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レイニャが日枝奈と戦っていた間、もちろん、黒マリーも大人しくしてくれていたわけではない。その間も、彼女は絶え間なく攻撃を続けていた。
だが、日枝奈を無力化する作戦を成功させるために、地上から塔の上を遠隔攻撃出来るセーラやカチューシャ、ミコちゃんが応戦して、黒マリーを日枝奈から引き離して邪魔をしていたのだ。
「うふふ……」
セーラのガラス攻撃や、カチューシャが『箱』に閉じ込めようとする攻撃から逃げ続ける黒マリー。すでに狭い塔の展望台の中からは離れて、レイニャもやっていたように、空中に静止している『箱』を足場にして周囲を飛び回っている。
しかも、彼女の場合は自分の能力で『箱』を作り出すことも出来るので、その動きはさらに小回りがきいて柔軟だ。まるで空を飛びながらダンスでも踊っているかのように優雅に、余裕のある様子で攻撃を避け続けていた。
「おっし、日枝奈っちのほうはオッケーっ! 次はー……」
「……お、お願い……瑠衣ちゃん……!」
作戦の第一段階をクリアしたことを確認した万千華とステラが同時に、後ろに控えていた少女に言う。それに応えた少女……瑠衣は、気合の入った声とともに黒マリーに向かって走り出した。
「うあぁぁぁぁあーっ!」
「あら? いよいよ、本命のマリー様を攻めさせていただくのですね?」
そう言ってカチューシャは、走る瑠衣の少し前の足元に、小さな『箱』を次々と作っていく。それらは、らせん階段のように段々のぼっていくので、その足場に足を乗せる瑠衣も自然と空中に浮上していく。
「……うふふ」
そんな瑠衣に対して、黒マリーが『悪役お嬢様』や『箱入りお嬢様』の能力で攻撃する。しかし、それはこれまでと同様にセーラとミコちゃんが相殺する。
「後方支援は任せるのじゃーっ!」
「さ、さっさと、マリーのとこに行っちゃいなさいよっ! ほんとなら、手っ取り早くワタシが自分でやっちゃいたいくらいだけど……これは、アンタにしか出来ないんだからねっ⁉」
「うんっ!」
黒マリーの攻撃に邪魔されることなく、どんどん空中の彼女のもとへと近づいていく瑠衣。その右手には、小さな指輪が握られていた。
それが、彼女たちがたてた作戦の根幹部分。マリーを取り戻すための、最も重要な要素だ。
今の黒マリーは、もう瑠衣のパートナーの淑女ではない。『淑女とメイドの戦い』を勝ち抜いた優勝者――最も優れた淑女――として、今は日枝奈専用の女神となってしまっている。
しかし同時に、実はその『契約』はまだ指輪の交換が行われていないので、未完成だ。そして、瑠衣が今持っている指輪には、淑女とメイドの関係を作り直す機能が残っている……。
つまり、瑠衣がまた黒マリーと指輪の交換をして完璧な『契約』を結べば、不完全な日枝奈の女神契約を塗り替えることが出来るということ。彼女たちはまたこれまでのような、淑女とメイドのパートナーとなれるということだ。
すでに優勝者が決定して終了している『淑女とメイドの戦い』のためなんかではなく。純粋な瑠衣とマリーの二人の関係……彼女たちがこれまで作ってきた不思議で特別な関係性に、戻れるということだ。
だから、セーラもカチューシャもミコちゃんも、それ以外の淑女もメイドも。
『契約』の指輪を持った瑠衣を黒マリーのもとに届かせることを、今の最終目的としていたのだった。
しかしもちろん、黒マリーはそれに抵抗する。
『主催者』の日枝奈が一足先に気絶してしまっていても、まだ、彼女が考えた『設定』は残っている。日枝奈だけの、日枝奈をえこひいきする、日枝奈にとっての最高の女神となってしまっている黒マリーは、日枝奈に都合のいい行動しか取ることが出来ない。だから、自分と日枝奈の関係を壊そうとしている瑠衣は、敵でしかないのだ。
「うふふ……」
次の瞬間、黒マリーの伸ばした手からカエル、蜘蛛、ゴキブリなどの群れが現れ、瑠衣に向かって飛びかかって行った。
しかし、そんなものは、もうとっくに瑠衣には通用しない。
「うあぁっ!」
瑠衣はそれらを、何の能力も加わっていない瑠衣本人の右手でなぎ払ってしまう。そして、全く勢いを緩めずに黒マリーへと向かい続けた。
彼女はもう、分かっていたのだ。
例え、どれだけ苦手なものに囲まれても。嫌いなものが待ち構えていたとしても。
そんなことはどうでもいいと思えるほど大事なものが、自分にはある。どんな恐ろしい目にあったとしても取り戻さなくてはいけないものが、この先で自分を待っている、ということが。
だから、何があっても怯んだり逃げ出したりするはずがなかったのだ。
そして空中に作られた『箱』の階段を上りきった瑠衣は、黒マリーの元まで到着した。
「マリー様……わ、私……あなたに、言わなくちゃいけないことがあります!」
「うふふ……」
ただただ微笑んでいる黒マリーと、それに対峙する瑠衣。
二人の足元には、大きくて平たい一つの『箱』があって、それがちょうど空中に浮かんだ床のようになっている。
瑠衣は、ゆっくりと黒マリーにじり寄る。そして、その距離が数メートルになった瞬間に……全力で彼女に向かって駆け出した。
「わ、私を、もう一度あなたの、マリー様のメイドに……!」
しかし……。
そこで、彼女たちの作戦では想定していなかったことが起きた。
「……ふふ。うふふふふふ」
不吉な微笑みの黒マリー。瑠衣が指輪をはめようとしていた、その彼女の右手が……ぼんやりとして見づらくなる。形を失って気体のように周囲に溶け出し、まるで『白い霧』のようになってしまったのだ。
「……ま、まさか……そんな……」
「お、おいっ! マジかよっ⁉」
ステラとユーリアが、同時に声を上げる。
彼女たちは、その『霧』の正体にすぐに気づいた。それが、自分たちの『清純お嬢様』と同じ能力によるものだったからだ。
少しでもその『霧』に触れれば、それだけで相手のことを『霧』化して無力化してしまうという……おそらく、すべての淑女能力の中で最強の能力だったから。
その能力はあくまでも、ステラを傷つけられたユーリアが、我を忘れて感情を暴走させたときに出現した、事故のようなものだったはずだ。ユーリアはマリーと瑠衣と戦った後から今まで一度も、その『霧』の能力を再現出来ずにいた。『契約』をやり直して『清純お嬢様』の能力を取り戻した今でも、その『霧』だけは使うことが出来ずにいた。だから、例えすべての淑女能力を手に入れた黒マリーでも、その『霧』を使うことなんて出来ないと思っていた。
だが、それは甘い考えだったようだ。
日枝菜の考えた『設定』によって「最強の女神」となった黒マリーには、不可能はない。
たとえそれが暴走した結果だったのだとしても。
あくまでも「女神候補の一人」に過ぎない淑女のユーリアに出来て、「完成形の女神」となった黒マリーに出来ないことなんて、存在しないのだ。
「ふふふ……」
これまでのように落ち着いて、微笑む黒マリー。しかし対照的に、その動きは素早い。近づいてくる瑠衣の顔めがけて、『霧』化している右手を伸ばしてきた。
「う、うわっ⁉」
それを避けるために、さすがに瑠衣も動きを止めずにはいられない。しかも突然の出来事に反応したので、体のバランスが崩れる。黒マリーはそのスキを見逃さず、さらなる追撃を繰り出す。瑠衣の足元の『箱』に右手で触れて、その部分のみをポッカリと切り取るように気体化してしまった。
「え、ちょっ⁉」
突然落とし穴が現れた形になって、足場をなくして地上に向かって落下していく瑠衣。カチューシャやセーラが淑女能力で慌てて何か物を出して、彼女の落下を止めたり、落下時のクッションにしようとする。しかし黒マリーはそれも見逃さず、『箱入りお嬢様』や『悪役お嬢様』の能力で彼女たちの邪魔をする。
「そ、そんな……」
自由落下して、どんどんマリーから離れていく瑠衣。
「せ、せっかく、ここまで、来たのに……」
もう少しで手の届きそうだったはずのマリーの姿が、遠ざかっていく。地上に向かって落ちていく彼女の状況を表すように、瑠衣の表情が、深い深い絶望に包まれていく。
「せっかく、みんなが私を、マリー様のところまで連れていってくれたのに……」
『箱』の中でたてた作戦は、ここまでずっとうまくいっていた。
しかしその最後で、マリーを取り戻すためのかなり重要な役割を与えられた自分が、失敗してしまった。そう考えた瑠衣の心が、絶望の霧の中に落ちてしまったかのようだった。




