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「……はっ⁉」
目を覚ました山寺日枝奈は、自分の周囲を淑女とメイドたちが取り囲んでいることに気付いた。
「あ、あれ……? も、もしかして、私……負けちゃいましたぁ……?」
バツの悪そうな視線で、周囲を見回す。自分に向けられた視線のほとんどは、彼女を糾弾したり怒っているというよりは、哀れんでいるようなものだ。
その輪から少し離れたところには、屋外用のテーブルでティーセットを広げて優雅に紅茶を飲んでいるマリーの姿がある。もちろん、彼女の姿はすでに完全に元通りになっていて、日枝奈専用女神の黒マリーではなくなっている。
それは、『淑女とメイドの戦い』というこのイベントを仕組んだ『主催者』の日枝奈の、完全敗北を意味していた。
「あ、ああぁぁ……や、やっぱりぃ? わ、私の負け、なんですねぇぇ……。そ、それじゃあ、これから、み、み、みなさんは私に……アレやコレの、いやらしいお仕置きをぉ……」
なぜか、悔しがったり悲しんだりせずに、むしろ喜ばしいことのように。むしろ、これこそが自分の本当の目的だったのだ、と言わんばかりに……。
体を震わせ、口からヨダレをたらし、周囲の淑女とメイドたちに、物欲しそうな視線を送る日枝奈。そんな彼女のことを心底気持ち悪がって、周囲の少女たちは次第に距離を置いて離れていってしまう。
「あ、あれ……? み、みなさん……? お仕置きは……?」
そこで。
それまで興味なさそうにしていたマリーが、飲んでいた紅茶のカップをテーブルの上に置き、独り言でも言うように日枝菜に話しかけた。
「本当なら、もう貴女のことなんて放っておいてもよかったのだけどね。……まあ、貴女は一応は私たち淑女の創造主……いわば生みの親、ということになっているわけだし。それに、そんな貴女が残念すぎる『設定』を考えてくれたおかげで、私たちは『淑女とメイドの戦い』が終わったあとも、自由でいられるわけだし。だから、その感謝の意味を込めて……『最後の挨拶』をしてあげるわ」
マリーは、からかうような視線を日枝菜に向ける。
「ふ、ふえぇ?」
「貴女が主催した『淑女とメイドの戦い』はすでに完全に終わってしまった。だけど、貴女の願いは何も叶ってなくて、貴女だけを愛する女神なんてどこにもいない。むしろ、その女神になる候補として貴女が『設定』を考えて用意した、ただの未完成な駒に過ぎなかったはずの私たちは、今や貴女の『設定』を飛び出して自由を手に入れている。貴女が主催する『戦い』のためではなく、自分の意思でパートナーと主従関係を結び直して、貴女のことなんか相手にしないで、好き勝手に行動できるようになっている。どうして、こんなことになってしまったと思う? どうして、全知全能の女神となった私を味方につけたはずの貴女が、私たちに負けなければいけなかったと思う? 貴女の敗因は、何だと思う?」
キョトンとしている日枝奈。そんな彼女に、「うふふ」という笑顔を浮かべるマリー。その笑顔は、黒マリーだったときと同じようでもあるが……。しかし、いつもの彼女らしく偉そうで、体に染み付いた傲慢さがにじみ出るような、マリーの人柄がよく現れた微笑みだった。
彼女は言う。
「私は優しいから、教えてあげるわ。貴女の敗因はね……『淑女が完成すると女神になる』なんて思っていたこと。『全知全能の神は、淑女よりも優れている』、なんていう、愚かな勘違いをしてしまったことよ。私が……いいえ。私たち淑女が、たかが神ごときより劣っているわけが、ないでしょう? だって……『心の底から信頼できるパートナーと出会えた淑女』は、全知全能の神なんかよりもずっと尊くて、偉くて、強いのだから」
そこで、「ねえ、瑠衣?」と、自分のパートナーに話を振るマリー。
「……はいっ!」
瑠衣は迷いのない笑顔で、大きくうなづいた。
それを聞いていた、他の淑女たちも。
「ま、違ぇねーな」
「……うん……」
苦笑いを浮かべている、ユーリアとステラ。
「ふはははー! そのとおりじゃ! 妾は最強なのじゃー!」
「もおーう、ミコちゃんったらー」
得意げに胸を張るミコちゃんと、そんな彼女の口元についた何かの食べかすを、ハンカチでぬぐう陽守。
「愛の前では、すべては無力ですわ」
「はは。カチューシャには、敵わないな……」
うっとりと見つめあっている、カチューシャと涼珂。
「強く、優しく、美しく……それが本当の淑女だもん! ね、マンちゃん?」
「いっえーい、アゲー!」
チャオインと万千華も、何かの変身ポーズのようなものをとって応えた。
「ふふ……まあ、そういうことだから。これで、本当に終わりよ。もう、貴女に用はないわ」
自分の意見が認められたことに満足そうにうなづくマリー。もう、完全に日枝奈に興味をなくして、ティータイムのテーブルから立ち上がる。
そして、そばにいる瑠衣に「じゃ……行きましょうか?」と促した。
「はい!」
と、瑠衣もまたいい声で返事をして、彼女たちはその場を立ち去る。
その他の淑女とメイドペアも、次々と日枝奈を置いて思い思いの方向へと向かっていってしまった。
去り際に、セーラが首をかしげながら自分のパートナーの小鳩に、
「……珍しいわね。このまま放っておいていいの? アンタは、ここぞとばかりにもっとネチネチとアイツを痛めつけると思ってたけど?」
と尋ねる。
それに対して小鳩は、日枝奈のほうをチラっとみてから、すぐに興味なさそうに視線を外して答えた。
「えー? 私もさー、イジメる相手は、誰でもいいわけじゃないんだよねー? 『箱』に閉じ込められたときはムカついてたから、『仕返ししてやるー!』とか言っちゃったけどー……正直、日枝奈ちゃんってリアルに気持ち悪いから、なるべく関わりたくないんだよねー」
「そのセリフが、もう普通にイジメだけどね……」
呆れているセーラ。
小鳩は視線だけを動かしてそんなセーラの方を見て、「……つーかー」と言葉を付け足す。
「あの子よりも、瑠衣ちゃんよりも、もっともーっと面白いオモチャを手に入れちゃったからー、それどころじゃないのかもー」
「え……」
自分に向けられた、小悪魔のように可愛らしく、嗜虐的な小鳩の表情。セーラは思わず反射的に、顔を赤らめてしまう。
そんな彼女の様子に、小鳩は……。
「うっわ。こんなこと言われて喜ぶとか。セーラちゃん、マジ終わってんな……」
と、ドン引きの表情を向けるのだった。
「よ、よ、よ、喜んでないわよっ! へ、変なこと、言うんじゃないわよーっ!」
「あー、はいはい。セーラちゃんは変態お嬢様だもんねー? 仕方ないよねー?」
「違うわよ! 『悪役お嬢様』よっ! こ、小鳩! いつまでも変なこと言って、このワタシを侮辱してたら、許さないわよっ⁉」
「あれ、そういえば……もう、小鳩様って呼んでくれないんだ?」
「よ、呼ぶわけないでしょーがーっ!」
そんなふうに。二人は騒がしく言い合い――……あるいは、じゃれ合いのような――をしながら、その場を去っていった。
その場に取り残された日枝奈。
立ち去っていくカチューシャ涼珂ペアや、セーラ小鳩ペアを、羨ましそうに指をくわえて見ている。
「あ、ああ……みんな、行っちゃうんですねぇぇ……マリー様も、だれも、お仕置きしてくれないんですねぇぇ……」
「……ニャー」
そんな彼女のもとに、最後まで残っていたのは……元パートナーの、レイニャだ。
「レ、レイニャちゃんっ⁉」
「群れのメンバーの粗相は、リーダーの責任だニャ……。しかたねーから、ご主人様のレイニャが、手下のおめーをしつけ直してやるニャン!」
「へ、へ、へへへ……」
レイニャの言葉に元気を取り戻し……むしろ、以前よりもずっと元気になった日枝奈。
「げ、げへへ……じゃ、じゃあ、ご主人様と手下の証として、また、私と『契約』をぉぉ……」
そう言って、レイニャに自分のヨダレまみれの唇を近づけていく。だが、レイニャはそれを、猫パンチであっさりと拒絶する。
「甘えんじゃねーにゃ! おめーみてーなザコには、レイニャは『契約』なんかしねーニャ! やってほしかったら、レイニャよりも強くなってみろだニャ!」
「え……」
「おめーがもう二度と変なこと考えられねーように、これからレイニャの故郷のジャングルに連れて行って、心と体を鍛え直してやるニャ! 覚悟しろニャン!」
「……? ……? ……⁉ ……へ、へへ」
レイニャに言われたことをしばらく難しい顔で考えていた日枝奈は、やがて何かを理解したように、ぱぁっと顔を輝かせる。
「つ、つ、つまり……故郷に帰省して、育てのご両親にご挨拶、ですかぁぁ? し、しかも、二人きりでそのままアフリカ旅行でハネムーンとかぁぁー⁉ も、もぉーう、レイニャちゃんったら、だ、い、た、んんんーっ!」
「やっぱり、気持ちわりーニャー……」
ジャングル育ちで恐れ知らずのレイニャさえも、ドン引きさせてしまう日枝奈。変態の彼女は未だに全く反省も後悔も何もしていなそうで……そういう意味では、ラスボスにふさわしいのかもしれなかった。
「あ、あ、あああーっ! レイニャちゃんと二人で、これからアフリカ旅行! き、きっとキャンプでは寝食をともにして、洞窟とか草むらとかでくっついて眠ったりして…………さ、最高の、ハッピーエンドだよーっ!」
「……うるせーから、とりあえず、殴っとくニャ」
「はうぅっ! あ、ありがとうございまーすっ!」
「ゔっ、ニャ……」
とにかく。
この戦いは、確かに今、終わったのだった。




