09
「ほ、『本来ならば、絶対にありえないような言動』って! ア、アンタ、な、何をいきなり、おかしなことを……」
セーラがまた何か文句をつけようとするが、マリーがチラリと視線を向けると、その言葉を飲み込んで黙ってしまった。下手なことを言ったら、それを理由にマリーがこれから告発しようとしている、この戦いの『主催者』にでもされてしまうのではないかと思ったのだ。それくらい今のマリーには、表面上に浮かべている余裕ぶった微笑みの下に秘めた、強い覚悟を感じさせたのだった。
それから彼女は、そんな妖しい表情を作ったまま、
「私たちが図書室で最初にカチューシャの死体を発見したとき。それに対して、貴女たちは様々な反応をとっていたわ。その中でも特に……貴女」
ある一人の少女に話しかけた。
「……え……」
「あぁんっ⁉」
話しかけられた彼女……幸島ステラは、飛び上がりそうなほど驚いてしまう。それと同時に、隣にいた『清純お嬢様』のユーリアが鋭くマリーを睨みつける。
「貴女は……他の人たちとはひときわ異なる行動をとっていたわね? 誰もが図書室の入口で立ち尽くしていたときに、突然一人で部屋の中に飛び込んでいった。あれは、どうしてかしら?」
「な、何だてめーっ⁉ ステラのこと疑ってんのかっ⁉ っざけんじゃねーぞ、ぶっ殺されてーのかよっ!」
ただの質問をしただけのマリーに、「彼女をバカにされた田舎のヤンキー」のような怒りMAXの態度のユーリアが、掴みかかろうとする。だが、当のステラがそれをおさえて、恐る恐るという感じで答えた。
「……だ、だって……もしもカチューシャちゃんがまだ胸を刺されてから間もないのなら、心肺蘇生で助かるかも、って思ったから……。……彼女の周囲の血は固まってなかったし……まだ間に合うかもって……。……で、でも、今思うと確かに、ちょっと慌て過ぎてて、変な行動だったかな……。……も、もう少し、落ち着いて行動すれば、よかったのかもしれないけど……」
「そ、そうだぜっ! ステラは、死んだふりしてたそこのヤツを、助けようとしてたんだぜっ! そんな優しいステラに、バカな疑いかけるなんて、俺がゆるさねーぞっ!」
ステラのことを第一に思っているユーリアは、マリーがステラを『主催者』だと疑っていると思って、全力でかばおうとする。しかし、それは実は彼女の早とちりだった。
「おいっ! 聞いてんのか、てめーっ⁉ 死体にすぐ駆け寄ったからって、それでステラのことを疑うとか……そんなふざけたこと、言っていいと思ってんのかよっ!」
「いいえ」
熱くなっているユーリアに、マリーは静かに首を振る。そして、ステラに優しく微笑んだ。
「あのときの貴女の行動は、とても素晴らしかったと思うわ。あんな予想外の異常事態にもかかわらず、真っ先にカチューシャの命を救うことを考えて、自分が出来ることに全力を尽くしたのね? それは、誰にでもできることじゃない。貴女がいつも他者に対して深い思いやりを持っていて、それを行動に移すだけの度胸もあるという、確かな証拠よ。自信を持っていいと思うわ」
「あ……あぁんっ?」
自分のパートナーにいわれのない疑いをかけられていたと思ったら、急に褒められたので、どんなリアクションをとればいいか分からなくなってしまうユーリア。ステラも、キョトンとした表情で「……あ、ありがとう……?」とだけつぶやく。
「それから、」
そこでマリーは、また別の少女の方に顔を向けた。
「さっきの彼女がカチューシャに駆け寄って、カチューシャが『もう手遅れだ』と分かったとき……確か貴女は、それを『当たり前』だって言ったわね? それは、どうして?」
「へ? え、えぇぇぇぇ⁉」
次に話しかけられた彼女も、突然話を振られて、ステラのようにすごく驚いて体を震わせてしまった。……いや、
「そ、そんなぁ……私のこと、怪しんでるんですぁぁ……? あんな恐ろしいことをした犯人だと思って、睨みつけてるんですかぁぁ……。ああぁぁんん……も、もっと……もっと厳しい顔で見てくださいぃぃ……。ゴミクズを見るような冷たい視線で……ツバなんか吐いちゃったりしてぇ……」
変態の彼女は、話を振られたことを利用して、勝手に自分の欲求を満たそうとしているだけのようだ。しかし、結局いつまで待っても、マリーがこっちに向けているのが「ゴミクズを見るような冷たい視線」にはならなそうだったので、渋々という感じでマリーの質問に答えた。
「そ、それはだって……あのときのカシューシャちゃんは心臓にナイフが刺さったままで……床には、血もすごい流れてて……。あ、あんな状態で、まだ生きてる、なんて……と、とても思えなかったんですもぉん!」
「ええ、そうね」
彼女の言葉に、マリーは頷く。
「確かにそれも、当然の考えだと思うわ。そもそも、あの状況は誰にとっても予想外のことで、ああいう状況を見慣れている人なんかいないはずだもの。だから、胸にナイフが刺さったカチューシャを見て、『もう彼女は手遅れだ』と思うのも、『まだ助かるかもしれない』と思うのも、どちらも普通のリアクションなのよね。それを理由に誰かを疑うことは出来ないわ」
「そ、そうなんですねぇぇ……」
自分を疑ってもらえないことを何故か残念そうに、彼女がつぶやく。
「でもね」
しかしそこで、マリーの顔から微笑みが消えた。そして、彼女のお望み通りの、厳しい表情になった。
「貴女があのとき言った……そして、ついさっきもうっかり口走ってしまったある言葉だけは、全然普通じゃないわ。本来ならば絶対にありえない……違和感しかない言葉だったわ」
「……え?」
マリーの顔は、さっきと変わらない方向を向いている。つまり、マリーはさっきと同じ人物に対して、その言葉を言っていた。
「私とカチューシャが仕掛けた『偽りの殺人事件』は、貴女にとっては、あまりにも意外な出来事だったでしょう? だって、自分が『設定』を考えて命を吹き込んだ淑女たちのうちの一人……いわば、自分の子供のような存在のカチューシャが、殺されていたんだものね? そのことで貴女がすごく驚いてしまって、うっかり口を滑らせてしまったとしても、それは無理もないことだわ。……それこそが、私たちの狙いだったのだから」
「あ、あのぉー? マ、マリーちゃん?」
「カチューシャの死を目撃した貴女が驚いて、慌てて、平常心を失ってくれたお陰で、貴女は私たちの仕掛けた罠にかかってくれた。そして、もはや言い逃れのできなような証拠を残してくれたのよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉーっ! そ、そんな…………え?」
彼女は、追求するマリーの言葉に反論しようとして声を上げる。しかしそこで、自分の周囲から他の淑女とメイドが離れていることに気づいて、一旦言葉を止めてしまった。それまで教室内にバラバラに散らばっていた一同は、いつの間にか彼女一人と、それ以外の十三人に分かれていたのだ。
「し、ししし証拠? く、口を滑らせた? な、何を言っているんですかぁっ⁉」
しかし彼女はまた、反論を続ける。
「さ、さっきマリーちゃん自身が言ってたじゃないですかぁ⁉ あのときのカチューシャちゃんが『死んでる』と思うのも、『まだ生きてる』と思うのも、どっちもありえることだって! だ、だ、だだだだから、私が、心臓にナイフのささったカチューシャちゃんを死体だと思ったことだって、そ、そんなの当然のことで……!」
「ほら、また言っちゃったわね?」
「え?」
彼女はまた、言葉を止める。
眼の前のマリーの冷めた表情……だけでなく。その他の少女たちの、自分に対して向けられた厳しい視線に気づいて、もはや反論できなくなってしまったのだ。
マリーが指摘した彼女の言葉は、それくらい、他の者たちにとっても違和感を感じるものだったのだから。
マリーは、彼女に言う。
「確かに、あのときのカチューシャは心臓にナイフを刺されていて、床には流れ出した血がたくさんあって、貴女が『もう彼女が死んでいる』と思ったのは、当然のことだわ。でも……どうして貴女に、あのナイフがカチューシャの心臓に刺さっているって分かったのかしら?」
「えぇ、だ、だってそれは見ればすぐに…………あ」
「……ナイフが刺さっていたのは、カチューシャの右胸だったのに?」
「……」
硬直する彼女に、マリーは続ける。
「カルタゲナー症候群……それが、生まれつき体が弱かった『箱入りお嬢様』のカチューシャに、この戦いの『主催者』が与えた『設定』の名前よ。それは、瑠衣たちが暮らすこの現実の世界にも存在する、実在の先天的な疾患。そして……この症候群を持つ多くの者には、内臓逆位の症状が見られるらしいわ。当然それは、カチューシャにも当てはまっていた。つまりカチューシャの内臓は、普通の人間と比べて左右逆になっていたの。彼女の心臓は体の左側ではなく、右側にあったの。でも、それを貴女が知っているのはおかしいのよ!」
彼女を告発するマリーに、カチューシャ本人も続く。
「はい。私の心臓は、確かに体の右側にあります。でも、私がそれをお伝えしたのは、私が味方になると約束したマリー様だけ。ですから、そのことはマリー様以外は知らないはずなのです」
「ふふ……。まあ、何度もカチューシャと抱き合ったことのある僕は、実は気づいてたんだけどね」
と、そこで自慢げにつぶやく涼珂。「まあ……スズカったら」と、顔を赤らめるカチューシャ。スキあればすぐに二人の世界に行ってしまう彼女たちのことは、もう誰も気にしない。
そしてついにマリーは、彼女に対して最後のトドメをさす言葉を言った。
「ここまでの間に、右胸にナイフが刺さったカチューシャを見て『心臓』という言葉を言ったのは、貴女だけよ。それはそうでしょうね。だってみんな、カチューシャが右心臓だなんて知らなかったんだから。つまり……この中でただ一人、誰にも教えてもらってないのにカチューシャが右心臓という『設定』を知っていた貴女こそが、私たち淑女の『設定』を考えて、私たちをこんな戦いに巻き込んだ張本人……。山寺日枝奈、貴女が『この戦いの主催者』なのよっ!」




