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「なるほど……な。作戦とはこういうことだったのか……」
翌日の放課後。
職員室などの事務系の教室が並ぶ一階。
十畳ほどの部屋を見渡しながら、感心するように面は呟いた。
部屋の中央には革張りの二つソファ。その間にはやや脚の高めなガラス製の座卓。奥には木製の箪笥があり、上には四十インチほどのブルーレイ内臓型のテレビ。その他にも高そうな壺や、薔薇の入った陶器の花瓶が並んでいる。
恐らく学校、それも一生徒が使う部屋としては破格級の一部屋だろう。
「しかし、部活を作るとは、よく考えたな」
そう。生徒が使う一室。部室としては。
僕の手腕に感心したのか、しきりに僕の隣立つ面は頷きながら、
「うん、これなら部活という名目で互いの想い人を入部させて、尚且つ互いの恋のサポートもできる。改めて、よく考えたものだ。てっきり私は作戦というのは本当はなくて、あれは私を引き留めるためだけの嘘だと思い込んでいたのだが……違ったんだな。見直した」
「ハハハ、まさか、そんな嘘、この僕が吐くはずがないだろ」
鰯雲なみに白々しく薄っぺらい空笑いを、僕は浮かべる。
我ながら虚しい……。
が、まぁそれはひとまず置いておいて、部活だ。
そう、部活。
それこそが僕が編み出した作戦だった。
もちろん既存の部活に入部した、なんてそんなチャチなもんじゃあ断じてない。
もっと素晴らしいものの片鱗を味わえる作戦だぜ。
要するに、作ったのだ。
部活を。
まるごと。
昨日。
昨日、面に何か部活に入っているのかメールで尋ねたところ、面も部活動には入っておらず、また面の想い人も、部活に入っていないようだった。そして僕の想い人である大和も部活動には入っていない(一応生徒会には入っているけれど、しかし生徒会は我が校では部活動ではなく、委員会の一環と言う風に定められている。そのため、部活動とは認められていない)。
そこで、僕は閃いた。
だったら新たな部活を作ってそこにその四人で入部すればいいんじゃないかと。そうすれば僕が入る部活がない問題も解消され、なおかつ面との契約である、部内で互いの恋の成就のためのアドバイスもし合えるのではないかと。
昨日薔薇から、ホテルに誘われた時……じゃなかった、部活動に強制入部させられる校則が存在していることを知らされ、そう閃いたのだ。
……そういえばあの後、薔薇にホテルにしつこく誘われたんだったな……。何とか固辞して逃げ切ったけど、まさか力づくで城東町(高松にある風俗街。エッチなことが条例で禁止されてる岡山から海を渡って変態どもがよくやってくる)まで連れて行かれそうになるとは思いもしなかった。告白を無視されたのが相当頭に来てたのかもしれない……。
まぁ、そんなこんなであり、今は僕と面で各々、放課後想い人にこの部屋に来るよう伝え、先に僕と面で待っている最中。
互いの想い人が新作も新作の部に入ってくれるということが懸念点ではあったが、僕の想い人である大和も面の想い人も部活動に入っていないことが幸いしたのか、どうやらどちらも入部してくれるらしい。
どっちかの想い人だけが入部する、なんてことになれば元も子もない作戦なのでここは本当に運が良かったところだろう。
「…………」
……しかし、面の好きな人、か。
正直想像できないな……。
この暴力女が好きになりそうな男がまるで想像できない……。
並みの男じゃあ、こいつと付き合うのは無理だろう。
ということはプロボクサーとか、それとももの凄く口の上手い奴?
いや、趣向を変えてドMということも……。
「……何か失礼なことを考えていそうだが、まぁ、今はいい……しかし、部活を作ったおかげで部室を手に入れたのは分かったが、何でこんな豪勢な部室なんだ?ここ、たしか前まで応接室だった部屋だろ?よく顧問が許可したな」
「ああ、そのことか……」
「?」
僕はうなだれる。
訊くのか、それを。
できれば話したくないんだが……。
まぁ、どうせいつかはバレるから言うけどさ……。
「僕達のクラスの担任、知ってるか?」
「ん?ああ、確か朽蝶先生、だったか?」
「そうそう。あの眼鏡で巨乳でショタコンで白衣を着た体育教師って言う属性てんこ盛りな先生」
「属性てんこ盛りとか男の娘のお前が言うか」
「うるせぇよ。お前も似たようなもんだろ。まぁ、とにかくそれで昨日、あの人に部活を作りたいって申請書を出したんだけど、普通に良いって言ってくれたんだ。しかもこの豪華な部室もくれるって。けど、それにあたって一つ、条件を出されてな……」
「条件?」
目をスライドさせて問うてくる面。
僕はその視線から目を逸らす。
あぁ……やっぱり言いたくない……。
けど、言わないとダメなんだよなぁ。あの先生、どうせ口軽いから勝手に言いやがるだろし。
僕は自分の顔が赤くなるのを感じた。あまりの恥辱に顔を両手で覆う。
そして、五度程言いかけては止め、言いかけては止めを繰り返し、やっと絞り出すように言った。
「……今度スモッグを着た写真を撮らせてくれって頼まれた……僕、どうやらあの人に目を付けられてたらしい……」
「お前……」
面の哀れみを湛えた目が痛い……。
分かってる。僕だって嫌だったんだ!でも仕方なかったんだ……面にああ言ってしまった以上嘘を真実にするしかなかったんだから……!
「まぁお前の度し難い変態性は分かった。が、それはひとまず置いておくとして」
「ひとまず置くな。僕の話聞いてた?」
古畑ばりに中指の先を額にちょこんと乗っけて呆れたように言う面にツッコむ。
何で僕が自らスモッグを着た写真を撮られたい奴みたいになってんだ。
ちゃんとお察ししろ。
「お前の好きな奴ってどんな奴なんだ?これからここに来るんだろ?どれくらい胸が大きいんだ?」
「僕をまるで異性に胸の大きさしか求めていない変態のように例えるのはやめろ。お前の中で僕はどういうイメージなんだ……まぁ、大きいけどさ……」
多分あれは学年でも一、二を争う大きさだと思う。いや、計ったことないから分かんないけど。ちなみに面のは見事なまでに天空の鏡だ。
「というかお前の方こそいったいどんな焼けた肌が似合う洋楽好きな人――」
と、意外と素は純粋な面のことだ。案外ボーイッシュな外見に反して実は『高●の花子さん』の一節に登場するようなザ・イケメンを好きになったりするのかもしれない。なんてそんな考えをめぐらしかけていたのだけど――
「……からさっさと出荷されろよメスブタ。ここは人間の住む空間だぜ?ブタはブタらしく肉欲しかない持ってないデブのおっさんにでも食われてろ」
……そんな、およそここがトップクラスの進学校とは思えないほど惨い、言葉の残虐性をフルに活かした悪口が部室の外から聞こえてきて、僕は口を噤んだ。
声を聞かなくても、言葉遣いだけで僕はそれが誰なのか分かる。
こんな関市産の刃物並みに鋭すぎる罵倒を考えつく奴、僕はあいつと今言い争っているであろうもう一人しか知らない。
……あいつらは何でお互い嫌い合ってるはずなのにこうもよく鉢合わせるのか……。
「……ったく、薔薇の奴…………」
「え?お前、薔薇を知ってるのか?」
「――は?」
と、僕が声を荒げた薔薇に呆れた直後、信じられない言葉が面から聞こえてきて、僕はフクロウの如く面の方へ90度首をひねった。は?こいつ、今なんて?
「は?いや、だから、お前、薔薇とどういう関係なんだ?」
「え?いや、薔薇は単純に友達……って言うかまぁ告られ続けてるんだけど……」
「告白?」
「いや、何でもないこっちの話だ。それよりお前、薔薇を知ってるのか?」
「知ってるも何も薔薇は私の――」
「あなたこそ、さっさとごみ処理場に行った方が良いんじゃない?特に生ごみを処理する施設に。女を食い物にしてるあなたにはぴったりなんじゃないかしら?」
今度はそんな言葉遣いこそ上品そのものだが、使われている言葉には上品性の欠片もない悪口が聞こえてきて、僕たちはまたしても会話を中断して、視線を扉の外へと向けた。
……やっぱりさっき薔薇と口論乙駁してたのは紗百合だったか……。
何やってんだ、あいつら……。
「紗百合の奴、相変わらずだな……」
「……は?」
仲裁しに行こうか迷っていたところ、またしても信じられない言葉が面から聞こえてきた気がして、僕は再びグリンという擬音が聞こえてくるほど、首をねじる。
え?
「?いったいなんだんだ。さっきから。鳩が豆食ったような顔して」
「それだと単に食っただけだろ。正しくは《豆鉄砲を食ったよう』だ……って違う、そうじゃない!何でお前、大和……いや、大和紗百合を知ってるんだ?」
「え⁉いきなりどうした?急にものすごい剣幕《けんまく」で肩を掴んで来て……いや、私は単純に紗百合と友達……というかまぁ一回告られてそのまま告白され続けてるんだが……」
「告白⁉」
「あ、いや、何でもない。こっちの話だ。とにかく紗百合とは友達なんだ。ていうか、お前。お前こそ、何で紗百合の事を知ってる風なんだ?お前も紗百合と友達なのか……って、いや⁉おい、まさか⁉」
ようやくこの度重なる異常事態に面も気が付いたのか、ハッとした様子で面も瞠目する。
異常事態。
そう。まさに、異常事態と言うなら、まさに異常事態だ。
僕の想い人である大和とこいつが友達で、僕の友達である薔薇のこともこいつは、何故か知っている。そんな、異常事態。
そして更に異常なのが――
「冗談も大概にしろよメスブタ。冗談さえ言えねぇような口にしてやろうか?というかお前、何で俺と同じ方向に歩いてんだよ」
「あなたこそちゃんと考えて物を言いなさい。あ、いえ、そうね。ごめんなさい。脳がついてないのよね。下半身の棒状と二つの球状の小さな脳味噌しか。あんたこそ、何で私についてくるの」
――薔薇の声も、大和の声も、この部屋に近づいて来ているという異常事態だ。
「ハ、ハハ……まさか、な。あるわけないよな?そんなこと」
「ハハハ……あ、あたりまえだろ。うん。そんな偶然、早々あってたまるか」
僕達は二人して笑い合う。
冷や汗を浮かべながら。
顔を引きつらせながら。
精一杯首を振りながら。
笑い続ける。
だって実際、そんな偶然があるわけないのだから。
昨日偶然出会って偶然互いの恋に協力することになって、そして
――偶然想い人が互いの友達で、そして僕達は実は恋敵。
そんな偶然、あるわけがない。
どんな盲亀浮木なストーリーだってんだ。
ないない。あるわけないよ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「おい!圭!なんでこのくそビッチがここにいるんだよ⁉」
「ねぇ!良!なんでこの絶倫オス猿がいるの⁉」
「「だよな!畜生!」」
猛然と扉を開けて入ってきた薔薇と大和に、僕と面は思いっきり叫んだのだった。
御一読ありがとうございました。