07
「は……はぁぁぁぁーっ⁉」
間抜けな顔で、間抜けな叫び声をあげるセーラ。
いや、セーラだけではない。
マリー以外のその場の誰もが――相変わらずぐっすり眠っていたミコちゃんは除く――思いもよらない人物の登場に、驚きを隠せずにいた。
「皆様、さきほどまで何のお話をされていたのですか? よろしければ、私も混ぜてくださいませ?」
のんきな調子で、カチューシャがそんなことを言う。
「な、何の話って……いやいやいや! カチューシャちゃんのことだよっ! 決まってるでしょっ⁉ って、っていうか、あなたはさっき図書室で、胸にナイフを……! 血、血も……あんなにたくさん出てたのに……!」
あまりにも慌てすぎて、言葉が出てこない瑠衣。そんな彼女に、カチューシャは相変わらず落ち着いている。
「はい。実は……まだ少し血が足りないような気分がして、クラクラいたします」
「大丈夫かい? ただでさえカチューシャは体が弱いんだから。やっぱり、もう少し休んでいたほうがいいんじゃないか?」
「いえいえ。マリー様が、これから皆様と楽しい『お祭り』をされると伺っておりますので……。多少無理をしてでも、参加させていただきたいと思っております」
「……無理はよくないよ。カチューシャの辛そうなところなんて、僕は見たくない」
「ああ、スズカ……貴方はいつも私に優しいのだから……」
「そんなの当然だよ、僕のカチューシャ……」
突然現れたかと思えば、今度はそんなふうに見つめ合って、二人だけの世界に入ってしまうカチューシャと涼珂。彼女たちに任せていたら、いつまで経っても話が進まなそうだ。
いや、それどころか……、
「うふふ……。それではお言葉に甘えて、少し保健室で休ませてもらいましょうか」
「そうだね。じゃあ僕は……カチューシャが元気になるまで、横で添い寝していてもいいかな?」
「あら? ……添い寝、だけですか?」
「ふ……相変わらず、いけないお嬢様だ」
「うふふふ……」
そんなことを言って、何も説明せずに、二人で腕を組んで部屋を出ていこうとしてしまった。
「まったく……」
そんな彼女たちには、さすがのマリーでさえも呆れた表情になってしまうのだった。
「お、おーいっ! 何勝手に出ていこうとしてんだよっ! つ、つーか……おめーはさっき死んでただろっ⁉ 何で生き返ってるんだよっ⁉」
「……さ、さっき、あなたの心臓は、確実に止まっていました……。……っていうか、体もすごく冷たくて、固くなっていたのに……」
「……はい?」
ユーリアとステラのもっともな呼びかけで、立ち止まって振り返るカチューシャ。それから彼女はようやく、今の自分の状況についての解説のようなものをしてくれた。
「ええ。先程までの私は、マリー様によって胸にナイフを刺され、体中の血が外に流れ出してしまって、心臓は完全に停止しておりました。もしかしたら私たち淑女は、人間の皆様とは少し体のつくりが違うのかもしれませんが……それでも先程の私のような状態は、本来であれば間違いなく死に至っていたと思います。……でも、私は死んではいなかったのです」
「な、何よそれっ⁉ 死んでるはずなのに、死なないって……意味分かんないわよ!」
「だって……私の『箱』の中では、ものの物理的特性は変化しない、のでございますから……」
「……ふんっ」
「あ、そゆことー?」
「……あ……なる、ほど……」
その言葉だけで状況を理解出来たのは、小鳩と万千華、それにステラくらいだ。それ以外のメイドと、マリーを除いた淑女たちは、全くピンときていないようだった。
「皆様、外をご覧くださいませ?」
カチューシャのその言葉で、一同は教室の窓から外の景色に目を向ける。そこにあるのは太陽のない灰色の空と、その灰色が転写されたような、コントラストの弱い風景だ。特に、おかしなところがあるようには思えない。
「あちらの……遠くに浮かぶ『文字』が、ご覧になれますでしょうか?」
そんなことを言ってカチューシャが、遠くに見える山の方に手のひらを向ける。その方向を見たセーラは思わず「あ」と、また間抜けな声を上げてしまった。
彼女は、そのカチューシャが差す空の上に、見つけたのだ。かつて、パートナーの小鳩と一緒にカチューシャの『箱』に閉じ込められてしまったときに見たのと同じものを。最終的に涼珂に助けてもらって『箱』から出たときに、その『箱』の天井に書かれていた、脱出条件の文字。それと同じような文字が、今、灰色の空に書かれていたのだ。
”淑女とメイドたちを戦いに巻き込んだ主催者が判明しないと出られない箱”
「あ、あれは、曇り空じゃなくて、『箱』の天井……? つ、つ、つまり……い、今、ワタシたちがいるここは……」
「はい。ここは今、私の『箱』の中、ということでございます」
ニッコリと微笑み、カチューシャはそう言った。
「昨夜、私をこの学校の図書室まで呼び出されたマリー様は、私の胸にナイフを突き刺しました。……ただし、その前に私に、『箱』の能力でこの地域一帯を閉じ込めるように、とおっしゃったのです。私は以前から、淑女同士でこのような不毛な戦いを行うことを嫌だと思っておりましたので、その戦いの舞台となっているこの街全体に対して自分の能力を使うことは、充分に可能でした。そして、『箱』の中にいる限り、その中のものの物理的特性は変化しませんので……ナイフが刺さっても、心臓が止まっても、私の体が腐ったりはしませんし、流れ出した血が固まって使い物にならなくなるということもございません。『箱』に入ったときに生きていた私が、『箱』の中で死ぬということはないのです。ですから、先程図書室で皆様に私の姿を見ていただき、鉄板を入れた胸に触れて体が硬直しているのを確認していただいたあと……。その場に残ったスズカに流れ出した血を輸血してもらって、無事に復活出来た、ということなのでございます」
隣の涼珂に微笑み、「ありがとうね、スズカ」と微笑むカチューシャ。涼珂もそれに応えて、「キミのいない世界なんて、僕には耐えられないよ」とつぶやく。
そしてまた見つめ合い、体を寄せ合って、二人だけの世界に行ってしまうのだった。




