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「うふふ……」
現れた黒い肌のマリーが、また微笑む。
「ちょ、ちょっとマリーっ⁉ ア、アンタ、何なのよ、そのバカみたいな恥ずかしい格好はーっ⁉」
セーラが、変わり果てたマリーの格好を指を差して笑っている。
今のマリーは、もともと着ていた上品でゴージャスなドレス姿ではない。ビキニ風の露出度の高い服に、存在意義が限りなく薄い短いスカート。編みタイツを合わせた――ちょうど、少し前にセーラがミコちゃん戦で着せられていた悪の幹部のような――奇抜な格好をしていた。
「ギャー! マリー様が、黒ギャルになっちったーっ! でも、結構似合ってるー! かわいいー!」
黒マリーに、驚きと喜びの入り混じったような感想を言う万千華。彼女はスマホを取り出して、インナーカメラでそんなマリーを含めた自撮りを始める。
それらの反応は、まだ彼女たちが今の状況を正確に把握できていないということを意味しているのだろう。
そんななかで。
「そ、そんな……マリー、様……」
自分の主のあり得ない姿に、瑠衣は驚愕の表情を浮かべていた。彼女はすでにこの状況について、なんとなく理解出来てしまっていたのだ。論理や想像を超えた、もっと気持ちの深い部分で、わかってしまっていたのだ。今の彼女は、格好や見た目が変わっただけではない。むしろ大きく変わってしまったのは、その中身だ。
かつて自分の主だったマリーが、もうそこにいないのだ、と。
「私が主催したこの戦いに優勝して、マリー様はたった今、最強で最高の女神となりましたぁ……。あとは、皆さんが最初にお嬢様方にやったのと同じ『契約』を私たちがもう一度すれば、それで彼女は晴れて私と結ばれて……私だけの、パートナーになっちゃうのですぅぅー!」
そう言って日枝奈は、自分の顔をマリーの顔に近づける。
「ぐふ、ぐふふ……この『パートナー契約』の方法も、当然私が決めたんですけどぉ……完全に私の、趣味なんですけどぉ……えへ、えへへへ……」
「え……」
顔をこわばらせる瑠衣。手を伸ばしてそれを阻止しようとするが、とても間に合わない。
「さ、さ、さぁ……マリー様……この『契約』で……私だけのものなってくださぁーい!」
そして日枝奈は、マネキンのように何の抵抗もしない黒マリーの唇に……ヨダレまみれの自分の唇を押し付けた。
「あ、ああ……あああ……」
眼の前で、かつての自分の主が、別の少女と唇を重ねている姿を見せつけられ……瑠衣は、自分では想像もしていなかったくらいに大きなショックを受けてしまっていた。
「うげぇ……」
日枝奈の欲望に任せた行為があまりにも気持ち悪くて、吐き気を催すユーリア。
「ふ、ふんっ! いつも偉そうなアンタには、い、い、いい気味だわっ!」
強がって、何でもないようなセリフを吐くセーラ。だが、その体はガタガタと震えていて、瑠衣と同じようなショックがあるのを隠せていない。
「あらあら日枝奈ちゃんったら、若いわねー? ……でも高校生なら、そろそろちゃんと相手の子を思いやるような、優しいキスも出来るようにならなくちゃねー……うふふ」
陽守が、相変わらずのんきで平和的な感想を漏らす。
それから。
「ぶふうぅぅ……」
長い口づけのあと、ようやく日枝奈はマリーから離れる。そして、汚らしく舌を出して、自分の唇の周りを何度も舐め回しながら、言った。
「ああ、あはははは……こ、こ、これで、マリー様は……完全に私のパートナー……私だけの、最強で最高の、女神様ですぅぅ!」
と、そこで。
「ふざけんじゃねーニャ! 最強は、レイニャだニャ!」
レイニャが、日枝奈に向かって飛び出してくる。更には、
「バカを言うでないぞ! 最も偉い神様とは、妾のことじゃー! のう、陽守よ!」
「もおーう、ミコちゃんったらー」
それと同時に、ミコちゃんと陽守のペアも、淑女能力を使った何かの攻撃をしようとした。
しかし。
「のじゃ⁉」
「あ、あらー?」
『わがままお嬢様』の淑女能力は、なぜか発動しなかった。
しかも……、
「ニャ⁉」
レイニャがいた場所の上空に無数の『ガラスの欠片』が現れ、彼女に向かって降りそそいだ。持ち前の運動能力で素早く動き、そのガラスを避けるレイニャ。だが、そんなふうに逃げた先にも『ガラスの欠片』は出現し、彼女に向かっていく。
「ニャ、ニャニャニャ⁉」
それでも、レイニャは器用に体を回転させてなんとかそれらを避け続ける。しかし、『ガラス』による追撃はまだ終わらない。
「ちょっと、セーラちゃん⁉」
『ガラスの破片』にトラウマ級の恐怖心を持っている小鳩は、主のセーラがまた自分に断りもなく能力でそれを出したと思い、そのことを責めるために彼女の肩を乱暴に掴んで顔をこちらに向ける。
「ねぇ⁉ なんで『それ』、私に無断でやるのっ⁉ っていうか私、もう二度とやるなってこの前、セーラちゃん……に…………え?」
しかし、小鳩の叱責は最後まで続かなかった。自分の方を向いたセーラの顔が、小鳩が想像していたものと違っていたからだ。
「あ、あわわ……あわわわ……」
セーラの顔は青ざめていて、一人だけ極寒の地にいるかのように体全体を震わせている。そして……そんな彼女の体中を、テカテカと黒光りする大量のゴキブリが這い回っていたのだ。
「こ、これって……」
小鳩は異変に気づいて、周囲を見回す。
そして、もうすでに状況がほとんど終わってしまっているということに気付いた。
「あ、あぁ……ん……うぅ……ん」
「うえぇぇーんっ! 最悪なのじゃーっ!」
小鳩たちと戦ったときのように、太いヘビに絡まれて喘ぎ声を出している陽守。その隣では、無数の野菜に囲まれて泣きじゃくっているミコちゃんがいる。
「カチューシャ⁉ 返事をしてくれよっ、カチューシャ! このままだと僕は、キミを忘れてしまう! そんなの、耐えられないよ!」
パートナーの名前を必死に呼びかけながら、大きな白い『箱』のフタを開けている涼珂。しかし、その『箱』の中には少しだけ小さな別の『箱』があり、その『箱』の中にも更に別の『箱』……。マトリョーシカのように入れ子になった無数の『箱』の中には、涼珂の主のカチューシャが閉じ込められているらしい。
何よりも孤独を嫌っていて、涼珂に忘れられることを恐れているカチューシャにとっては、その状況は相当な苦痛だっだろう。
「お、おい⁉ ステラ、どこだ⁉ どこにいるんだっ⁉」
「……こ、ここだよ……! ……ユーリア、ちゃん……」
眼球を白くされ、視力を失って教室内を歩き回っているのは、ステラとユーリアだ。彼女たちは両手を伸ばして、離れ離れになってしまったお互いのことを探しているようだった。
「ニャ……ニャニャ、ニャ……」
無数のガラスに襲われていたレイニャも、逃げているうちに疲れてきてしまったらしく、息を切らして肩を大きく揺らしている。逃げ切れなかった数欠片のガラスは彼女の脚に刺さり、赤い血が流れていた。
「マリー様、なかなかエグいことするじゃん……。可愛くなったのは、見た目だけみたいだねー?」
「みんなにこんなことするなんて……絶対に、許さないっ!」
比較的弱点が少なくて無事だったらしい万千華とチャオインのペアは、お互いを守るように手を握って、黒い肌のマリーを睨みつけている。
「こ、これをマリー様が……? そ、そんな……どうして……?」
瑠衣が、信じられない、という表情でマリーに呼びかける。
それに対して、マリーは、
「うふふ……」
相変わらず、微笑み以外は何も語らないまま、おもむろに片手を天にかざす。それからその手を瑠衣に向かって振り下ろした。すると……瑠衣の目の前に、カエル、蜘蛛、ゴキブリの大群が現れた。
「うわっ、ぷっ⁉」
自分の嫌いなものの塊をぶつけられた瑠衣は、ふらついて足を滑らせ、その場に倒れてしまった。
その現象は明らかに、『悪役お嬢様』のセーラの淑女能力、『敵者生存』によるものだ。しかし、もともとのその能力の使い手であるはずのセーラは、今もまだ、自分の体を這い回るゴキブリに恐怖して震えていて、その能力を使うどころではない。
つまり、その状況が意味することとは……。
「あああーっ!」
叫び声とともに、カエルやゴキブリの塊を振り払う瑠衣。セーラたちとの最初の戦いのときにすでに、それらがただの作り物だと理解している彼女は、気合とマリーへの想いでその恐怖心に打ち勝ったのだ。
「マリー様っ!」
それから彼女は、変わり果てた姿のかつての自分の主に向かって、駆け出した。
しかし、そんな彼女の前に、右腕に紫のオーラをまとった日枝菜が立ちふさがる。
「む、無駄無駄無駄ぁぁ、ですよぉぉ!」
彼女は、そのオーラに包まれた右腕を振り下ろす。瑠衣は、かろうじて腕でガードのようなものをするが、オーラがこもった日枝奈のパンチはそんなガードを容易に突き崩す。
瑠衣はものすごい勢いで吹き飛ばされて、教室の壁に激突してしまった。
「ふ、ふふ……ふふふ……」
またマリーに抱きつき、気持ち悪い笑いを浮かべる日枝奈。
苦痛に歪む顔でゆっくりと起き上がる瑠衣や、それ以外の、『黒マリーの能力』で攻撃されている淑女やメイドたちを見回して、心底嬉しそうに言った。
「い、言ったでしょう? 私のご主人様になったマリー様は、究極で、最強の女神様なんだ、ってぇ。そ、そもそもお嬢様たちの淑女能力って、もともとは神様のものなんですぅぅっ! 究極で、最強で、全知全能な、たった一人の女神様の力なんですぅぅ! それを、『レイディ×メイドの戦い』のためにお嬢様たちに一時的に分配していただけ……。だ、だ、だから、戦いの優勝者として女神様になったマリー様は、みんなが使っていたすべての能力が使える! そ、そして、戦いが終わってその能力をマリー様に返してしまったみんなはもう淑女じゃなくて……ただの、何も入っていない『空っぽの未熟な器』……『お嬢様の絞りカス』……。だ、だから、不思議な能力なんてもう何も使えないんですよぉうー!」
「こ、こんな……こんなのって……」
そんな日枝奈とは対象的に、瑠衣は絶望の表情で立ち尽くしていた。
周囲の淑女たちが、自分の能力を失っていること。そして、その代わりにマリーが彼女たちの淑女能力をすべて操れるようになっていること。それはもちろん、大きな絶望を感じさせる光景だった。
しかし、それにもまして、彼女が一番絶望していたのは……日枝奈が、かつての自分のようにマリーの『極上の使用人』の能力で強化されているということだ。
それはすなわち、黒い肌のマリーのパートナーが、すでに自分ではなく日枝奈になっているということを意味している。マリーはもう、自分のパートナーではなくなってしまっているという、確固たる証拠だ。
そのことが、瑠衣にとって何よりも耐えられない絶望だったのだ。
日枝奈は、抱きついているマリーの頬にまたブチュウと強引にキスをしてから、その頬をイヤらしく舐め回す。そして、よだれまみれの口を彼女の耳に近づけて、言った。
「さ、さあ……私のマリー様……これで、全部おしまいにしましょう? 残念ながら女神様にはなれなかった出来損ないのお嬢様たちと、戦いが終わって、もうメイドでもなんでもなくなっちゃったただのクラスメイトちゃんたちのことなんて……さっさと忘れてしまって……あとは二人だけで、いちゃらぶしましょう?」
「うふふ……」
その日枝菜の気持ち悪い行動に、さっきのように感情のない笑みで答える黒マリー。また、右手を上げて振り下ろす。
すると今度は、日枝奈と黒マリーを除くその空き教室にいた十二人の淑女とメイドたちを全員閉じ込めるような、大きなサイズの『箱入りお嬢様』の『箱』が現れた。
「ちょ、ちょっと⁉」
小鳩が慌てて逃げ出そうとするが、とても間に合わない。
「だ、大丈夫だよ! カチューシャっちの『箱』には、必ず簡単な『脱出条件』があるはずだから……」
万千華が、そう言って取り乱す一同を落ち着かせようとするが……。
そこで、その『箱』に触れた日枝奈が、
「ぎゅふふ……さよなら、みなさん。もう、出てきちゃ『嫌』ですよぉ?」
とつぶやく。
「うふふ……」
すると、その『箱』の天井に書かれていた『脱出条件』が『わがままお嬢様』の能力で消えてしまい……最後には、完全に何も書かれていない――すなわち、自力で脱出する方法が存在しない――『箱』の蓋が、完全に閉じてしまった。
「そ、そんな……」
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「さ、さあぁ、こ、これで……本当に二人きり、ですねぇ?」
『箱』の外で、日枝奈が黒マリーの露出度の高いセクシーな服に手を伸ばし、その体にいやらしく指を這わせる。
「い、いよいよ……ここからが本当のえちえちで……18禁な……二人だけの世界……」
それでも、
「……うふふ」
黒い肌のマリーは、ただただ微笑むだけだった。




