2章 ようこそマイノリティ研究会へ
第二章 ようこそマイノリティ研究会へ
激動の日から一夜が明けた。
昨日はもうとっぷり夜が更けていたので、面とそこから何かするということはなく、とりあえずまずはお互いの連絡先を交換して、自宅が高松駅付近だという面を、性別上は一応こいつも女なので、仕方なく僕が家まで送り届けて家路についた。
……はいそこ。お前がボディーガードになるわけねぇだろ逆に二人とも襲われて終わりだばぁぁぁぁぁかとか言わない。
むしろそんな浅はかな考えしか思い浮かばない貴様らこそが馬鹿だ。
なにせちゃんと僕はボディーガードとしての役割を果たしたのだから。
……僕だけが帰り道、見ず知らずのデブのおっさんに尻を触られるという形でなぁ!
……どうやら、あのおっさん、面を男、僕を女だと勘違いして、そのような蛮行に及んだらしい。
もちろんその場でおっさんは怒りやその他負の感情を孕んだ面の手によってボコボコ。
そしてすぐさま警察の手に引き渡されて事なきを得たのだけど、普通はやれやれと安堵に包まれて帰宅できるはずが、何故か面が帰り道、終始僕を睨みつけてくるという何とも気まずい結果だけが残った。……襲われなかったんだからいいだろうが。はぁ……まさかこんな形で女子を守ることになってしまうとは……。
ケースは少し違うけれど、センター試験の日の満員電車でjkを痴漢から守るべく女子高生のコスプレをした男が本当に痴漢に遭った話を思い出した。
あの人、こんな気分だったんだな……痴漢はやめようね、絶対。
まぁとにかくそんなプチイベント(プチ?)が起こりつつも、無事日は明け、とうとう僕と面が共闘する記念すべき一日目がやってきた。
いつも通り家を出て、学校に行き、自分の席に座る。
瞑目し、昨日、僕が面に向けて言った台詞を思い出す。
『僕とお前の恋を実らせる。そのための作戦だ》
そう。今日からその作戦はスタートするわけだ。
そして僕は面に言っていた、あらかじめ用意していた作戦を実行するべく、早速行動を――
「(とんでもない大嘘をついてしまったあ!)」
――起こさなかった。
全く。少しも。
…………。
……はい。はい。すいません。すいません。白状いたします。
私は嘘を吐いていました。
作戦なんて全く思いついてません。
あれはあいつを引き留めるための完全なる嘘なのでした。
大変、申し訳ありませんでしたああああああああああああ!
「(……一体どうすれば……)」
昨日家に帰ってから既に計一億回は言っているであろう台詞を心中で呟きながら、頭を抱える。
太宰治の小説、『駆込み訴え』に出てくるイスカリオテのユダみたいな語り口で心中を吐露してみたものの、そんなものでは少しも頭に妙案は下りてこない。このままでは僕が訴えられてしまう。
「(どうする……?)」
いっそのこと素直にやっぱり作戦なんて思いついてませんでしたごめんねてへぺろと誤魔化すか?
いや、あいつは自分で器がでかいと言っておきながら、僕が「馬鹿」と言っただけで僕の腹部にボディーブローを叩きこむほどの御猪口並みの器しか備えてない馬鹿野郎だ。
もしあれが嘘だったなんて知ったらボディブローどころでは済まないだろう。
たぶん腹に風穴が空く。
ブローだけに。
……じゃなくてマジで一体どうすれば……。
「よ、良。おはよう。付き合ってくれ」
…………。
「マジで一体どうすれば……」
「驚いた。人間って人の告白をここまで完璧に無視できるんだな」
何だろう、幻聴が聞こえる。
男の親友が僕に告白してくる。そんな幻聴が。
……いや、分かってる。幻聴じゃないことくらい。ただ反応するのがもうめんどくさかっただけだ。
「何の用だ?薔薇。見ての通り僕は今忙しいんだ。重要な用じゃないなら後にしてくれないか」
「いや……俺、結構重大な要件を言ったような気がするんだけど……良、俺と付き合ってくれ」
「マジで一体どうすれば……」
「よし、OKしてくれて嬉しいよ。早速今夜ホテル行こう!それで話変わるけど、良は何の部活に入るんだ?」
「勝手に僕の返事を捏造するな!答えるまでもなくノーだから無視してるんだよ!ていうか仮にOKだとして何でいきなりホテルなんだ!そういうのは普通もっと段階踏んでから……って、え?部活?」
まるで当選後の政治家の態度並みに180度変化した話題について行けず、僕は思わず首を傾げた。
……部活?
何で一年生の四月ならばまだしも、この二年生の四月というこの時期に部活の話を?
僕が部活に入りたくても入れないのは薔薇も知っているだろうに。
「え……?もしかして、良、知らないのか?この学校、二年生の五月から部活への入部が必須になるんだぞ?」
「…………は⁉」
その言葉が意味するところを理解した瞬間、僕の舌は勝手にそう叫んでいた。
部活が、必須⁉
「しょ、薔薇!その話、本当なのか⁉」
理解はできても、納得はできない。僕は椅子を蹴る勢いで立ち上がり、薔薇の男らしいたくましい肩を掴んで詰め寄った。一体どういうことだ?
春とは言え、男二人が密着すれば流石に熱いのか、僅かに頬を赤らめたじろぎながら、薔薇は答える(決して僕に接近されて照れてるとかそういうことではないはずだ決して)。
「あ、ああ。本当だよ。昨日、あの腐れビッチと殺し合いをしてる時に――」
「腐れビッチ?」
「紗百合のことだよ。言ったろ?家が隣同士なんだって。それで帰り偶然あいつと出くわして、殺し合いをしてたんだけど、それが引き分けになった後、『そう言えばこの高校は二年生の五月から部活動への入部が強制になるけど、良と……ついでにあなたは何の部活に入る予定なのかしら』って訊かれたんだ。あの腐れビッチは一応腐っても生徒会副会長で理事長の娘だからな。一応俺らが校則を守るつもりがあるか気になったんだろ」
「まずは殺し合い云々の方に話題を持っていきたいけど……マジか……」
そんな校則があったなんて一つも知らなかった。どうせ入っても嫌な思いしかしない部活に強制的に入らなくてはならないなんて……。転校しようかな?締め切りまで期間があればまだ間に合うはず!
「ちなみに入部届提出の締め切りは明日だ」
「この学校僕のこと嫌いなの?」
机に突っ伏す。マジ、か……。
今はただでさえ面との件でゴタゴタしているというのに……まさかこんな重大なイベントが重なってくるとは……。
それもこんな最悪のタイミングで……。
「(……いや、けど、ほんと、どうする?)」
校則で決まっている以上、入部はしなくてはならないのだろう。
だったらまずは周りに男らしいイメージを持ってほしい僕としては、どうしてもこの容姿故に女子のイメージがつきまとってしまう文化系の部活に入部するのは避けなくてはならない。
だとすれば消去法的に運動部に入部することになるんだけど……どうする?小一から小六まで水泳はやっていたし、水泳部にでも入るか?いや、小学生の頃ならまだしも高二となった今、水泳はどうしても異性として見られる可能性が高い(たぶん水着とか着たら胸元に謎の光とか入る)。
それなら中学の時にやっていたテニス?いや、テニスも運動部の中ではどちらかと言うと女子がやる主流なスポーツという感じもする。去年の五月に辞めた卓球部は恋愛で部内の人間関係が荒れに荒れたため今更戻るのは論外。となると、あとは未経験ではあるけれど、最も男っぽい印象のある武道系の部活か?……いや、それもまず未経験者なんて歓迎しないだろうし、幽霊部員という手も無きにしもあらずなのだけど、流石に部活に入るならきちんと活動自体はしたい。
……クソっ、駄目だ。
まったくもって良い部活が見当たらない。
というか、そもそもどうして部活に強制参加しなくてはならないんだ。
部活動と言えば、基本は複数人が集まって何かしらの活動を行う団体のことを意味する。
しかし多様性多様性と南無妙法蓮華経並みに繰り返される昨今、一人でマイペースに活動をしたい人間や、そもそも対人コミュニケーションが苦手な者もいるわけで、そういうマイノリティな生徒にとってはその校則はあまりに理不尽ではないだろうか。
もちろん僕の性格や思想に適した部活さえあれば文句はないのだけど……ざっと生徒手帳の部活動一覧を見た感じそれもなさそうな感じだし……。ホント、どうする?
…………。
……適した、部活があれば?
「そうだ!」
「うお⁉どうした良⁉いきなり男みたいに声を荒らげて!」
「僕はもともと男だ!いや、そんなことより薔薇!」
「……は⁉」
僕がガッ、と薔薇の太く、しかし引き締まった肩を掴むと薔薇はまた顔を赤くした。きっと熱でもあるんだろう。それ以外に考えられない。
僕は更に腕に力を込め、言った。
「僕、入るよ!」
「……俺と、ラブホテルに?」
違う。
御一読ありがとうございました。