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男の娘はつらいよ!  作者: アイ
5/9

 

 

 あの桃太郎女(今とっさに僕が名付けた)を見つけてから僕が取った行動はまず、今見えている光景が夢ではないかの確認だった。

 まず頬っぺたをつねる。

 うん、痛い。

 けど、まだだ。

 これぐらいで夢ではないと判断するのは早計そうけい過ぎる。

 次に僕は髪の毛を数本ちぎってみた。

 うん、千切れた。間違って二十本くらいちぎってしまったけど、けど、この夢が覚めることはない。

 ……あっれれぇ?おかしいぞぉ?絶対夢なはずだぞぉ?

 最後に僕は疑いを晴らすため、自分のお腹を本気で殴ってみた。

 しかもみぞおち。

 これぐらいやれば僕の頑固なノンレム睡眠も目覚めるはずだ。

 が、

「…………」

 全然、目が覚めない。

 一発だけではなく、二発目三発目と殴る。が、全く効果を示さない。

 おい、おかしいだろ!いい加減目を覚ませよ、僕!

 四発殴る、五発殴る。

 が、ぼんやりした睡魔が湧き上がり意識が覚醒する、なんてことはなく、ただ湧き上がってくるのは吐き気だけ。

 何故!何故起きないんだ、僕!これは夢のはずなのに!  

「…………」 

 ……どうやら非常に残念なことに、僕の眼前の光景はどうやら現実であるらしかった。

 今でも目の前の女子高生は犬、猿、雉を引き連れ、駅前広場でまるでここが動物園であるかのようにたわむれている。

 何がどうなっているんだ……いったい……。

「……ってあれ?」

 しばらくその少女を観察していると、僕はとあることに気が付いた。

「(あの制服、あの顔、あの背丈、どこかで見覚えが……って、あ!)」

あの真っ白の髪の毛、そして僕と似た、どちかと言えば美男子寄りの中性的な顔立ち……あいつは、たしか――


 ――おもてけい


 そうだ、あいつの名前は――面圭おもてけい

 クラスは違うし、部活動も一緒じゃなかったけれど、一方的に知っている。

 というのもそれは、ひとえにあいつが有名人だから。

 しかも、悪い方に。

 例えば、あの見た目で、一人でキャピキャピしながらプリクラをゲーセンで撮っていただの、

 バイキングやビュッフェの店でもないのに何故か普通のカフェでスイーツを爆食いしていただの。

 女子社会では生きにくそうな男勝りな口調も相まって、あいつの悪い噂はそれこそ枚挙に暇がない。

「(あいつ……それで今度は何してるんだ?)」

 身構えながら観察する。

 犬だけならまだ分かる。が、何故、一応県庁所在地の中心地の駅で奴は猿と雉まで連れるという僕達にはできないことを平然とやってのけているのか(まずどこから雉と猿なんて珍しい動物を連れて来たのかという問は考えるだけ無駄だと思うのでスルーだ)。

 そこにしびれもしないし、憧れもしないぞ?

 とても正気とは思えない……。

 それに奴らを手なずけるためか、何故か走りながらきび団子みたいなのあげてるし……桃太郎は香川じゃなくて岡山だろ……いや、桃太郎の墓があるのは高松市の熊野権現桃太郎くまのごんげんももたろう神社だから桃太郎は香川出自と言うこともできるのか……うん、そうだ!桃太郎と言えば岡山、みたいな感じで謳われているけど、桃太郎の出自は実は香川なのだ!思い知ったか岡山!バーカバーカ!……ってそうじゃない!さっき決意表明したばかりじゃないか!僕はもう変な奴には近づかない!そうだ。あんなやつは見なかったことにしてさっさと逃げるぞ!うん、そうしよう!

「ちょっと君、こんなところで何やってるんの?」

「……え?」

 が、そう決意し、颯爽と改札口に向かって走り出そうとしたその瞬間、そんな声が聞こえてきて、僕は足を止めてしまった。

 もちろんその台詞は僕に言われたのではない。あそこで桃太郎ごっこに興じている変質者に声がかかったのだ。

――面が、警察官に職務質問されていた。

「何やってんだ、あいつ……」

 思わず頭を抱える僕。

 そりゃそうなるに決まっている。

 というか犬と雉はまだしも、猿を連れて来るのは完全に鳥獣管理保護法違反だ。

 「あ……えーと、あ、はい、すいません」

「いや、すいませんじゃないから。ちょっとこっち来てもらえる?」

 駅前で問い詰める警察官に、しどろもどろになる女子高生、そして、それを取り囲む犬、猿、雉……なんてシュールな光景だ……。 

「…………」

 面はだんまりを決め込み、誰か助けてくれる仲間を探すように視線を周囲に彷徨わせる。

 が、もちろん助けてくれる仲間などいるはずもない。

 というかそもそもあの動物群を連れてきたのはあいつで、法律違反をしているのもあいつ。

 助けなどあろうはずがない。

「アホらし……帰ろ」

 溜息を吐く。

 もちろん、僕も助けるつもりは一切ない。

 だって悪いのはあいつなのだから。

 それに、僕はさっき決めたんだ……。

 もう、変な奴とは一切関わらないと。

 そう決意した――はずだった。

 が、

「…………!」

 さっさと踵を返し、改札口へと向おうとしたその瞬間、面と目が合ってしまった。

「………」

「………」

 互いに視線を交わし合う。

 無言の時間が続く。

 何かを訴えるような瞳が永遠とも思える時間、注がれる。

 そして、

「え………?」


――何故か、面が、警察官と話しながら、僕に、人差し指を、差してきた。


「(……あれぇ?)」

 何か嫌な予感を感じ、硬直したまま半笑いを浮かべる僕。

 そして数秒後。

 残念窮まりないことに予想が的中し、


「そこの君、止まりなさい!」


――警察官が怒号を上げ、僕の下へ走ってきた。


「やっぱりか畜生!」

 そこで魔法が解けたように僕の硬直も解ける。

 改札口に向かっては絶対に捕まってしまうので、警官とは別の方向の、元来た広場の方へと

駆け出す。そして何故か警察官と犬猿雉を置き去りにした面も走って来て、警察官を追い越しそして僕も追い抜かして行き、そして――


「あの動物、お前に連れて来いって命令されたことにしといたから!あとよろしくな!」


――まるでダンジョンで敵を一手に引き受けたパーティーメンバーに声を掛ける時のような笑顔でサムズアップして、そのまま駆けて行った……。

「……って『駆けて行った……』じゃねぇ!ふざけんなてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

「あ、逃げるなそこの……男子高校生……じゃなくて可愛い女子高生!聞きたいことがたくさんあるからLine教えて!」

「中年男性警官が白昼堂々ナンパしてんじゃねぇ!」 

 夕暮迫る駅前のロータリーを、男子のような女子高生と、それを追いかける女子のような男子高校生と、そしてその二人を追いかける中年警官が駆けて行った。 



御一読ありがとうございました。

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