02
空に太陽が出ていないせいか外から差し込む光は少なく、全体的に淡い色味の室内。そんな中では、カチューシャの白い肌とそれを囲む血溜まりの赤のコントラストは強烈で、まるでその部分だけが別の世界にいるように見える。
凄惨な光景に、一同は様々なリアクションをとった。
「あ……あ……あぁぁぁぁーっ! カ、カチューシャーっ!」
やはり最初に叫び声を上げたのは、沼戸涼珂だ。愛するパートナーの変わり果てた姿に、彼女はショックでその場に崩れ落ちてしまう。
「……うっ!」
「ゔぇっ」
続いて、口元をおさえてうめき声のようなものをあげたのは、気の弱い瑠衣と、『清純お嬢様』のユーリアだった。彼女たちは、突然現れた異様な光景と、図書室一面に広がる血の匂いに吐き気を感じてしまったようだ。
「ヤッバ!」
「見ちゃダメ!」
「……え? オヨー?」
「のじゃー? 何事じゃー?」
ギャルの南風原万千華と養護教諭の宗像陽守は、室内の状況に気づいた瞬間に素早く動いて、それぞれのパートナーの目を手でふさいだ。彼女たちは保護者として、まだ精神的に幼い自分の淑女たちの心のケアを最優先に考えたようだ。
「ひ、ひぃぃぃーっ⁉」
情けない悲鳴を上げる山寺日枝奈。その拍子に、持っていた高価そうなビデオカメラを落として粉々に壊してしまったが、それを気にしている余裕はなさそうだ。
「……んにゃーん」
対照的に、彼女のパートナーの『天然お嬢様』のレイニャはジャングル育ちで血や動物の死体も見慣れているのか、普段とそれほど変わらない。退屈そうに片足で頭を掻いているだけだ。
「うっわ……最悪」
汚い物を見るように、宇佐宮小鳩が顔を歪める。
「ちょ、ちょっとマリーっ⁉ こ、これっ……て……」
しばらく状況が理解できずに呆然としていたが、ハッとして正気を取り戻したセーラ。これを、自分たちをここまで案内したマリーが仕組んだ悪い冗談だと思って、彼女に呼びかける。しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
それは、
「な、なんてこと……なの……」
さっきまで余裕ぶっていたマリーが、愕然とした表情で、その場で硬直してしまっていたからだ。
その様子は、今のこの状況が彼女にとっても想定外の異常事態であるということを理解するには、充分だった。
そんなふうに、その場の誰もがその状況に困惑し――少なくとも、そう見えるだけの態度を示して――、図書室の入口付近で立ち尽くしていた中で……。一番最初に室内に入ったのは、意外にも、ユーリアのパートナーの幸島ステラだった。
普段はおとなしくて控えめな性格の彼女だが、その芯の部分では度胸があり、いわゆる「いざというときには頼りになる」キャラクターであるらしい。雨の日の水たまりのように踏み込むたびに飛び散る床の血を気にすることもなく、カチューシャのもとに駆け寄る。そして、彼女の頬を叩いたり、必死に呼びかけたりして、彼女の意識が完全になくなっていて脈や呼吸もないことを確認すると、心肺蘇生を試みようとカチューシャの胸に手をおいた。
しかし、
「……そ、そんな……」
その体がすでに完全に体温を失って冷たくなっていること。そして、鉄のように硬直してしまっていることに気づいて、その動きを止めてしまうのだった。
「……もう、手遅れってことね」
そんなステラの様子に、苦々しくつぶやくマリー。すでに彼女の顔は、さっきの驚きの表情から、苛立たしそうに眉をひそめるものになっている。
「し、死んでる……って、ことなの……」
状況を理解し、顔を引きつらせているセーラ。
「あ、当たり前ですよぉぉ……だ、だってだって、心臓にナイフが刺さってるんですよぉぉ……」
頭を抱えて震えている日枝奈。
「あ、あの、カチューシャっちが……? 嘘、でしょ……こんなこと、誰が……?」
チャオインの目を塞ぎながら、珍しく厳しい表情で考え事をしているふうの万千華。
「あー……。マジで、ダッルい展開になってきた……」
つまらなそうにため息をつく小鳩。
そもそも、今も心臓にナイフをつきたてられたままの状態のカチューシャに、心肺蘇生なんて有効とも思えなかったのだが……。それでも、「もしかしたら、どうにかすれば、まだ彼女は助かるかもしれない」という思いが、多くの者の心の中にあったのかもしれない。しかし、そのかすかな最後の期待さえも、たった今失われてしまったのだ。
不安に満ちた緊張感と痛々しいほど深く重い雰囲気の中で……。
「くんくん……なんか、鉄の匂いが……。弾けるレモンの香り?」
「うーむ、お腹が空いてきたのじゃー。陽守、そろそろおやつの時間ではないかのー?」
目を塞がれたおかげで、事態を把握できずにのんきな声を上げ続けているチャオインとミコちゃんの声……そして、ずっと続いている涼珂の悲痛な嘆きだけが、周囲にこだましていた。
……………………………………………………
少し落ち着いてから。
一同は、「事件現場」となった図書室の隣の空き教室へと移動した。
カチューシャのことは、そのままにしておくのもかわいそうだったので体の上にカーテンをかけて、せめてその無惨な姿が見えないようにしておいた。ただ、心臓にはナイフが刺さったまま、床に流れ出した大量の血も拭き取ったりは出来なかった。
一同のうち、カチューシャのパートナーの涼珂だけは、自分の主をその場に残していくことが出来なかったらしく、今も図書室で彼女のそばに座り込んで泣いている。
だから、場所を移動したのはそれ以外の淑女とメイド……すなわち、
『傲慢お嬢様』のマリーと瑠衣、
『悪役お嬢様』のセーラと小鳩、
『天然お嬢様』のレイニャと日枝奈、
『お転婆お嬢様』のチャオインと万千華、
『清純お嬢様』のユーリアとステラ、
『わがままお嬢様』のミコちゃんと陽守
の十二人だけだった。
「さて、と……」
教壇の位置から、教室内に散らばる一同を見回すマリー。その様子はまるで、今の状況についての一人一人の反応を観察しているようだ。
「とんでもないことになってしまったけれど……そのお陰で、私たちが考えていたことが正しかったと証明されたわ」
そんなことを言って、小さく微笑む。
「え……」
彼女の言葉の意味が分からず、困惑する一同。
特にその中でも、マリーのパートナーの瑠衣は、彼女のそんな意外な態度に驚いていた。
(マ、マリー様、笑ってる……? どうして……? どうしてこんなときに、笑ってるいられるんですか……? カチューシャちゃんが、あんなことになっているのに……。そ、それって……もしかして……)
「ちょ、ちょっとマリー⁉ ア、アンタ、やっぱり何か知ってるのっ⁉ そ、そうだと思ったわ! じゃあ、やっぱりこれって、アンタが仕組んだことなのね⁉ そ、そうやっていつもいつも、アンタはワタシたちのことをバカにして……」
瑠衣の心の声を引き継ぐようなセーラの言葉を片手で制して、マリーは穏やかな調子で、説明を始めた。
「さっきも言ったように、そもそも私が今日貴女たちを集めたのは、カチューシャに調べてもらっていた『この戦いの主催者』……私たちをこんな馬鹿げた戦いに引き込んだ張本人が誰なのかを聞くためだったわ」
「……それが、マリーちゃんが、カチューシャちゃんと協力して進めていた……『水面下の調査』……」
「ええ、そう。実は私たちと戦って敗れたあと、カチューシャは私たちの協力者となると約束してくれたの。確かに、この戦いで勝ち残っている私やメイドの瑠衣より、すでに勝負に負けている彼女のほうが、警戒心を持たれずに『主催者』の懐に入り込むことができそうだものね? だから私、彼女のその提案を受け入れて、彼女に調査をお願いすることにしたの」
「あー、確かにー。あーしたちがマリー様たちと戦う前にカチューシャっちに話を聞きに行ったときも、警戒とかは全然しなかったなー。それって、カチューシャっちの落ち着いた性格もあるけどー……それプラス、あの子がもう勝負から降りてるから、って部分もデカかったかもねー」
あえて明るい口調で、合いの手を入れる万千華。しかし、パートナーのチャオインをぬいぐるみのように後ろから抱きしめている今の彼女の腕は、かすかに震えている。やはりまだ、今の状況に対する不安感は拭いきれていないようだ。
マリーは頷いて続ける。
「そして彼女は昨日、私に言ってくれたの。『ようやく、その調査が終了した。結果を伝えたいから、関係者全員を集めてほしい』……ってね。だから私は今日、貴女たちを集めて、カチューシャが待っているはずの図書室へ向かったのよ。そしてそこで、カチューシャがあんなことになっている姿を見ることになった……」
そこでまた、セーラが口をはさもうとする。
「だ、だから! 結局、さっきのアイツがどうしてあんなひどいことになっているのかは……!」
しかし、やはりマリーはその言葉も途中で遮る。
「つまり……私たちが今日ここに来ることを知っているのは、昨日私が招集の連絡を入れた、ここにいる貴女たちだけってことなの。そして、この状況でカチューシャを亡き者にして彼女の口を封じる必要があるのは、彼女が伝えようとしたことが明らかになると困る人物……すなわち、彼女が告発しようとした『この戦いの主催者』だけ。その二つの前提は自動的に、ある一つの事実へと収束する……」
勿体つけるように一旦言葉を切って、また一同を見渡すマリー。心の奥底を見透かすようなその視線に、もはや割り込みを入れることができる人物はいない。誰かが「ゴクリ」とつばを飲む音が聞こえるくらい、周囲は静かだ。
そんななかで、彼女はようやくその説明の結論を言った。
「カチューシャを殺した犯人にして……私たちをこんな戦いに巻き込んだ『主催者』は……カチューシャを除いた、私たち十三人の中の誰かってことよ」




