔女が現れた。私の手を取れと言わんばかりに自分の手を差し出した。それに続くように少年も私に手を伸ばす。どちらの手を取れば良いのか。考えようとすると激しい頭痛に苛まれる。
「ネリネ、頑張れ。自分の気持ちを丸めこまないで!」
少年の声が脳に響く。あの時、天に昇って行くのが少年ではなく、海の魔女であればよいと思った。彼との約束を果たしたかった。城へ行ってご主人様を助けたかった。彼の母親を見つける手助けをしたかった。
私はどうかしていた。
短い間だが、独りで心細かった獣人の世界で手に入れた友人は何度も嘘を吐いてきた魔女なんかじゃない。
答えは決まった。
「ありがとうございます。あなたのお陰で目が覚めました。さぁ一緒にいきましょう──ネモネ!」
私は彼の手を掴んだ。すると、握った手から白い光が洩れ始めた。次第に光が強くなり、私は眩しくて目を瞑る。
「信じてくれてありがとう。僕は君の味方だ。絶対に裏切らないよ。これは恩返しだ。僕が良いよと言うまで絶対に目を開けてはいけないよ」
「わかりました。あなたのことを信じますよ」
「ネリネ! 何故進まないんだ!」
ライラックが私とネモネの会話をよそに叫んだ。彼にはネモネのことが見えていないようだ。
「ネリネ。目を開けていいよ。びっくりするかも!」
私は彼に言われるままに瞼をゆっくりと上げる。
「── 一期の君信じる天竺葵。我は四大魔女が一人。湿原の魔女である」
私のことをお姫様抱っこで抱えながら彼だったものはニコリと笑った。




