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「ま、まあ要するに、お嬢様好きな日枝奈っちに、たまたま何か不思議な力が働いて、お嬢様を作れるようになった……ってことっすかねー? それが、『女神様が授けてくれたチートスキル』なのか、『未来人が残したオーパーツ』なのか、はたまた『宇宙から受信した電波』のせいなのかはわからないけど……。そういうフィクションの世界でしか起こんないはずのトンデモ現象が、実際に起こっちゃったっていう……」
万千華が、呆れ顔で言う。
「……こ、この世界には、科学では説明できないことも、まだまだたくさんあるらしいから……」
ステラも、どうにかフォローのようなものを入れる。
彼女たちは、さっきの日枝奈の説明になっていない説明は無視して、なんとか自分たちでこの状況への理由をこじつけようとしているようだ。
「もーう! なんだかモヤっとするわね!」
セーラの叫び声は、その場の全員を代弁しているようだった。
「……ま、何でもいいわ」
マリーなんて、日枝奈から納得できる説明を聞くことをとっくに諦めてしまったらしい。
「とにかくこれで、戦いの『主催者』ははっきりした。これ以上はもう、私たちの誰も貴女の妄想に従って戦い合いたいなんて思わないでしょうし。貴女の目的だった『淑女とメイドの戦い』を台無しに出来て、私も気が済んだわ。貴女が私たちをこの世界に生み出してくれたことには、まあ……感謝もしているけれど。これから先は淑女らしく、私たちは好きにさせてもらうから」
そう言って、全てに興味をなくしたかのように、背中を見せてその場を立ち去ろうとした。
しかし。
「ぎゅふっ。私の目的が、お嬢様を戦わせること? そんなわけ、ないじゃないですかぁぁーっ!」
「……」
日枝奈の言葉に、振り返るマリー。
その直後、彼女の美しく整った、いつものように落ち着いた『傲慢』な表情が……突然、歪んだ。
「……うっ⁉」
頭をおさえて、うずくまる。
「マ、マリー様っ⁉」
パートナーの瑠衣が駆け寄る。
「ど、どうしたんですか⁉ 急に……」
「ちょ、ちょっとマリーっ⁉」
クソザコ……いや、『悪役お嬢様』のセーラも一瞬遅れてマリーの元に走る。
そんな彼女の異変を、なぜか喜ばしいことのように見ている日枝奈は、言った。
「みんなが参加してくれたこの戦いは……目的じゃなくて、あくまでも『手段』ですぅ。私がほしかったのは、この戦いが終わったあとの、その向こう側にあるもの……。じゃ、じゃ、じゃあ……この戦いの先には、何が待っているんだと思いますぅぅぅ?」
「く……」
その問いには、今も頭痛に耐えるように眉間にシワを寄せているマリーが答える。
「そ、そういえば……こ、この戦いって、『最高のお嬢様を決める』っていうお題目だったんじゃない、かしら……? でも、そもそも私が最高なのは始めから決まりきっていたのだから、やっぱり、意味ないわね……」
痩せ我慢するように、強気な笑顔を作っている。
こんな、明らかに異常な状況なときまで傲慢さを貫くあたりは、さすが『傲慢お嬢様』ということだろう。
しかし……。
実はその『傲慢さ』さえも、創造主である日枝奈にとっては手のひらの上だったようだ。
「そ、それそれぇーっ! や、やっぱり、お嬢様はそうでなくっちゃですよねぇぇーっ⁉ そのくらい、『傲慢』がいいですよねぇぇー⁉」
また快楽に体を震わせる日枝奈。
「私、お嬢様が大好きって言いましたよねぇぇ? そんな私が、自分の好きなお嬢様たちが傷つけられるところなんて、ホントは見たくなかったんですぅ! お嬢様同士が傷つけ合う戦いなんて、ホントは主催したくなかったんですぅ! で、でもでもぉ……これは、仕方がなかったんですよぉ! 私にとっての『最高のお嬢様』を決めるためには、この戦いは、どうしても必要だったんですぅぅ……!」
急に、おかしなことを言い始めた日枝奈。
しかし、瑠衣を始めた周囲の淑女やメイドたちは、そんな彼女を気にしている余裕はなかった。
それよりも、苦痛に頭をおさえているマリーのほうが心配だったからだ。彼女の様子が、それどころではないほどに異様な状況になっていたからだ。
「くっ……うっ……あぁ……」
マリーの体の周囲に、紫色の影のようなオーラがつきまとい始める。そのオーラが付着すると、白い陶器のようなマリーの肌が徐々に薄黒く染まっていく。
「マ、マリー様……い、一体、これって……」
当然、マリー本人にも今の自分に何が起こっているかなんて、分かるはずがない。だが、瑠衣は思わず彼女に尋ねるような口調で話しかけてしまっていた。今までの経験を通して、瑠衣にとってのマリーは、それだけ頼りになる存在だったのだろう。瑠衣の中で、彼女の存在がそれくらいに大きくなっていたのだろう。そんな彼女に、マリーはまた強がりで『傲慢』な表情を向ける。
「る、瑠衣……情けない声を、出すんじゃないわ。貴女それでも……私のメイドなの……?」
「で、でも……」
しかし、だからこそ逆に……その様子が明らかに強気を装っているのだと分かってしまう。マリーが無理をしていることが分かってしまう。そのことが、瑠衣の心をさらに締め付けるのだった。
日枝奈が言う。
「さ、さっきも言ったように、私はお嬢様のことが大好きで大好きでぇぇ、重く重く愛していてぇぇ……お嬢様の妄想を現実にできちゃうくらいに日頃からずっと、お嬢様のことだけを考えていました。……そうしているうちに私、ある一つの真理に達してしまったんですぅぅぅ。へ、へへへ……お、お、お、お嬢様って何だと思いますぅぅぅ? お嬢様の定義って、何だと思いますぅぅぅ……?」
その目は血走っていて、ギラついていて、既にただの変態の域さえも超えていそうだ。
「貴族の令嬢? 私たち庶民には手の届かない高い権力を持った女の子? 確かに、それはその通りかもしれませんが……でも、本質じゃない。お嬢様キャラの真理……お嬢様キャラの定義とは……『不釣り合いなほどに大きな力を持った、未熟な器』……だと思うんですぅぅ!」
既にその場の誰も、そんな彼女の話なんて聞いていなかった。しかし、日枝奈は気にせずに続ける。
「精神的には私たちと何も変わらず……下手したら私たちよりも世間知らずで自分勝手で未熟なくらいなのに……生まれついた家系や親の七光りで、その未熟さにはとても釣り合わないほどの権力……力を手に入れてしまった存在……それが、お嬢様! その危ういアンバランスさに惹きつけられて、私たちは心を奪われちゃうんですよねぇぇー⁉ だから私はここにいるお嬢様たちも、そういう『設定』と『淑女能力』を与えたんですぅぅ! 未熟で未完成でありながら、持て余してしまうほどの圧倒的な力を持つ、お嬢様を妄想したんですぅぅぅー!」
「ちょ、ちょっと日枝奈っち⁉ 今はそんなことより、マリー様に何が起きてんのか知ってんなら……」
しびれを切らした万千華が、今も苦しんでいるマリーを助けようと口を挟むが、日枝奈はもう止まらない。今の彼女は、自分の好きなアニメの設定を早口で話しているオタクのようなものだ。一方的に、ただただ自分の言葉だけをまくしたてていた。
「じゃあ、お嬢様からその未熟さがなくなったら……ど、ど、ど、どうなると思いますぅー⁉ 不釣り合いに強力な力が、不釣り合いじゃなくなったらぁ? 未熟な器が完成された器になったら、そのときお嬢様は何になるんでしょうかぁぁ? ……私はそれ、神様だと思うんですぅぅー! 『自分の嫌いな物を箱に閉じ込めて忘れさせた』り、『好きな物に変え』てしまう……自分自身を変身させて『何にでもなれる』……そんなふうに、自分の思うがままに周囲の世界や自分を作り変えることのできる万能の力にふさわしい、完璧で最高に高貴な存在……そんなの、神様以外にいないですよねぇぇぇー⁉ 昔、『魔法少女が成長すると魔女になる』、なんてアニメがありましたけど……同じように、『お嬢様が完成すると神様になる』んですぅぅぅー!」
「ねえ、瑠衣……」
そんな日枝奈を無視して、マリーは、瑠衣に話しかける。
「私のメイドの……貴女に、これから……命令をするわ」
「マ、マリー様⁉ 苦しいなら、もう無理して喋らないほうが……!」
「これはきっと、貴女への最後の、命令……。だから必ず、言うことをききなさいね……? そ、それは……」
「マリー様っ!」
そこでマリーは、微笑んだ。それは、やはり無理をしているのが分かるようなとても痛々しい表情で……しかし、それと同時にとても自然で、心の底のからの気持ちがこもっていると分かるものだった。
それから彼女は、絞り出すような声で言った。
「お願い……逃げて……。私が……私じゃなくなる前に……」
「え」
次の瞬間。
マリーの全身が、黒ずんだ紫色の光に包まれた。
「きゃっ⁉」
闇のような光に視界を塞がれ、何も見えなくなった瑠衣。その光のエネルギーの強さに、思わず突風に吹き飛ばされるように後ろに追いやられる。同時に、すぐ近くにいるはずのマリーの存在が、急に薄くなって、消えてしまったように感じる。
そんな中で聞こえるのは……変わらず意味不明なこと言っている、日枝奈の言葉だけだった。
「私のお嬢様への熱い妄想が現実にしたのは……たくさんのお嬢様たちによる異能力バトル……なんかじゃありません! 私が望んだのは……私の愛をすべてつぎ込んだ、好きなもの『全部のせ』の、私だけの完璧なお嬢様! この、淑女とメイドの戦い……『主従大戦レイディ×メイド』は、たった一人のその完璧なお嬢様を決めるための舞台! つ、つまり……その戦いを勝ち抜いて、ついには私の正体にさえもたどり着いちゃうくらいに素晴らしい功績をあげたマリー様は、完璧なお嬢様として……最高の女神様として、完成したんですぅぅ……! つ、つまり……つまり……つまりぃぃ……!」
やがて、紫色の光が晴れていく。
尻もちをついてしまった瑠衣が目を開けると、さっきの場所には……。
「うふふ……」
日焼けしたように肌を真っ黒に染め、感情がこもっていない不気味な表情で微笑む、マリーがいた。
「わ、私だけの女神様……究極最強闇堕ち傲慢マリー様の、降臨ですぅぅぅっ!」




