06
「ふふふ……」
瑠衣の告発にも、マリーに動じた様子はなかった。いつもどおりの何を考えているのか分からない妖しい表情のまま、瑠衣に微笑みかける。
「あら? どうして、そう思うのかしら?」
「……っ」
吸い込まれるような不思議な魅力を持ったその微笑みに、瑠衣は言おうとしていた言葉を一旦飲み込んでしまう。「犯人だ」と告発をされたマリーより、それをしようとしてた瑠衣のほうが、押されているようにさえ見える。
一度はその空き教室を出ていこうとした淑女とそのメイドたちは、徐々にまた部屋の中へと戻ってくる。しかし、無言で見つめあっているマリーと瑠衣の間に割って入るのを躊躇しているのか、誰も何も言うことができない。さっき騒いでいたセーラでさえも、空気を読んで二人の次の言葉を待っていた。
それからやがて瑠衣が、重く固くなった唇を、ゆっくりと開いた。
「理由は……さっきのレイニャちゃんの『命令』のときの、マリー様の言葉です……。さっきレイニャちゃんは、マリー様に『隠していることを言え』って『命令』をしました。それに対してマリー様は、『命令の効果はなかった』って言った……」
「それが、何か問題あったかしら? もしかしたら、頭脳がお粗末な貴女には理解出来なかったのかもしれないけれど……。私たちはその直前に、『淑女には命令は効かない』という話をしていたのよ? だから、『私に命令の効果がない』のはいわば当たり前のことで、私だって本当は必要無いと思っていたけれど、念のために一応確認しただけで……」
「いいえ」
傲慢に、高圧的に、瑠衣を論破しようとするマリーの言葉を、遮る。
「私が気にしてるのは、マリー様にレイニャちゃんの『命令』が効かなかったこと……それ自体じゃありません。そうじゃなくて、『命令が効かなったのをマリー様がすぐに分かったこと』を、言ってるんです」
「ふふふ……どういうことかしら?」
微笑みと傲慢な態度を崩さずに、マリーは尋ねる。彼女のその反応に、瑠衣は、今から自分が言おうとしていることが間違っていないと、確信した。
「『隠しごとを言え』という『命令』が効かなかったと分かるのは、その『命令』を言われた人に隠しごとがあるときだけです。もしもその人に隠しごとなんてなかったのなら、『隠しごとを言え』という『命令』をされても、初めから何も言うことは出来ない。『命令が効かなくて何も言わなかった』のか、『命令は効いたけど言う隠しごとがなかった』のか、分からないはずなんです! つまり、『命令』をされてすぐにそれが効かなかったことを断言できた今のマリー様には……みんなには言えない隠しごとがあるってこと……カチューシャちゃんの胸にナイフを刺して殺した犯人は、マリー様だってことですっ!」
ビシィッとマリーを指差す瑠衣。それはまるで、推理ドラマで探偵が犯人を追い詰めるときのシーンそのものだ。
これが本当にドラマだったなら次は、自分の罪を暴かれた犯人がもはや言い逃れできないことを悟って、動機や後悔の念を語り始める下りが始まるところだろう。
「なるほど、ね……」
しかし、『傲慢お嬢様』のマリーが犯人役の場合は、そう一筋縄にはいかないようだった。
「確かに今の私には、人には言いたくない『隠しごと』があるわ。そして、さっき淑女能力で『命令』されてもそれを言わなくて済んだから、その結果として『淑女には命令が効かない』ということが分かったの。瑠衣、貴女の言う通りよ。でも……私のその『隠しごと』というのが、カチューシャにナイフを刺したことだとは、限らないんじゃない?」
「え……?」
マリーは態度を一切変えずに、瑠衣に反論を開始する。
「今瑠衣が言ったのは、私には何か『隠しごと』がある、ということだけ。その『隠しごと』がカチューシャのことと関係あるかどうかは、また別の話よね?」
「う……」
「そもそも、誰だって生きていれば人には言いたくない『隠しごと』の一つや二つ、あって当然じゃない? 実際、さっきメイドたちに『命令』をしようという話になったときも、誰もがそれを嫌がっていたでしょう? つまりそれって、彼女たちには『隠しごと』があるってことだと思うけど……瑠衣、貴女の理屈だと、そんな彼女たちも犯人ということにならない?」
「ううっ!」
「それとも瑠衣……貴女には何か他に、私を犯人だと言うだけの証拠があるのかしら? もしも、そういうものもなく……ただのメイドに過ぎない貴女が、主であるこの私を、さっきのお粗末な推理で犯人扱いしているのだとしたら……。あまりにも身の程知らずで愚かな行動なのは当然として……普通に、非常識で無礼すぎなんじゃないかしら?」
「うううううーっ!」
あまりにも正論すぎる反論をぶつけられて、何も言い返せない。マリーの言葉による精神的ダメージでノックアウトされ、瑠衣はその場に崩れ落ちてしまった。
周囲の淑女やメイドたちも、完全にマリーの言葉のほうが正しくて、瑠衣がただ勇み足で彼女に無茶な容疑をかけただけなことを理解して、呆れ笑いを浮かべていた。
それから。
マリーの反論に論破された瑠衣は、慌てて、
「あ、あの……さ、さっきの私の推理は間違ってたかもですけど! で、でも、きっとマリー様は犯人だと思うんです! だ、だって、だって、だって…………こ、こういうときって、一番犯人っぽくない人が犯人っていうか……。主人公が犯人な展開とか、一番エモいっていうか……」
なんて言って、無理やりさっきの安い推理ドラマを続けようとする。だがそんなセリフは勢いで言っただけで、実際には、瑠衣にはもう何も考えはない。そのため、言葉が続かず、どうでもいいことをダラダラと言うことくらいしかできない。当然、そんなことをしていても周囲の淑女やメイドたちの興味を引きつけておくことなんてできず……。
「あほらし……」
そうつぶやいて、背中を向けた小鳩が、また部屋の出口へ向かおうとする。
「あ、ちょ、ちょっとっ⁉」
その様子を見て、焦る瑠衣。そんな焦りが彼女の頭脳を更に混乱させ、どんどんまともな言葉が言えなくなる。結局、もはや誰もが瑠衣のことなんて興味をなくして、小鳩のあとを追って移動を開始してしまうのだった。
そして、とうとうその先頭を歩いていた小鳩が、部屋の出口の引き戸に手をかけた、そのときだった。
「全く。瑠衣、貴女って人は……相変わらずね」
部屋の中で、呆れた表情を作っていたマリーが、
「でも、そんな貴女のお陰で……充分な時間稼ぎをすることが出来たわ」
と言った。
「え?」
思いがけないその言葉に、思わず立ち止まって、後ろを振り返る小鳩。そのせいで、小鳩のすぐ後ろを歩いていたセーラとユーリアが、彼女の背中にぶつかってしまう。
「うおっ⁉ ……お、おいっ⁉」
「ちょ、ちょっと小鳩っ⁉」
「ふふふ……」
そんな彼女たちをあざ笑うような表情を浮かべているマリー。いつの間にか、そんな彼女の横には、メイドの瑠衣がいる。今の彼女には、さっきまでの焦りはすっかりなくなっているようだった。
「あ、ホントですか? じゃあ、もう演技はしなくてもいいんですね?」
「ええ。……むしろ、貴女の痛々しい下手な演技なんて、これ以上見たくないわ」
「ちょ、ちょっとマリー様っ⁉ それはひどいですよー!」
さっきまでの、『犯人だと告発した者』と『された者』という関係性が嘘のように、普段どおりに接している瑠衣とマリー。しかし、それは無理もない。なぜならそんな関係性は……実際に、嘘だったのだから。
「演技って……どういうこと?」
小鳩がそんな二人を睨みつけながら、尋ねる。
「ふふ」
そんな小鳩に、マリーはまた小馬鹿にするような笑いを浮かべながら、説明を始めた。
「さっき、議論が行き詰まってこの集まりが解散になってしまいそうなとき、実は私……内心ではちょっと焦ってたのよね。だって、まだこの集まりの目的は何も果たされていない。むしろここからが今回の本番なのだから、解散なんてされては困るんだもの。……だけど、だからといってこの私が、慌てて貴女たちを呼び止めるなんて、できないでしょう? そういうのは、私のキャラとは違うでしょう? 高貴で気高い私が、貴女たちごときに、『ちょっと待ってちょうだい』なんてお願いするのは、おかしいものね? だから、自分からは何も言えずに様子を見ていることしか出来なくて、困っていたの」
当然のように、そんなことを言うマリー。彼女のその傲慢さに、少しは慣れ始めていて耐性があった瑠衣を除く、その場の全員が呆れて唖然としている。しかし、マリーは当然、そんなことを気にしたりはしなかった。
「そんなときに、メイドの瑠衣がそんな私の気持ちを汲んで、さっきの小芝居をうってくれた、というわけなのよ」
「そ、そうなんです」
苦笑いをうかべた瑠衣が、続ける。
「私……今日この集まりがあってからずっと、マリー様の様子がなんか、いつもと違うことに気づいてました。マリー様の態度に、なんか違和感を感じてたんです。って言っても、実はまだ、マリー様が『何を隠しているのか』は正直よく分かってないんですけど……。でも、マリー様はきっとこの集まりで、『何かやりたいことがある』んじゃないかって気がしてたんです。……いきなり、『自分の能力はメイドの私に力を与えるものだから、私が怪しい』とか言ってみたり。とっくに分かってるはずなのに、レイニャちゃんの能力がお嬢様に通用しないことを、改めて確かめてみたりして……もしかしたら、時間稼ぎをして『何かを待ってる』のかな、って思ってたんです。だから、この集まりが解散になっちゃいそうだったときに、このままだとマリー様の目的が果たせなくなっちゃうんじゃ……とか思って、気づいたら証拠も何もないのに、『マリー様が犯人だ』とか言ってみんなの注意を引くような演技をしちゃってたんです」
「ふふふ」
マリーはそんな瑠衣に、優しい微笑みを浮かべる。
「でも、そんな瑠衣の恥知らずの無謀さのお陰で、私たちは充分な時間を稼ぐことが出来た、というわけよ」
「だ、だから……! そんなクソみたいな演技までやって、何のために時間稼ぎなんかしてたのかって話を……!」
もったいぶるマリーに、イライラがピークの小鳩が噛みつきそうなほどの凶悪な表情で言う。そんな彼女に、あくまでも落ち着いた様子のマリーが、
「そうね。私はとても優しいから、もちろんこれからその理由を貴女たちに教えてあげようとは思っているのだけれど……でもその前に、一つだけ先に言わせておいてもらっていいかしら?」
なんでもないふうに、こんなことを言った。
「実は、カチューシャを殺したのって、本当に私なのよ」
「え?」
その言葉の意味がすぐには理解できずに、キョトンとする一同。
さっき演技で彼女を告発した瑠衣も、マリーが本当にそんなことを言うとは思っていなかったらしく、そのキョトンの大群の中に含まれている。
しばらくの間、一同はおかしなことを言い出したマリーのほうを呆然と見ていたが……やがて、セーラが、
「ちょ、ちょっとマリー! あんた、何をいきなり言ってるのよっ⁉ そんな冗談言うなんて……い、いくらなんでも、悪趣味すぎるわよっ⁉」
と、叫んだ。
「冗談? 冗談ではないわ。私は本当に、昨日の夜、図書室にカチューシャを呼び出して、彼女の胸にナイフを刺したの。……まあ確かに、少し悪趣味だったことは認めるけれどね」
また「ふふふ」と笑うマリー。それから彼女は、さっき小鳩たちが出ていこうとした出口のほうに目を向けて、
「ここから先は、本人も呼んだほうが話が早いでしょうね。……もう、入ってきていいわよ!」
と言った。
すると、その出口の引き戸が勢いよく開いて……、
「皆様、お待たせして申し訳ありません」
「あはは。でも、ちょうど盛り上がってきたところじゃないかな?」
と言って、『箱入りお嬢様』のカチューシャと、そのメイドの涼珂が現れたのだった。




