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彼女たちがいた教室の外では、空を覆い尽くしていた灰色の雲が晴れていく。
いや。実際にはその教室はカチューシャの能力で囲っていた『箱』の中だったので、その灰色の雲も『箱』の天井の一面に過ぎない。つまり、今まで閉じられていたその『箱』が開いているということなのだ。
すなわちそれは、その『箱』の天井に書かれていた脱出条件――淑女とメイドたちを戦いに巻き込んだ主催者が判明しないと出られない――が、解決されたということ。『主催者』の正体が、完全に明らかになったということの証明だ。
それだけで、もはや補足は不要のようにも思えたが……自信に満ちた様子のマリーは、日枝奈を追い詰めるように言葉を付け足した。
「……私が最初に貴女を怪しいと思ったのは、私と瑠衣が、貴女たちと戦ったときよ。あのときも貴女は、口を滑らしていたわ」
「ふえ?」
彼女の言葉に、瑠衣が疑問の声を上げる。
「覚えているかしら? あのとき貴女は、自分の主の『命令』の能力のことを、こう説明したのよ。……『ライオン、ゾウ、ハイエナ、ジャガー、ゴリラを従わせる』、『アフリカ育ちの百獣の女王にふさわしい能力』だ、って」
「……?」
瑠衣もその場にいたので、当然その言葉は聞いていた。
だが、戦いの最中はそれどころではなく、その言葉に対して「怪しい」なんてことは思わなかった。だから今も、マリーが言っている言葉の意味はすぐにはピンとこない……しかし、
「…………あ、ジャガー⁉」
少し遅れて、ようやく気づいたらしい。テレビのクイズ番組を見ていて答えをひらめいたときのように、無意識のうちに声に出して叫んでいた。
マリーはそんな瑠衣に小さく頷いてから、説明を続ける。
「確かに、ライオン、ゾウ、ハイエナ、ゴリラはアフリカの動物よ? だから、アフリカで育ったという『設定』の貴女の主が、それらの動物を能力で操ることが出来るのは、何も不思議じゃない。でもね……ジャガーだけは違うの。ジャガーという名前が、アメリカ先住民の『一突きで殺す者』という言葉が語源となっていることからも分かるように、ジャガーは南米の動物。アフリカにはいないはずなのよ。……おおかた、よく似た模様のヒョウかチーターと勘違いしていたのでしょうね」
「へー、そうなのねー? 知らなかったわー」
陽守がのほほんとつぶやく。
「で、でも……」
それを聞いてもまだ、マリーの言いたいことがよく分からないセーラが尋ねる。
「そ、そんなの、コイツがうっかり者のおバカさんで、勘違いしちゃってたってだけでしょ? どうしてそれで、コイツが怪しいってことになんのよ……?」
「ええ、そうね。これが、ただの彼女だけの勘違いで済んでいたのなら、何も問題はなかったわ」
マリーは日枝奈の方を向いたまま、そんなセーラの疑問に答えた。
「でも、実際にはその『勘違い』は、彼女だけの勘違いじゃなかったの。実は私、彼女たちとの戦いのあと、カチューシャにお願いして彼女たちを動物園に連れて行って調べてもらったのよ。すると……彼女の主は実際に、自分の淑女能力でジャガーを操ることが出来たらしいわ。それってつまり、ジャガーのことは彼女だけが勘違いしていたわけではなく、そもそもの『天然お嬢様』の『設定』として間違っていたということ。私たちの『設定』を考えた『主催者』も彼女と同じように、『ジャガーがアフリカの動物』という勘違いをしていて、アフリカ育ちの淑女がジャガーを操れることを不自然だと思っていなかったということでしょう? その事実によって、私は彼女が『主催者』じゃないかと思った……というわけよ」
「あははー。なっるへそー」
万千華が楽しそうに、両手の人差し指でマリーを指差して笑う。
ステラも、その意見に賛同するように何度も頷きながらつぶやく。
「……ジャガーのことをちゃんと知っている人なら……そもそも間違わない……。……逆に、アフリカの動物に詳しくない人なら……きっと、本とかネットでちゃんと調べるはずだから、やっぱりそんな状況にはならない……。……だから、その勘違いをそのまま『設定』にしてしまった『主催者』と……勘違いをしたまま、同じことを口にしてしまった山寺さんは……同じ性格、同じ記憶の……同一人物の可能性が、高い……」
納得できたらしいセーラが「な、なるほどね……」とつぶやいたところで、マリーはさっきからずっと黙ってしまっていた日枝奈に対して尋ねた。
「さあ、何か反論があるかしら? ここまでの私、何か間違っているところがあるかしら?」
「……」
いつの間にか自分以外の十三人に取り囲まれ、厳しい視線を向けられている山寺日枝奈。深くうつむいていて、その表情は読み取れない。何を考えているのかも分からない。
「そもそも……貴女って一体、何者なのかしら? 私たち淑女という『設定』を作ってこんな戦いを仕組むなんて、普通の人間じゃ出来ないでしょう? 一体これ、どういう現象なの?」
「そ、そうよ、そうよっ! ちゃんと説明してもらわないと、こんなの納得できないわよっ⁉」
マリーの言葉に、セーラも続く。
その他の淑女やそのメイドたちも、概ね同じような疑問を持っているようだ。日枝奈が、マリーの問いに答えるのを無言で待っている。
……いや。
唯一小鳩だけは、
「とりあえず土下座だな、土下座。話はそれからでしょ?」
と、イジメっ子らしく嗜虐的な笑顔でそんな言葉をつぶやいていたが……。
「……き、きひっ」
そこで、ずっと無言だった彼女が何かを言った。しかしそれは、マリーの告発に対する説明や、反論ではない。
これまでの変態な彼女となにも関わらない、気持ちの悪い笑い声だった。
「きひひひ……え、えへ……えへへへ……」
「ひぃっ」
これまであまり関わりがなく耐性がないチャオインが、小さく悲鳴をあげる。メイドの万千華が、彼女をかばうように一歩前にでる。
「ぐふっ、ぐふふふふ……で、でへへへ……」
「わ、気色悪ぅ」
小鳩が、眉根を寄せてつぶやく。それ以外の周囲も、同じ感想を持ってドン引きするような表情になる。
しかし、そんなことは気にせずに笑い続ける日枝奈。その口元からは、泡立ったヨダレのようなものまでこぼれ始めている。
それから、ひとしきりそんな気持ち悪く笑ったあとに、彼女はようやく言葉らしい言葉を発した。
「あ、愛ですぅ……」
「……え?」
「どうやって私が、お嬢様たちの『設定』を作ったか……。この、『お嬢様とメイドの戦い』は何なのか……そ、そんなの、愛ですぅぅぅ! 愛に、決まってますですぅぅ!」
体を震わせ、恍惚の表情を浮かべる日枝奈。
「わ、私……実はお嬢様キャラが、大好きなんですぅっ! 庶民の私たちには絶対に手の届かないような高貴な立場……世間離れした精神性……そんな、特別な存在のお嬢様の全てが……大好きなんですぅぅーっ! 『傲慢お嬢様』も『クソザコお嬢様』も、『箱入りお嬢様』も『天然』も『お転婆』も『清純』も『わがまま』も……みんなみーんな、大好きで大好きで、たまらないんですぅぅーっ!」
「あれ? 『悪役お嬢様』が抜けてない?」と、空気を読まずにツッコむセーラの言葉は、無視される。
「そんな私のお嬢様への熱い想いが! むしろ、重い圧が! 滾って、抑えきれなくなって爆発して……き、気づいたら私、普通の人間を超えちゃってたみたいなんですぅぅーっ! 想いの力が強すぎて……本当はいないはずのお嬢様キャラへの気持ちが強すぎて……こんなステキなお嬢様方がいないはずがない……絶対いる……むしろ、いないなら作ってやるぅぅぅっ! って感じで! 気づいたら、自分の理想のお嬢様を、現実に作り出すことができるようになってたんですぅぅぅーっ!」
「……」
日枝奈の「告白」に、呆れた表情を作る一同。
それは、あまりにも荒唐無稽で、馬鹿げていて、非現実的な「告白」だった。だから、誰もがそんなことを信じることが出来ずにいた。それは、当然のことだった。
「……はあーあ」
そんな日枝奈以外の全員の気持ちを代弁するように、大きなため息をついた小鳩が厳しい表情で言った。
「んなわけねーだろ。適当なこと言ってんじゃねーよ」
しかし、
「え、えぇぇ? な、なんでですかぁぁーっ?」
日枝奈は止まらない。
「これ、本当ですよぉぉー? 私は本当に、愛の力でお嬢様たちを作ったんですよぉぉーっ? だ、だって、みんなよく言うじゃないですかぁ? 『人間が想像できることは必ず人間が実現できる』……『信じ続ければ願いは叶う』……『元気があれば何でもできる』……って! だ、だから私、強く強く想像し続けて、信じ続けて、妄想で元気になり過ぎて……最後には、願いを叶えちゃったんですよぉぉーん!」




