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「よ、良。おはよ。付き合ってくれ」
「…………」
四月中旬。
春の早朝。
教室の席でそんな風に脳内で様々なパロディを交えつつ自己紹介かつ男の娘としての苦悩をぶちまけていた折、友人の撫子薔薇が時節に合った春風みたいな爽やかスマイルで挨拶をしてきた。
……いや、挨拶なんて生易しい物じゃないな、コレ。
撫子薔薇。
僕のクラスメイトにして、唯一と言っていい男の友人だ。
一年生の頃に薔薇に告白(本気の告白だ)をされて以降、僕は当然断ったのだけど、何故かその縁でずっと友人として親交がある。
見た目は僕とは正反対の、男らしい爽やかなさらさら金髪高身長イケメン。
成績、運動神経、共に優秀で、加えて女の子にもモテモテ、更には本人はあまり語りたがらないけど政治家の息子という、まさに神に選ばれたとしか思えない、非の打ち所がない憎きハイスペ男子生徒だ。……唯一、女子ではなく男子が恋愛対象という欠点を除いて……いや、いいんだけどね?こんな時代だ。恋愛対象が普通の人と違うからと言ってそれは否定されることじゃない。ただ、だからと言って僕なんかを選んでくれても困る。
僕は溜息を吐いて、
「薔薇……僕は今どれだけ男の娘がつらいかって話をしていたところなんだ。なのにこんなタイミングで腐女子さんが喜びそうな展開を提供しないでくれ。あと、おはよう。それと付き合わないから」
?と、薔薇は首を傾げた。何でそういう仕草だけは可愛いのか。あと、さっきはさらっと流してしまったけれど、告白されたのはこれでざっと二十回目だ。いったいいつまでこのフランクな愛の告白は続くんだろうか……。
「いいだろ減るもんじゃないし」
「どういう理屈だよ。増減で恋愛の話ができるか」
「あら、盛り上がってるわね。何の話をしているのかしら」
「……!」
と、僕がそのあたりのことを今一度薔薇と話し合おうと思っていると別のクラスメイトの顔が目に入った。
……その女生徒の顔を見てすぐ、僕は視線を若干窓の外へと逸らす。
「大和……おはよう」
「ええおはよう。良。今日も可愛いわね」
「……!やめろ。撫でるな。あと可愛くないから」
密着するほどの距離で嫣然とした笑みを湛えながら僕の黒髪を撫でてくるこの女子生徒は、クラスメイトの大和紗百合。
薔薇と同じく、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と、どれをとってもハイクラスの美少女かつ、このミッションスクール、私立大和学園付属大和高校理事長の娘でもあり、かつ生徒会副会長も務める超権力者だ。分かりやすく言えば、完全無欠の理想のお姉さんって感じの女の子。
……が、さっきの薔薇の紹介文と似たような感じになってしまうけれど、そんな大和も、薔薇と同じく残念な特徴を一つ備えている。
それは――その名前の通り『百合』であること。
しかもそんじょそこらの生半可な百合じゃない。
現実世界は勿論、二次元、果ては女体化まで、自分が気に入った娘であればどんな性別♀でも恋愛対象に入る非常にある困ったレベルの高いへんた……じゃなくて百合だ。
そしてそして更に困ったことに、僕はそんな彼女に一年生の頃、惹かれてしまった。
もちろん告白もした。
その時は友達としてしか見れないって断られたのだけど、それでもそこから色んな経緯がありつつも、今でも関係自体は良好だ。
暇さえあれば可愛がっているのかからかっているのか、こうしてちょくちょく僕に絡んだり絡まったりしてくる。……ていうか、あ、ちょ、そんなに密着しないで。その豊満な胸が僕の顔面で潰れてるでしょうが。ぐ……苦しいけど、けど、良い匂い……いいぞ、もっとやれ……じゃない!いい加減にしろ!ほんとにやめてください!理性が!
「んぐ……大和……そろそろ――」
「いい加減にしろ。紗百合」
と、正直快感に浸りつつも僕がそろそろやめさせないとさすがにまずいと大和を諫めようとしていたところ、突如、僕の頭を撫でていた手が誰かの手により止められていた。
「……あら?どういうつもりなのかしら……?」
僕の頭を撫でていたきめ細やかで白い手首を、薔薇が真横から握りつぶさんばかりに掴んでいた。
………あ、やべ。そういえば、この二人……。
が、止めようとしたところでもう遅い。
開戦のゴングは既に、鳴ってしまった。
キッ、という効果音が聞こえてくるほど薔薇は紗百合を睨みつけると、
「良が嫌がってるだろ。やめろ。それから気軽に異性にべたべた触るな。お前に恥はないのか」
「あら?それはあなたが判断することではないんじゃないかしら?それに、気安く異性に触っているのはどっち?早くその汚らわしい手を離してくれないかしら?汚らわしいから」
「あ………?」
「は………?」
…………。
そこらへんの安物の携帯電話くらいなら充電できるんじゃないかと想うくらい、静かに、しかしバチバチとした、静電気のような視線を絡ませ合う二人。
……やっべー。忘れてた。
この二人、超仲悪いんだった。
撫子薔薇と大和小百合。
この二人は幼馴染だ。
しかも幼稚園から現在に至るまで、一度もクラスが離れたことがないという、もはや運命さえ感じてしまう程の幼馴染。
そう聞くと、どこかのテンプレ青春ラブコメのようでもあるのだけど、残念なことに、この二人にそんな感情はまったく皆無。
むしろ、薔薇の好きな人は僕で、僕の好きな人は大和と言う三角関係も相まってか、はたまたお互い真反対の特殊な性癖を持っているが故なのか、いつもこうして険悪なムードになる始末。
「ちょ、お前等……」
慌てて止めようとする僕。
が、時すでに遅し。
戦争は、更に激しさを増していく。
手首を払い、ハッと馬鹿にしたように紗百合はせせら笑う。
「はぁ……あなたって本当、中途半端よねぇ」
「何が言いたい」
「あなたの好みがよ。結局あなた、男が好きって言いながら、良みたいに可愛い男の娘しか好きにならないじゃない?それってどうなの?結局可愛い女の子が好きってことじゃないの?私は百合だからゲイを否定する気もないし、むしろ肯定派なんだけど、そういう曖昧な態度、同じゲイの人たちに対して失礼とは思わないの?」
「それを言うならお前もだろ。お前、百合のくせ男の良を誑かしやがって。同じ同性愛者として恥ずかしいぜ」
「あら、良は良いのよ。可愛いから。それに、私、知ってるんだから。あなた、この前も私のお気に入りの娘の告白断ったでしょ?彼女泣いてたわよ。そうやって友達のふりして近づいて可愛い女の子を手玉に取って快感を覚えてるだけなんでしょ?このクズヤリ●ンが」
「あ?お前こそ今こうやって良を手玉に取ってんだろうが。迷惑なんだよ、そういうの。昔からそうだったよな、お前。相手が可愛いと男女見境なく接するから、それで勘違いして振られた奴が何人もいた。どうせそれを内心楽しんでたんだろ?この見せかけ清楚のクソ●ッチが」
「は……?」
「あぁ……?」
……またしても額を突き合わせ、メンチを切り、再び終わりの見えない水掛け論を展開する二人。
まだ早朝なのに……勘弁してくれよ……。
「おい、お前等その辺で―」
「「良が可愛いのがいけないんだろうが(でしょうが)!」」
「だから可愛いって言うんじゃねぇ!」
なんで普段はいがみあっているくせにこういう時だけは息ぴったりなんだよ!
まぁ、とにもかくにも、こうして、僕達の朝は過ぎてゆく。
何気ない日常だ。
だから今日も通常通りの一日になるのだろう。
そう思っていた。
放課後を迎えるまでは。
御一読ありがとうございました。