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せみのこえ

作者: ニビ

 

 怖い話を集めていらっしゃると?


 それで私に声をかけてくださったんですね。たまに言われるんです。「なんか怖い話知ってそう」とか。褒め言葉なんだかけなされてるんだか、判断に困りますねほんとに。

 残念ながら、私が話せる経験なんてひとつしかありません。ええ。いちおう。ひとつだけね。でもそんな怖くはないですよ。どちらかというと不思議だなーってくらい。


 あれは小学生のときでした。季節はちょうど今時分。今のように暑くて暑くて死を覚悟する、というほどのことはありませんがまあ田舎で朝から晩まで駆け回ってる子供からしたらやっぱり夏は暑いものでしたね。

 なんの遊びをしていたかまでは思い出せませんが、そろそろ夕暮れという時間でした。田舎とはいえ、そこそこの住宅地に住んでいた私はさっきまで遊んでいた友達と別れて自分の家に向かっていました。

 住宅地はかなりの斜面の山を削って作られていたので、いくつもの新しい綺麗な家は斜面にへばりつくように建っていましたし、そこから伸びた道路もかたつむりの殻のようにぐるぐると螺旋を描きながら街の方へ降りて行くのでした。だから、道路の上を歩いていると片側は壁のように切り立った側面、もう片側はすとんと落っこちるような側面になっていました。普通に歩いていれば踏み外すなんてことはないですが、ときどき怖くなったものです。しかも私の家に行く途中にどうしてだか残された鬱蒼と繁る小さな森を横目に見る場所もあり、そこを通る時は早足で通り抜けたものです。


 すいません長くなっちゃって。こういうのだから話下手って言われるんですよね。自覚はあるんですが。

 そう、その日も私は早足で森の横を抜けて家への帰路を辿っていました。急いでいた理由は単に夕飯の約束に遅れそうだったからです。

 あの日は夏の夕方にたまにある、何もかもがどぎついオレンジ色とその光の陰に飲み込まれるような夕闇の日だったのを覚えています。あれ、今でもたまにああいう夕闇の日がありますが、あれはなんなのでしょうね。まあそれはいいです。

 そのきつい光と、その光を家々が遮ってできる深い影に内心どきどきしながら私は歩いていました。そのときに気づいたんです。


「みーーーーんみんみんみーーーん」


 虫取りが好きな小学生なら誰でも知っています。ミンミンゼミの声でした。それが、後ろから追いかけてくることに気づいて私の足は止まってしまいました。

 よせばいいのに、つい振り返って、すぐに後悔しました。


 まっくろい、人間のような形のものがのろのろと私の方は向かってきています。

 その口から、ミンミンゼミの声が絶えることなく響いていていることに気づき、私の方へ徐々に近づいているその姿を見て私はもう恐怖のあまり一歩も動けなくなりました。

 その黒い人は、ペースを乱さずに歩き続け、ガードレールにぴったり身を寄せた私に目もくれずにやっぱりのろのろと私の横を通り過ぎました。


 よかった。


 ほっとした瞬間、手に持っていた虫取り網が滑り落ちました。安っぽいプラスチックの柄が硬いアスファルトに落ちて、かしゃんという軽い音を立てました。

 とっさに私は息を飲んで黒い人を見ました。そしてやっぱり後悔しました。


 そいつは立ち止まっていました。


 体の向きを変えないまま、図鑑で見たふくろうのように首を180度回してこっちを見ていました。さっきまで気づかなかった、異様に黒目の大きな目が真っ直ぐに私を見ており、開きっぱなしの口の奥で何かが動いているのが見えました。

 それが無数の蝉の羽だと気づく前に、私は気絶していました。


 そこからのことは自室で目を覚ましてから両親に聞きました。お前は暑さで参ってしまって道路に倒れていたんだ、帰りが遅いから迎えに行ったら驚いたよと、それだけでした。

 それ以降、なぜか両親は私とあまり目を合わせてくれなくなりました。そのせいでかはわかりませんが、なんとなく両親とも距離ができ、こっちに来てからはほとんど会っていません。

 でもこのあたりはいいですね、蝉が少なくて。だって、あれが現れなさそうじゃないですか。 



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