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男の娘の下校は早い。
男の娘は部活動や委員会等には参加できないからだ。
……おい、そこのお前。今参加できないのは男の娘だからじゃなくて、お前がコミュ障だからだろぷぷーとか思いやがったな?覚えとけよ。お前の家、覚えたからな……。
……いや、違う。そういうことを言いたかったんじゃない。
本当に参加できないんだ。
厳密に言えば参加はできる。が、どの道すぐに去らざるを得なくなる。
というのも僕は小学校、中学校、高校と、一時期運動部に入部していたことがある。
小学校では水泳を、中学校ではテニスを、高校では卓球部に所属していた。
が、一か月も続かなかった。
理由はシンプル。僕が男の娘であることが原因だ。
まず小学校の時の水泳。
着替えの度に同級生の男に胸を触られ、やめた。
次、中学の時のテニス。
女子みたいな僕が相手だと本気で練習ができないとハブにされた。
……そして最後、高校の時の卓球。
あまり力がいらない卓球だったから競技こそこなせたものの、何故か部員の男三名に告白され、部内の人間関係が荒れて、辞めた。
……なんなんだよ、まじでよぉ!
……いや、分かってはいるんだ。
だったら男女関係ない文化部に入ればいいと、そう考える気持ちも分かりはするんだ。
だが、文化部だと尚更僕の女の子っぽいイメージがどうしても解消されないのだ。
昔運動部と文化部の中間と言われる競技かるたをやったことがある。
が、何故か男子のはずの僕が気が付けば女子部門のクイーン決定戦の予選にエントリーさせられていたし、だったらもういっそのこと女子のイメージが強い茶道部にでも入ってやるとヤケを起こしたのだけど、まぁそれも案の定すぐさま女の着物を着せられ、お点前の作法も全て女子のものを教え込まれた。なんなんだよまじ(以下略)。
……まぁ、つまり何が言いたいかというと、結局何をやっても僕には女の子のイメージが先行するということ。
だから、今は家でひっそりと腹筋をしたり夜にランニングをしたりするぐらいまでにとどめている。…… まぁ、遺伝子のせいなのか知らないが、これまた全く効果は現れないのだが……
腹筋なんて毎日三百回やってんのに一つも割れないんだけど?
「はぁ……」
高校から最寄り駅である高松市高松駅までの帰路の途中。そんなことをつらつらと考えながら下校していると、思わず溜息が漏れた。
と、すれ違った母親連れの小学生ぐらいの女の子が「ままーあの可愛いお姉さんすっごい暗澹とした溜息吐いてるー」と僕を指差してくる。うっせこのガキしばくぞ。あと暗澹て。
「……今日は一人だからか、結構目立ってるな」
駅前というのもあるのか、見るとあの女の子だけではなく、サラリーマンの男だったり、配達員の男だったり、警察官の男だったりがこっちをちらちら見ている(おい警官仕事しろ)。
こういう視線は、だいたいイケメンの薔薇だったり、グラマラスな大和と一緒に帰ればあいつら避雷針になってそれも軽減されるんだけど、今日に限って薔薇は学級委員長の仕事が、大和は生徒会の仕事があるらしい。一緒に帰ろうと誘ってはみたのだが、あえなく断られてしまった。
「……ま、一緒にいたらいたで、逆に疲れちゃうんだけどな……」
あいつらと一緒に帰ると、今朝みたいなことが帰り際、必ずと言っていいほど起こる。
流石にあの二人を一緒に帰らせると高松駅が血の色に染まりかねないので、必然的に僕と薔薇、もしくは僕と大和というペアで帰ることになるのだけど、それでも今朝のように突然告白されたり(?)、「はぅぅーお持ち帰り―」などとほっぺを摺り寄せられたりされたりするため、それはそれで非常にめんどくさい。竜●レナかよ。
はぁ……ホント、何で僕の友達ってこうも変態しかいないんろう……。
「…………」
皮肉にも、あの少女の言葉通り暗澹とした溜息が漏れた。
……うん、そうだな。
あいつらはもう知り合い、というかそれより深い仲になってしまったから仕方ないとして、これからはああいった変人とはなるべく関りを持たないようにしよう。
まだ二年生の四月だ。
学園生活はこれから何度でもやり直せる。
まだ諦めるような時間じゃない。
ということで、今年度のスローガン。
『変人ダメ、絶対』
……なんだか麻薬防止ポスターみたいな感じになってしまったが……まぁいい。これを僕の今年の抱負にすることにしよう。
タクシー乗り場やバス乗り場がある広場を抜け、高松駅特有の巨大なガラスに覆われた駅入り口目指して歩いて行く。
幸にも人通りはそこまで多くなく、時折僕と同じように下校中なのか、遠目に制服を着た中学生ぐらいの女の子が「おいでおいでー」と何かを手招きするように叫んでいるのが聞こえてくる程度で(ヒンキーパンクか?)、人がいれば見られるものの、その母数は少ない。
よかった……今日は静かに帰れそうだ。
今日は日がな一日中、言葉のボクシングを繰り広げていた紗百合と薔薇のレフェリーを務めていたため異常に疲れてたんだ。
このまま静かに帰って家でゆっくりインターバルを取らせてもらうとしよう。……それ、僕が選手になっちゃってるな。あながち間違いでもないけれど。
「おいでー!こっちにおいで―!」
「……ん?」
が、僕が、だとすると審判は選手以上に選手なのかもしれないなんて、そんな水たまり並みに浅い思想に耽っていたところ、さっきの中学生の女の子の声がさっきよりも大きくそして近くで聞こえた気がして、僕は正面に目を凝らした。
「あははーみんなこっちおいでー」
「……なんだ?」
そこで僕はようやくその女子高生がこっちに走ってていることに気付いた。
更にじっと目を凝らして前を見る。
そして――
――そして、僕はその行為を今後一生後悔することになった。
おきゃんな声と共にこちらに走ってきている女子中学生は、よく見れば、うちの高校のセーラー服を着ていた。
華奢な見た目からして、どうやら後輩か同級生らしい。
ならば尚更、女子高生が何故こんな真昼間から駅前を疾走しているのかと疑問が浮かぶけれど、すぐにその疑問も搔き消える。
それを遥かに凌駕する。圧倒的なまで災厄が降ってきたからから。
「……………………………………へ?」
その女の子は――笑顔で犬、猿、雉を背後に引き連れ、高松駅前広場を疾駆していた。
さながら、香川県の上に位置する県の英雄の如く。
……ひぐらし風に言うなら、
嘘だッッ!
ご一読ありがとうございました。