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男の娘はつらいよ!  作者: アイ
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「はぁはぁ……お前、女子のくせに足、速すぎだろ……」

「はぁはぁ……ふっ、お前も、中々やるな……私について来るとは……ゲホッ」

 あちこち走り回り、結局辿り着いたのは、とある公園だった。

 警察官を撒き、力尽きた面を公園に追い込み一時間、汗だくになりながら、僕らは夕暮の中ベンチで気息奄々になりながらそんな風に言葉を交わし合っていた。

 傍目から見れば青春バトル漫画で主人公がライバルとの死闘を終えた後みたいに聞こえるかもしれない。

 が、実態は高校生にもなって追いかけっこをして、挙句お互い疲れ果ててベンチに倒れ込んだだけという、とてもとても悲しい現実だった。

「ゲホッ……うええ……それで、お前、駅前で何であんな奇抜なことしてたんだ?」

 僕は何とか息を整えながら、ジト目で面に問いかける。

 あんなことと言うのはもちろん、犬、猿、雉をわざわざ駅前まで連れてきて戯れていたことだ……うん、改めて文章化してみてもまるで意味がわからん。

 もはや犬という何でもない単語も不思議な単語に聞こえてしまう。

 僕の問いかけに、面は何故かキョトンと首を傾げた。 

「怒ってないのか?」

「は?」

「だから、警官にお前を売ったことだ。怒ってないのか?」

「……別に。今更お前に怒っても何かが変わるわけじゃないしな」

 というか、もう怒る気力も湧いてこないというのが正直なところだ。

 よくも犬猿雉の世話を僕に押し付けたな!なんて言葉にするだけでも気が抜ける。

「……ふうん、まぁお礼くらいは言っといてやる。感謝しろ」

「お礼を言いたいのか言われたいのかどっちなんだ……」

 何故僕が礼を言わねばならんのか。確実にお前が言う側だろ。いや、もう気にしてないから別にいいんだけどさ。

「……で、何であんなことしてたんだ?」

 僕は視線を公園の遊具に向けたまま、再度問う。

 が、

「…………?」

 何故か面は視線を膝の上へと落として、僕の質問に答える素振りさえ見せず俯いていた。

 上に乗せた拳がぐっとスカートの裾を握りしめ、プルプルと震えている。

 控えめだが、白い奥歯からギリと音がした。

 ……しまった。僕にとっては何の気なしにできる質問でも、本人にとってはデリケートな問題だったんだろうか?

「あ、いや、別に言いたくないなら言わなくても――」

 僕は慌てて言い訳がましい弁明を口にしようとする。が、

「振られたんだ」

「――いい…………え?」

 鋭い、そして冷たい、まるで氷柱のような面の声が飛んできて、僕は二の句を次ぐことができなかった。

 ……振られ、た?

「ああ。振られた。好きな人に告白したら、『お前のことは友達だと思ってる。けど、友達としか思えない』って言われた。だから、少しでも可愛らしい女の子みたいになれればと思って、あれをやったんだ」

「………」

 口調こそハキハキしているが、俯いている横顔は酷く弱弱しい。張り詰めた弓のように。少しでも触れればプツリと切れてしまいそうな危うさが、そこにはあった。

「……何か、すまん……」

「別に……もう終わったことだ」

 気まずくて視線を逸らす僕に、面はベンチに背中を預け、フッと笑む。

 夕暮れに照らされているはずなのに、その笑顔はやけに昏い。

 ……そうか……ボーイッシュに見えるけど、こいつも女の子だもんな。

 偶然だったとは言え、第三者の僕がずけずけ入っていい類の話ではなかっだろう。

 さすがにもう少し配慮をするべきだった。

 これからは気を付けよう。

 …………。

 ……ん?

「あれ?って待て。なんか雰囲気に流されかけど、それと駅前でのあのことと何の関係があるんだ?」

「は?」

 何言ってんだこいつ、みたいな顔で首を傾げられた。が、その台詞を言いたいのは僕の方だ。

 そうだ。なんか、重たい話でうやむやになった感があるけど、別にそれは、こいつが駅前であんな奇行に走っていた理由とは関係なくないか?

 それとも僕如きでは及びもつかない理由が、そこにはあるのだろうか?

 だったら、その理由とは?

「え?あれ、可愛かっただろ?」

「――――――は?」

 耳を、疑った。

 絶対に聞こえてくるはずのないであろう言葉が聞こてきた気がしたから。

 ついでに目も疑った。

 真顔でそんなたわけたことを抜かすような人間がいるとは思えなかったから。

 きっと冗談のつもりだったんだろう。

 だから僕はしばらく閉口した。

 しばし互いに呆けた顔で見つめ合う時間が続く。

 しかし待てど暮らせどどこいつの口から「ドッキリー大成功―!」の台詞が飛び出してくることはない。影からプラカードを持ったカメラマンもついぞ出てくることはなかった。

「……あれを」

「え?」

「あれを可愛いと思ってやってたって、本当にお前はそう言ったのか……?」

「?つもりもなにも、動物を慈しむ女の子は可愛いだろ?」

「…………」

 僕は絶句した。

 ……ああ、なるほど。

 ようやく分かった。

 あの行動は、そういうわけだったのか。

 その自分を振った男を少しでも振り向かせられるような可愛い女子になりたくて、こいつはさっきみたいな行動を取っていたというわけだ。

 なるほど。なるほど。なるほどなぁ……。

 …………。

「……なぁ今からものすごく失礼なこと言うかもしれないけど、良いか?」

「ふん、馬鹿にするな。私はこう見えてとても寛容なんだ。多少の悪口なら笑って許してやる」

「そうか、それなら心置きなく言えるよ」

 僕は言った。会心の笑みで。

「こんな馬鹿な作戦初めて聞――」

「ふん!」

「ごげぇ⁉」

 突如ミサイルみたいな威力のパンチが腹部にふっ飛んで来て、僕は人類史上聞いたこともないような雄叫びを上げ、地面をのたくった。いってぇ!

「いきなり何すんだ!」

 起き上がり、僕は目の前の馬鹿――じゃなかった、面を怒鳴りつける。

「馬鹿って言ったから」

「さっきお前、自分から寛容って言ってなかったか⁉」

「馬鹿は流石に許容範囲外だ」

「お前の器はペットボトルのキャップしかないのか!」

「失礼な。もっと大きいに決まってるだろ。そうだな……たぶん洗面器くらい……って誰の作戦が可愛くないだぁ!」

「そこに今更ツッコむのかよ!お前の駅前での作戦がだよ!」

「なっ…………んだと⁉」

 バーン!と、まるで雷に打たれたように、面は震え、ベンチにくずれおちた。

 そしてそのまま明●のジョー最終話の如く真っ白になる。

 うそだろ……こいつ、本気であれで可愛くなれると、そう思ってたのか……。

 信じられない。

 確かに動物を愛でる女の子は可愛いのかもしれないけれど、流石に限度ってものがある……。

 犬はともかく雉や猿を駅前に連れて来る奴に可愛げなんてあるものか。可愛いのは動物だけだ。

「…………」

 よほどショックだったのか、面はまだ顔を上げようとしない。

 さすがに言い過ぎたか……?

 男に振られた後だったんだ。内容がいくらアレだとは言え、確かに僕ももう少し言い方に注意するべきだったかもしれない。

 突如舞い降りた気まずい空気を清浄しようと、僕はとにかく間を繋ぐ言葉を考える。

 が、考えたものの、気の利いた台詞など少しも思いつかない。そのためとりあえず「ごめん」とだけ言って、後はフィーリングでなんとかしようと、そう思ったその瞬間、

「わかってたんだ」

 ――その瞬間、すっかり夕日が沈んだ闇の中、ポトンと灯った電灯の下、小さく、そして寂しげに、そう面は呟いた。

「…………え?」

 俄かに発せられたその声音に、僕は譫言のような呟き以外返せない。

 ……分かって、た?

垂れ下がった前髪のせいで目元までは見通せないものの、横顔から覗く口の端の線は僅かに反っている。

笑っては、いる。

 が、どうしてだろう。その笑いは、酷く、嘘くさい。

「分かってたんだ」

 電灯の外の闇より暗く、面は呟き続けた。

「分かってたんだ。どうせこの作戦もうまくいかないことくらい。ずっと、そうだったから」

 ぽつりぽつりと、これまで溜めてきた感情を一気に吐き出すように、記憶と気持ちを言葉に乗せて闇に溶かしていく。

 その声は、震えていた。

「……『も』ってことは、他にもこんなことしてたのか?」

 違和感を感じて、僕は尋ねた。面は一度僕に苦笑を向け、それからまた俯く。

「ああ。お前も聞いたことくらいあるだろ?私が一人でノリノリでプリクラを撮ってただの、カフェでスイーツ爆食いしてただの、学校で一日中笑ってただの。あれは全部同じ理由でやってたことだ」

 ……一日中笑っていたことに関しては知らなかったが、なるほど。あの噂はそういう理由だったのか。

 つまり、可愛くないこいつが可愛く見られるための、作戦。

 さっきのこいつの思考の方向性からすれば、プリクラを撮る女の子は可愛いだったり、スイーツを食べる女の子は可愛いだったり、笑っている女の子は可愛い、みたいな感じだろう。

 だからそれをやった。が、こいつのやり方は極端すぎて、まるで効果がなかった。しかも実践した結果が変人扱い……。何とも報われない話だ。

それが分かっているのか、面は低い声を更に低くして訥々と呟く。

「私は昔からそうだ。私が仲良くなって好きになった男子は私の事を友達としか思ってなくて、そいつらは皆、いつの間にか他の女の子を好きになって、そしていつの間にか私はそいつらの恋を『友達』として応援する側に回ることになる……たまに告白されたこともあったけど、それは全員同姓だ。それが嫌だったわけじゃなかったけど、流石に断る時はやっぱり辛かった……」

 まるで消える前の蝋燭のように静かに、だが荒々しい口吻で、しかし最後は自虐的に笑って面は口を閉ざす。

 ……なんとなく気持ちは、分かるような気がした。

 性別は逆だけど、僕もこの見た目から女子からは女友達としてしか見られなかったから。

 告白されるのも同性からばかり。

 同性が恋愛対象なら、それでもまだ救いもあっただろう。

 が、男の娘、またはボーイッシュな女の子が別に全員が全員、ホモセクシュアルというわけじゃない。

 もちろんそういうやつもいるのかもしれないが、ライトノベルや漫画に出てくるようなそういう男の娘とかボーイッシュな女の子キャラは殆どが幻想だ。

 僕達は、幻想じゃない。

「…………」

 面はもう、笑っていなかった。

 悲しんでもいない。

 怒ってもない。

泣いてもいない。

 ただ、呆然と下を向き、どこか遠くを見つめるように目を伏せている。

 が――

「けど!」

「……?」

 突如、面はそう叫ぶと、ベンチから立ち上がった。

 何が起こったのか分からず呆然と見上げる僕に見向きもせず、星空を見上げる。

 そして、言った。


「けど、それも今日で終わりだ!」


「…………は?」

こいつが何を言ったのか、分からなかった。

終わり?何が?

「私はもう、恋することを諦める」

「………!」

 満面の笑みで見つめられ、僕は思わずたじろぐ。そんな僕など眼中にないのか、いや、実際には僕の方を見て喋ってはいるのだけれど、けど、僕ではなくどこか別の場所を見ているかのような瞳で、何かに訴えかけるような口調で面は語る。

「本当はずっとずっと苦しかったんだ。泣きたかったんだ。叫びたかったんだ。成功する確率なんて塵ぐらいしかなくて、願い自体も恥ずかしくて誰にも言いだせなくて、他人が聞けば『可愛くなってモテたい』なんて俗っぽくて馬鹿らしい幸せな悩みにしか思われないからそんな風に思われたくなくて、その素振りさえ見せないようにしてきて……だけど、それでも頑張れば成功するんじゃないかって、そんな甘い夢を夢見て一人で努力してきた……でも、結局、私に恋なんて難しいものはできないんだ。どんなに努力しても無理だった。だって容姿という才能もなければ頭も悪い。それで努力しても無理ならもう、諦めるしかない。どんなに努力してもそれが報われないなんて辛いこと、私にはもう、耐えられない」

 堰を切ったように哀し気な微笑みを浮かべて面は語り続けた。

 そして――

「……馬鹿だよな、私も。好きな人を騙すような人間が、好きになってもらえるはずがないなんて、そんな当たり前なことに今まで気付いてなかったんだ……」

「………!」

 ただの自己中だった。最後にそう付け加えて、公園の出口の方へと顔を背けた。

「……じゃあな。変な話を聞かせて悪かった。今の話は、てきとうに忘れてくれ」

 面は踵を返し、そのまま掌を振って寂しげな足取りで歩を進めていく。

 電灯の光が届かない暗闇へと一歩一歩近づいて行く。

 その背中を僕は黙って見送ることしかできない。

「…………」  

……いや。

 これで、いいのだろうか? 

 ただこのまま見送るだけでいいのか?

いや、違う。これでいいはずだ。

 だって僕はこいつと今日初めて話したんだから。

 多少話の合う部分はあっても所詮他人。

 意見する資格もないし、仮に意見したとしても鬱陶しいだけのはずだ。

 ただ何かに従うように面の足は機械的に暗闇へと向かう。

光が面を突き放す。

闇が面を迎え入れる。

 そしてその足が光を踏み越え、闇へと同化――


「待て」


――する直前に僕は立ち上がり、気付けば彼女の白い腕を掴んでいた。

 ……何故かは分からない。

 けど、どうしても放っておけなかった。

 足を止めた面はビクリと一回肩を揺らし、僕を振り返る。

「…………!」

 その表情に、一瞬気圧された。

 その顔には、さっきまで浮かべていた清々しい笑みはない。

 その顔には悲しみや諦念、そして決断を邪魔された怒りや憎しみが満ち満ちていたのだから。

 ――罪悪感と恐怖が、湧き上がる。

 ……けど、ここのまま何もせずに行かせてしまうわけにはいかない。

 僕は腕を掴んでいない方の掌を握りしめ、逃げるなと自分に言い聞かせるように、爪をググと掌に食い込ませた。

「……最後に一つ、聞かせてほしいんだ」

「……なんだ?」

「お前、何でさっきの話を僕に聞かせてくれたんだ?」

「………!」

 切れ長の面の瞳がまるまった。

 白い顎を親指と人差し指で挟む。

「……そう、言えば、何でだろうな……今まで誰にも話したことなんてなかったのに……いや……」

が、やがて首を振ると、

「いや……たぶんお前が私に似てたからだろうな。私もお前も、見た目と性別が真逆すぎる。それに、お前も人間で、男だ。今はどうだか知らないが、お前も見た目のせいで恋に失敗してきたんじゃないのか?だから、たぶん、お前のことを仲間みたいに思ってしまったんだ……勝手に同類扱いしたのは悪いと思ってるけどな……」

 そうだったのか。

 だから、僕に話したのか。

………けど、それなら――

「やっぱりな」

「……え?」

 僕の言葉を聞き間違いだとでも思ったのか、訊き返す、というより無意識に面は疑問符を発した。

 が、聞き間違いではない。

「やっぱりなって言ったんだ。僕はお前がそう答えることを予測してた。そして、それがもし本当なのだとしたら、僕からお前に提案したい作戦がある」

 分かっていたから、そう言った。

 そうだと思ったから、この腕を掴んだんだ。

「……作戦?」

 眉を曇らせる面。

 僕は「ああ」と言って頷き、言った。

 その作戦を。


「僕とお前の恋を実らせる。そのための、作戦だ」



御一読ありがとうございました。

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