17
学校校舎の前。
普段なら、野球やサッカーフィールドのラインが引かれた、どこにでもあるような普通の校庭が広がっているはずだが……今は、その光景が一変している。
校庭中央にはヨーロッパの大聖堂のようなゴシック風の巨大な石造りの建物が建ち、その中心から、空に向かって数十メートルはあるような塔がそびえている。その塔の頂点付近は展望台になっていて、側面の壁がない。丈夫そうな四本の太い柱だけで天井を支えているため遠くまで見通すことが出来る。
そこに、日枝奈と黒マリーがいた。
「ぐふっ、ぐふふ……わ、私としたことが、ウッカリしてました……。『契約』の指輪のことを、忘れてしまうなんて……」
日枝奈の手には、ゴテゴテとした華美な装飾の、趣味の悪いデザインの指輪がある。その指輪と、建物や展望台は、日枝奈が『わがままお嬢様』の能力で出したものだ。
さきほどカチューシャが指輪を『箱』から取り出して、瑠衣たちがそれを思い出したのと同様に。日枝奈も、忘れてしまっていた指輪のことを思い出した。そして、不十分になってしまっていた自分と黒マリーの『契約』を、もう一度やり直そうとしていたのだ。
もちろん、『契約』をするだけならどこでもすぐに出来たはずだが……。
「せっかくならムードがあるところじゃないと!」と、いうことで。
わざわざゴシック風の城を建て、さらに今の日枝奈の格好も、花嫁のような純白のドレス姿になっていた。悪の幹部のような黒マリーに、天使のような純白ドレスは良い対比になっていると言えそうだが。
そこは、変態の日枝奈の趣味なのか……よく見るとそのドレスは、随所がレースのスケスケになっていて、ほとんど下着が見えてしまっているような残念なものだった。
「さ、さあ……マリー様? もう一度、私と『契約』をしましょう……。さっきのにも負けないような……あ、あ、あ、あっちゅぅぅぅーいベーゼをぉ……」
相変わらず、「うふふ……」と微笑を浮かべているだけの黒マリー。そんな彼女の唇に、気持ちの悪い笑顔を浮かべた日枝菜の唇が近づいていく。
と、そこで。
「ちょっと待ったーっ!」
その塔の下から、そんな絶叫が聞こえてきた。
「ふぇ……?」
日枝奈は『契約』を中断し、展望台の淵から、声のした方を見下ろす。
そしてそこに、声を出した瑠衣を始めとした、『箱』に閉じめたはずの十二人がいることに気づき、驚きの表情を作った。
「ひ、ひぎぃっ⁉ ど、どうして、あなたたちが…………はっ⁉」
そこでようやく日枝奈は、さっきまで自分が指輪のことを忘れていたこと。そしてそれを突然思い出した理由を理解した。同時に、自分が忘れてしまっていた指輪の機能によって、彼女たちが淑女能力を取り戻してしまっている可能性も頭をよぎる。
「ま、まさか、あなたたち……⁉」
しかし、日枝奈がそれに対抗手段を講じる前に……。
「んじゃ、さっそく始めちゃう?」
「……は、はい……!」
万千華とステラが目配せをして、そんなことを言う。
実は、さっき『箱』から出てくる前に行った作戦会議で中心になっていたのは、十二人の中でも頭がよく回るその二人だったのだ。
そんな、司令官とでもいうべき彼女たちは、
「……そ、それでは、皆さん……!」「マリー様奪還作戦を……」
声を揃えて、作戦開始の号令を言った。
「「実行開始ですっ!…………あれ?」」
のは……少し失敗していたが。
何にせよ。
マリーを取り戻すための最終決戦が、そこで始まったのだった。
まず動いたのは、『天然お嬢様』のレイニャだ。
「あいつらをぶっ倒すのは、レイニャだニャン!」
彼女は高くそびえる塔の側面をまるでジャングルの大木のように、途中途中の小さな突起を掴みながら器用に登っていく。もちろんそれは、彼女の独断ではなく作戦の一部だ。
「ひぃぃいいー! マ、マリー様ぁ、お願いしますぅぅっ!」
みるみるうちに自分がいる展望台に近づいてくる元主の姿に、情けない声をあげる日枝奈。黒マリーが応えて、迎撃を開始する。
「うふふ……」
彼女は小さく手を動かし、登ってくるレイニャに向けて『悪役お嬢様』の淑女能力で、雨のようにガラスの破片を降らせた。
しかし、それには地上のカチューシャが対応する。
「まあ、危ないですわ」
ガラスの破片の周囲の空間に白い『箱』が現れ、ガラスを包み込んでしまう。『箱入りお嬢様』の淑女能力が、空中のガラスの破片を無効化してしまったのだ。
「ふ……」
黒マリーは間髪入れずに第二、第三のガラス、あるいはカエルやヘビ、さらには野菜やナイフなども出現させ、登ってくるレイニャを妨害しようとする。しかし、カチューシャは冷静に、作り出した『箱』の中にそれらを閉じ込めてしまう。
「さすが、僕のカチューシャだね」
「私の隣に、スズカがいてくれるおかげですわ」
次々に空中に出現した『箱』は、物理法則を無視して空中にとどまったままだ。レイニャは、ぴょんぴょんと河原の飛び石のようにその『箱』を足場として利用して、さらに日枝奈と黒マリーに迫っていく。
「ちょっ、ちょっとマリー様ぁーっ⁉」
焦る日枝奈。しかし黒マリーのほうは相変わらず落ち着いていて、「うふふ……」と微笑むままだ。そして今度はその黒マリーのほうが『箱』の能力を使い、迫りくるレイニャを閉じ込めようとした。
しかしそれには、
「やれやれ。いっちょまえに妾たちの邪魔なんぞしおって……そんなの、『嫌』じゃー!」
「そおーねー。あたしも、そう思うわー」
『わがままお嬢様』のミコちゃんとそのパートナーの陽守が対抗する。レイニャを包み込もうとしていた『箱』に黒い鳥居が飛んでいき、それをたくさんの駄菓子の固まりに変えてしまった。
「わーいじゃー! お菓子のシャワーじゃー!」
空中でバラけて地上に降りそそぐ無数の駄菓子を、口を大きく開けて待ち構えるミコちゃん。
「もおーう。お菓子を食べたら、ちゃんと歯を磨くのよー?」
そんな彼女に、どこか的はずれな注意をする陽守。彼女たちには、イマイチ緊張感はないようだった。




