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第17話 お見舞い申し上げます

 ここもライラックの工房の一部なのだろうか。緑一色の部屋である。ぽつんと白いベッドが部屋の真ん中に設置されていて、そこにルガティは狼の姿で寝ころんでいた。



「ルガー……」



 私は彼の名前を呼びながらベッドの側まで駆け寄る。黒かった体毛は紫色になっていた。ルガティの元々の体毛は黒色なのだろう。私がよく知っている彼の毛の色は、ご主人様譲りの綺麗な青色なのだ。あのどんな青色の宝石よりも美しい青は私が大好きな色である。それもご主人様の魔力に日々当てられ続けているからこその色だったと判明するのにそう時間はかからなかった。




 日に日に青色が黒色に変化していく。


 それに伴ってルガティの元気もなくなっていくような気がして辛かったことをよく覚えている。ルガティだけでなく、家の周りの木々でさえも徐々に元気をなくしていくのだ。どんなに水を上げてもご主人様の魔力には敵わず枯れていく様を見守ることしかできなかった。だから、久しぶりに人間に変身している彼の姿をみることが出来て嬉しかったのだ。



「狼くん、ここで様子を見ていたのだけどネリネのことが心配だったみたいで飛び出しちゃってね。そのおかげで君のピンチに間に合ったからよかったよ。まさか体内に入り込んだ残滓の魔力を自分の魔力として使うとはね。相当な無理をしたと思うよ」


「そうだったのですね」



 まさかそんな危険なことをしていただなんて。言えば私が心配するだろうからか。戦闘中で伝える時間が無かったとはいえ、彼はそのあともきっと教えてはくれないのだろうと思う。



「となりにはローズとドラセナの病室もあるから、気が向いたら顔を見せてあげてよ。起きているかもしれないからさ」



「わかりました。ありがとうございます」


「なんでも頼ってくれると嬉しいよ」



 そう言うと彼はルガティの病室から姿を消した。掴みどころがない人である。私の気を引きたいのか、私を怒らせたいのかまったくわからない。


 私は深呼吸をして気持ちを入れ替えるとルガティの頭を撫でる。本当は今すぐにでも私の話を聞いて欲しかった。ライラックが念話に入り込んでこられるのが厄介すぎる。しかもここは彼女の工房内であるし、おそらくすべての会話は筒抜けであろう。



「ゆっくり休んでね」



 私はルガティの額に唇を落とすと病室を後にする。次はローズの病室に行った。
















「あら、お見舞いに来てくれたのね! 私嬉しいわ」


 ローズがにこやかに笑っている。上体を起こせているので安心した。先程のルガティの病室と変わった所はなかった。



「心配しましたよ。元気そうなのでよかったです」



 私が彼女のベッドの横まで近づくと身を乗り出して抱き着いてきた。



「ごめんね。私が弱いばっかりに守ってあげられなくて」



「そんなことありません。私は感謝しています。ローズさんが槍使いを引き付けていてくれたから回復の時間が作れましたし、挟まれることなくもう一人を迎撃することが出来ました」



「もーう! なんていい子なの」



 私だって一人前の調査隊のメンバーなので守ってもらう謂れはないが、ローズの子供扱いに悪い気は抱かなかった。最初こそ不気味な雰囲気に警戒心は最高地点であったが、領域での出来事を経て信用できる存在として私の中ではカテゴライズされた。最も警戒するべき相手が一人できたからかもしれないが、信用できる人間がいるということがこの環境において最も安心できることなのだ。



「ここは安全です。私が保証します。なので今はゆっくり休んでください。これからは命がけの戦いが待っていると思いますので覚悟しておいてください」


「ええ、ネリネちゃん。頼りにしているわよ」


「はい!」


 私はローズの病室を後にする。


 次はドラセナの病室へ向かった。彼女は私のことを一人前の仲間として認めてくれているのだ。だから子供扱いが癇に障らないのかもしれない。私はたまらなくそれが嬉しかった。










「ドラセナさん、ネリネです。入ってもいいですか?」


 二人とは違ってまだドラセナとは友好的関係を構築出来ていないので病室の前から声を掛ける。


 返事はないようだ。寝ているのだろうか。邪魔しては悪いのでくるりと回って帰ろうとしたときに声をかけられた。



「いいよ」


「失礼しますね。具合は大丈夫ですか?」



 病室に入った。相変わらずの緑一色で趣味が悪い部屋であった。私の事を確認すると、ドラセナは小棚から眼鏡を取って体を起こした。



「ここに連れてきて頂きありがとうございます」



 丁寧にお礼の言葉が彼から飛んできた。不自然な展開ではないが、今までの彼と私の関係性からすると想定することが出来なかった言葉だ。てっきりまた小言の一つや二つ言われると思っていたので、それなりの覚悟はしていた。絡まった緊張の糸が一気に解けていくような感覚がする。



「いえいえ、ドラセナさんが最後に咆哮で位置を知らせてくれなかったら見つけられなかったので助かりました」


「何で僕のことを助けてくれたのですか。あなたには何度も冷たい態度ばかりとってしまったのに」


「うーん、何ででしょうね。どうしてだかドラセナさんからは悪い人の気を感じないんです。きっと私に何かあって接しづらいのかなと思ってました」



 私の発言が図星を付いていたのかドラセナは目をまあるく開いた。そのあと、恥ずかしそうにもじもじと体をよじり始めた。



「実は見せたいものがありまして」



 彼はズボンのポケットから一枚の綺麗なハンカチを取り出した。


四角に折りたたまれたハンカチの角の所には魚の刺繡が施されている。



「それは! ど、どこで」


「昔にディルクナードへ行った際に青い髪の魔法使いに貰ったのです。その時に僕と同じくらいの年齢で綺麗な桃色の髪の女の子が家にいると言っていました。桃色というとエリカさんもですが、話し方で分かりました。あなたがその子だと」



 私は彼からハンカチを受け取るとじっくりと確認した。


この綺麗な織物をみたことがあるし、何より魚の刺繍がご主人様のものなのだ。


使用感はありつつもきれいに使われており、大事にされていたことが何よりも伝わってくる。


私は彼にハンカチを返す。



「僕はエリンジュームさんが凄い魔法使いだということは後から知りました。第1次陥没穴調査隊のメンバーだということも。僕の目的は彼女のことを助けることです。あなたも同じですよね」



 明確に同じ目的のメンバーがいただなんて知らなかった。


私の目からは涙が出てくる。


もっと早くハンカチを一瞬でも見せてくれたら協力することが出来たのに。


そうしたらもっとやれることがあったはずなのに。



「そ、うだよ。何で、もっとはやく、伝えてくれないのですか」


「すみません。あなたに、ひ、ひとめぼれをしてしまいまして!」


「キモチワルイヨー!」



 私は彼の言葉を聞いた瞬間、寒気に襲われて飛び上がってしまった。

 人伝えに聞いた私の人物像に長い間。少なからず想いを寄せていたと思うと耐えられなった。


 それはそうと心強い同士を得ることが出来た。

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