エピローグ
それから、数ヶ月後。
そこは、安っぽいプラスチックの座席が並んだ、「待合室」のようなところだ。
瑠衣が席に座り、スマートフォンで何かの動画を見ている。周囲には、そんな彼女と同じように、その「街合室」で、時が来るのを待っている多くの人の姿がある。
「……何を、見ていたの?」
座席の背後からマリーが、瑠衣の肩を抱きかかえるようにしてスマートフォンを覗き込む。その姿は以前のようなドレスではなく、大人っぽくカジュアルな服装だ。整った容姿の彼女には、それもよく似合っていた。
彼女は、瑠衣の髪に顔の半分をうずめるようにもたれかかる。
「あ、これ? これはほら、例の……『アフリカのジャングル奥地で新種の獣発見』っていうニュース動画」
瑠衣は、マリーに見えるように自分のスマートフォンの画面を傾ける。
「映像はブレブレで、ピントはあってないけど……やっぱりこれ、レイニャちゃんと山寺日枝奈さん、だよね?」
呆れた様子で苦笑いを浮かべる瑠衣。
「あの戦いのあと、ふたりともどこかに行っちゃって行方不明になってたけど……こんなところに行っちゃってたんだね?」
「ええ。そうみたいね」
「ってか……私たちだって、必要な書類用意したり、手続きするのに何ヶ月もかかっちゃったのに。あの二人が、私たちよりもそういう事務作業を早くできるわけないし……多分、正規の方法でアフリカに行ったわけじゃないよね? まさか、自作のイカダとかで行ったってことなのかなあ……?」
感想を聞こうとマリーの方を見る瑠衣。そこで、彼女の顔が思ったよりも近くにあることにようやく気付いて、慌てて彼女から視線をそらす。
「って、っていうか! もともとは、ちっちゃい頃に船の事故で遭難したっていう『設定』だったレイニャちゃんが、イカダなんか乗れないですかね⁉ ま、まあ? 日枝奈さんが『淑女とメイドの戦い』のために考えた『設定』なんて、割と最初から、あってないようなものだった気もしますし⁉ 結構みんな途中から『設定』を飛び出して、自由なキャラでやってた気もしますし⁉ し、しかもそれに加えて……あの戦いの途中で『女神』になっていたマリー様が、どさくさに紛れて『設定』の一部を変更しちゃったせいで、その辺も一緒に変わっちゃったのかもしれませんけど……」
「ええ、そうね。あの『主催者』の子にはだいぶ面倒をかけられたけれど……でも、やっぱり最終的には感謝しなくてはね。だって、一時的にでも私を『全知全能の神』にしてくれおかげで……私は、私たちに与えられた『設定』を作り変えることが出来た。『戦いのためにつくられた淑女』という自分自身の存在を、変えてしまうことができたのだから…………と、いうか」
マリーはそこで、瑠衣の頭にもたれかかっていた自分の顔を動かし、移動して、瑠衣の隣の席に座る。
そして、少し不機嫌そうにつぶやいた。
「瑠衣……貴女、また戻ってるわよ?」
「え?」
「私、この前瑠衣に教えてあげたでしょう? 貴女はもう私のメイド……ではなく、私の唯一無二のパートナーなのだから。それにふさわしい言葉遣いがあるでしょう、って。だからちゃんと、その話し方で接してちょうだいよ」
「そ、それは、そうですけど……い、いや……そうなんだけど。で、でも、今までずっと敬語だったから、そう簡単に変えようと思っても、体に染みついちゃってて…………ん?」
そこで瑠衣は、その「出発ロビーの待合室」にあった、大きな時計を見る。そして、手元にある「航空券」にもその目を移して、
「あ、あれ? というか……もう、搭乗の時間過ぎてない? そういえばさっき、館内放送で『ファイナルコール』がどうとか言ってたような……」
焦り始める瑠衣。しかし、パートナーのマリーの表情には、相変わらず余裕な表情で、
「あら、そうなの? ここまで来ておいて乗り遅れなんて、嫌よ? スケジュール管理は貴女に任せてるのだから、しっかりしてちょうだいね?」
と言うだけだ。
「ちょっ⁉ そうやって私だけのせいにしないでよ! もとはといえば、スケジューリングからチケットの手配から全部私任せなのが、そもそもおかしいでしょ! だいたいさっきだって、もうあんまり時間ないって言ってあったのに、変なタイミングでトイレに行きたいとか言い出して……」
「トイレの件は、仕方ないでしょう? だって今まで淑女だった私には、まだそういう感覚には慣れてないのだから……」
「ああもう! 言い訳はいいから、さっさと行くよ!」
マリーの手をとって、自分たちの搭乗口へと向かう瑠衣。
「ぎゃー! また館内放送流れてる! しかも、普通に二人の名前名指しで呼び出されてるじゃん! これ、もういよいよ出発寸前でヤバいってことだよね⁉ 走るよ! チケットは持ってる⁉ パスポートもなくしてないよね⁉」
「チケットとパスポート……ね。確かさっき、どこかにしまったと思ったけれど……まあ、そんな小さいこと気にしなくてもいいわよ。この、誰よりも高貴で美しい私にかかれば、どうせそんなものなくったって……」
「いいわけないでしょっ! だってあんたはもう、トンデモ『設定』がある『淑女』とかじゃないんだから! 私と同じ、普通の人間になったんだからね!」
「はいはい、分かったわよ。でも、なにもそんなに怒鳴らなくてもいいじゃないの。貴女は私のパートナーなのだから、もっとそれにふさわしく、悠然と構えていてほしいと……」
「ああーもおう! 人間になってもマリーは相変わらず、傲慢なお嬢様なんだからー!」
そんなふうに口論を続けながら。
マリーと瑠衣――すでに、以前の淑女とメイドとは全く違う関係になっていた二人――は、「マリーの好きなものを探す」という、いつかの約束を果たすための第一歩として、フランス旅行へと旅立ったのだった。
※おまけ
――― (存在しない)次回予告 ―――
戦いを終えて、平穏な暮らしを手に入れたかにみえた私たちの前に……日枝奈さん以上の変態メイドと、その娘が作り出した新たなお嬢様たちが現れる。
新しい戦いの幕開けとともに、敵お嬢様の『淑女能力』によって私たち十四人が転送されてしまったのは……ちょっ! こ、これっていわゆる、異世界ってやつじゃないの⁉
異世界の各地で離れ離れにされた私たちは、無事に元の世界に戻ることが出来るのか? そして、この異世界に隠された衝撃の真実とは⁉
次回、「主従戦線レイディ × メイド2」第一戦……「アンドロイドお嬢様は電気執事の夢を見る? vs ポンコツお嬢様」に……レイディ、ステディ、ゴー!
「瑠衣……貴女、さっきから一人で何を言っているの?」
「い、いや、違うんだよ⁉ なんか分かんないけど、口が勝手に……」
「…………気持ち悪いわね」
「ちょっ⁉ そ、そんなこと言われても、仕方ないじゃん!」
「……」
「ちょ、ちょっとっ! 引かないでよ、マリー! ねえ、マリー! ……マリー様ってばーっ!」
「…………やれやれだわ」




