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瑠衣は、『箱』の外で感じた違和感の話を続ける。
「さっき、日枝奈さんがマリー様に『契約』をしたとき……私、すごく驚いちゃった、っていうか……正直、結構ショックだったんだけど。でも、落ち着いて振り返ると……あれってなんか、おかしくなかった?」
「え?」
頭の上に疑問符を浮かべる一同。
「あ、ああ……そ、そうだよな……。やっぱ、おかしかったよな……」
その中で、瑠衣のその疑問に何か思い当たることがあったらしい『清純お嬢様』のユーリアが、モジモジと体をくねらせながら答えた。
「だ、だって、俺ら淑女とメイドの『契約』の……キ、キスっつーのは……も、もっと純粋で、清らかな行為で……。あ、あんな、欲望まみれの汚らわしいもんじゃねーもんな……。本当なら、お互いの愛を確かめるように……優しく、思いやりに満ちたキスじゃなきゃ、ダメなはずで……。だから、あいつがあのときやってたのは、おかしくて……」
「いや、そういうことじゃなくて」
「あ、あぁんっ⁉」
しかし、瑠衣にあっさりと否定され、恥ずかしさで顔を真っ赤にして黙ってしまった。
そんな彼女を無視して、瑠衣は続ける。
「あのときの『契約』って……何か、物足りないというか。手順が、足りてない、というか。……あれ? キスだけで良かったんだっけ? って……」
「あ」
その言葉に、ようやく他の十一人も気づいた。
その場にいた彼女たちは、誰もが最初にパートナーと『契約』を結んでいる。日枝奈が考えた『設定』に基づいて、淑女とメイドとして必要な『契約』行為を行ってきた経験がある。それは、個人差はあるかもしれないが、その場の誰にとっても衝撃的で、記憶に残る出来事だったはずだ。どんなことがあっても忘れることの出来ない経験だったはずだ。
だからその経験と、さっき日枝奈がマリーに行っていた行為を照らし合わせたとき、確かにそこに瑠衣の言うような「物足りなさ」……違和感があることは、疑いようがなかったのだ。
しかし、それが何なのかを明言することができる者は、いない。誰もが違和感を感じているのに、その部分の記憶がポッカリと抜け落ちてしまったように、その違和感の正体を思いつける者は一人もいなかった。
だから、こそ。
「つーか! そもそもあーしが、ホタルンと出会ったときのことを忘れるとか、絶対ありえんしー!」
「あはは、そうだね。僕だって本来なら、カチューシャと一緒に過ごした時間は一分一秒だって忘れるはずがない……と、いうことは」
彼女たちのうちの何人かは、すでにその理由について想像が出来ているようだった。
「……ということは……。……私たちは……何かを忘れている……というか、忘れ、させられているんじゃない、かな……? ……つ、つまり……」
「つまりまだ何かが、カチューシャちゃんの『箱』の中に入っている……?」
その瞬間、誰もがカチューシャの方に視線を向ける。
当のカチューシャは、そう言われても何も思い当たることがなかったらしく、「はて?」と首を傾げる。しかし、
「そう言えば……さっきカチューシャを抱きしめたときに気づいたんだけどさ……。そのドレスの懐、何か入ってないかい?」
と、パートナーの涼珂に言われ、そこでようやく何かを思い出したようだ。
「ああ、そうでした。そういえば私……昨日、この街をまるごと『箱』に閉じ込めた他にも、マリー様に言われて、他の何かを『箱』に入れておいたような気がいたしますわ」
カチューシャは懐から小さな『箱』を取り出す。それは、片手に収まる程度の小さな物で、動かすとカラカラと中で何かが動く音が聞こえてきた。
「すっかり忘れておりましたわ、うふふふ……」
「まったく。カチューシャは、しょうがないな……」
悪びれる様子もなく微笑んでいるカチューシャと、そんな彼女を愛おしそうに見つめる涼珂。彼女たちは、それからまたいつものように二人だけの世界に入ってしまって、なかなかその『箱』を開けようとしない。だから、
「ああもうっ! 何してんのよっ!」
と、しびれを切らしたセーラがその『箱』を強引に奪い取って、開けた。
すると、その中には……控えめな装飾がされた十四個の指輪が入っていた。
それは、彼女たちが淑女とメイドの『契約』を結んだときに、お互いにつけあった物。マリーが、今までの戦いで勝った相手から回収してきたものだ。
「こ、これは……」
『箱』が開かれた瞬間、誰もが、さっきまで失っていた記憶を取り戻した。
と同時に、さっき日枝奈とマリーの『契約』行為に感じた違和感の正体も、はっきりと分かった。
「そ、そうだわ……指輪よ! 淑女とメイドの『契約』には、キスの他に、指輪をつけ合う必要があったはずよ⁉ さ、さっきのアイツは、自分とマリーが結ぶ『契約』は、ワタシたちが結んだ『主従の契約』と同じだって言ってたわ! ってことは……アイツらの『契約』は、まだ完成していない! 指輪をつけ合っていないアイツらの『契約』は、まだ不十分ってことよっ!」
セーラが、まくし立てるように言う。
ステラはそれに頷いてから、更に補足する。
「……そう……。……マリーちゃんは、カチューシャちゃんの能力で事前に指輪を『箱』に入れていたんだね……。……だからそのせいで……日枝奈ちゃんは、『契約』に必要な手順を一つ忘れてしまっていた……。……マリーちゃんと、指輪をつけ合うのを、忘れてしまっていた……。……つまり、彼女たちの『契約』は、まだ不十分……。……でも多分、指輪を『箱』に入れたマリーちゃんの本当の狙いは、そこじゃない、よ……」
「え?」
「……ぷぷ」
ステラの言いたいことを理解したらしい万千華が、小さく笑う。
「それって、あれっしょ? ……『箱の中に入っている間、物の特性は変わらない』、っていうルールのことっしょ?」
「え? え?」
その意味が全く理解できないセーラが、間の抜けた表情で、キョロキョロと二人を交互に見回している。
そんな自分のパートナーをいつものようにバカにしながら、小鳩が続けた。
「つまりぃ……私たちをこんな目に合わせたあいつが、セーラちゃんたちから能力を奪ったときも、その指輪は『箱』の中に入ってたわけでしょ? だったら、あいつがどんなメチャクチャな後付け『設定』で好き勝手やったとしても……その指輪の特性は変わってない。その指輪が持ってた機能は、そのまま残ってるんじゃね? ってこと」
「指輪の、機能って……」
セーラは、『箱』の中から自分たちがつけていたものをつまみ上げ、それをまじまじと見つめる。それは、一番最初に自分がこの世界にやってきたときに小鳩につけて、『主従契約』を結んだときから何も変わっていないように見える。
「つ、つまり……?」
セーラを含む、未だにピンときていない数人に言い聞かせるように、万千華が「にしし」といたずらっ子のような笑みを浮かべながら言った。
「『淑女とメイドの戦いの設定』……『淑女が指輪を渡して契約すると、その相手を自分のメイドにすることができる』……そんで『メイドを従えた淑女は淑女能力が使える』……だっけ? つーまーりぃー……その指輪を使ってもう一度『契約』を結べば、あーしたちはまたオジョーサマとメイドの関係になって……淑女能力も使えるようになるんじゃね、ってこと!」
「あっ⁉」
そこでようやく、その場の十二人全員が状況を把握することになった。
今日、日枝奈を告発するつもりだったマリーは、その事前準備として、自分が戦って勝ってきた淑女とメイドの指輪を、カチューシャの『箱』に入れてもらっておいた。
もちろん彼女が日枝奈の目的や、今のこの状況を完全に予測していた、というわけではないだろう。
しかし、この戦いの『主催者』である日枝奈は、マリーたち淑女を含めた『設定』を作った、ある意味では創造神のような存在だ。そんな彼女と敵対する以上、どんなことが起こるかは分からない。自分たちが淑女能力を奪われて窮地に陥るということくらいは、起こってもおかしくない。そこでマリーは、「淑女とメイドの『契約』を結ぶことが出来る」という機能を持った指輪を『箱』にいれておいて、どんなことが起こってもその指輪の機能で逆転を狙えるようにしておいたのだ。
「す、すごい……。やっぱりマリー様は、すごいや……」
ずっと自分の主のことを信じ続けていた瑠衣だったが、改めて彼女への憧れの気持ちを思い出し、そうつぶやく。それと同時に、マリーがかつて何度も言っていたように、
ええ、そうなの。私って、本当にすごいのよ。
そんなことを言う姿が頭の中に浮かんできて、少し笑ってしまった。




