01
空は灰色で完全に覆い尽くされ、太陽は見えない。気持ちが落ち込むようなどんよりとした空模様だったが、幸いにして、雨は降らないだろう。
そんな休日の昼過ぎ。それまで人気がなく静かだった学校が、突然多くの少女たちの声でガヤガヤと騒がしくなった。
「まったく! いきなりワタシたちを呼び出したりして、いったい何の用があるっていうのよ⁉ しょうもないことだったら、承知しないわよ⁉」
「まあまあ」
その中でもひときわ大きな声で叫び散らかしている『悪役お嬢様』のセーラを、落ち着いた様子の沼戸涼珂がいさめる。
「マリーちゃんにも、きっと何か理由があるんだよ。せっかくだし、おもしろそうだからついて行ってみようじゃないか? ね?」
「……ふん!」
セーラと涼珂……その他にも、総勢十数人にも及ぶ淑女やメイドたちが、ゾロゾロと校舎内を歩いている。
実はこの集まりのきっかけとなったのは、『傲慢お嬢様』のマリーだ。
彼女が、今まで戦ってきた淑女とメイドペア――その中には、少し前にセーラたちが戦った『わがままお嬢様』ペアも含む――の全員を、他の生徒や職員がいない休日の学校に招集したのだ。
「それにしたって、何が目的なのかくらい、そろそろ教えてくれたっていいんじゃないのっ⁉ ねえ、マリー! 聞いてるのっ⁉」
学校に集合したあと、促されるまま休日の校内を歩かされている一同。
その先頭を歩いているマリーがほとんど説明をしてくれなかったので、移動の間中、ずっとセーラはこんな文句を繰り返していた。
そんな彼女の態度に観念したように、そこでようやくマリーがセーラの方を振り返り、呆れるような顔で応える。
「騒がしいわね、まったく……。一流の淑女なら、どんなときでも静かに落ち着いて構えているべきではないかしら? 何をそんなに怒っているのよ?」
「よ、よくも、そんなことが言えるわねっ! ワ、ワタシは、これ以上アンタの身勝手に振り回されるのが、我慢ならないって話を……」
「セーラちゃんはねー……」
退屈そうに歩きスマホをしながらセーラの隣を歩いていたパートナーの宇佐宮小鳩が、目線をスマホに向けたまま、口を挟む。
「今日、マリーちゃんに学校に呼び出されたのが、自分だけだと思ってたんだよねー? だけど、学校に行ったらそこに他のみんなもいてー。楽しみにしてたのに、期待を裏切られちゃったから、怒ってるんだよねー? せっかく、マリーちゃんと二人きりで『デート』できると思ってたのに、それが自分の勘違いだって分かって、さっきからプンプンしてて……」
「んなっ⁉」
「あら、そうなの?」
小鳩の言葉に、顔を真っ赤にして反論するセーラ。
「ちょ、ちょっと小鳩っ⁉ へ、変なこと言うんじゃないわよっ! そんなわけないでしょっ! ワタシはただ、ようやくこの憎たらしいマリーと再戦できると思ってやってきたら、そこに他のヤツもいて……。マリーがワタシとの戦いから逃げてると思ったから、ムカついてるだけよっ! デ、デ、デ、デートなんて……そんなの、このワタシが期待してたわけがないでしょっ⁉」
「えー? でもでもー。今日出かけるとき、いつもよりもすっごい念入りにオシャレしてなかったー? 楽しそうに鼻歌とか歌ったり、スキップなんかしちゃったりして……」
「してないわよっ! ワタシに、変なキャラを付けようとするんじゃないわよっ!」
セーラはまた、すぐさま小鳩の言葉を否定する。
しかし……、
「そ、そりゃあ、記念すべきリベンジマッチだから、いつもよりも格好に気をつけたりはするし……。憎っくきマリーに復讐できるって思ったら嬉しくなっちゃって、歌の一つも歌いたい気分ではあったかもしれないけど……」
なんてつぶやいたりしていて、あまり説得力がない。
そんな彼女に、マリーは魅惑的な流し目を送りながら、言う。
「あら? 私は別に、貴女とのデートでも良かったと思うわ。だって、楽しそうだもの」
「え」
思いもよらなかった言葉に、セーラは絶句する。
すかさず隣の小鳩が、
「嬉しそうな顔してんじゃねーよ。気持ちわりーなぁ」
と言って、軽蔑するような視線を向けた。
「ひゃいっ⁉ こ、こ、このワタシが嬉しそうな顔とかっ! しゅ、しゅるわけないでしょぉーがぁーっ! こ、小鳩、ヒャンタはしょうやって、ひ、ひつもひつも…………!」
必死に声をあげようとするセーラだが、混乱しすぎた彼女はもう、ほとんど何を言っているのか分からないのだった。
「……うふふふ」
そんな彼女たちの後をついてきている、別の集団では。
「お、おい……お前! ……そこのお前!」
「んにゃ?」
「お前だよ、お前! な、何だよその格好……ボロボロじゃねーかよっ⁉」
「ニャ? 格好? レイニャは、いつもこの格好だニャ。動きやすくていいんだニャ」
「い、いつもその格好って……。お前いつも、そんなエロい格好してんのかよ⁉ そんなボロボロの服なんて着て、しかもそんな姿勢を低くして……そ、そ、それじゃ、し、し、下着が見えちまうじゃねーかよっ!」
自分の前を四つん這いで歩く『天然お嬢様』のレイニャに、悲鳴のような声をあげるのは『清純お嬢様』のユーリアだ。
「お、おいステラっ! お前はこんなやつ、見なくていいからなっ⁉ こ、こんな、下着が丸見えの、歩く下ネタみてーなやつなんて……目の毒だぜっ!」
「……え……ユーリア、ちゃん……?」
彼女はそう言って、隣にいるパートナーの幸島ステラの両目を手で覆って、レイニャの姿が見えないようにする。
「んにゃー。バカ言うなニャン」
しかし、そんなユーリアにはお構いなしといった様子のレイニャは、その場に犬のお座りのようなポーズで座り込んで、片足で自分の顔をなで始めた。
「『下着が丸見え』だニャンて、失礼なやつだニャー! レイニャは、『天然お嬢様』だニャ。お嬢様だから、どんなに服がボロボロでも他人に気安くパンツは見せねーニャ!」
「おおいっ⁉ だ、だからお前、足をあげるんじゃねーって! そ、そ、それじゃマジで、下着が見えちまうだろうがよぉっ⁉」
「だから、レイニャはパンツは見せねーって言ってるニャ! どれだけ足を上げたって……むしろ、こーんなふうに逆立ちしたって」
そう言うなり、素早く体を一回転させて片手で逆立ちしてみせるレイニャ。確かに彼女が言うとおり、逆立ちしている間もボロボロで穴だらけのドレスのスカートを上手に操っていて、ギリギリのところで下着は見えない。しかし『清純お嬢様』のユーリアには、そんな「ギリギリ」さえも許せないようだ。
更に興奮気味に声を荒らげて、ステラだけでなく自分の目も手で覆ってしまう。
「だ、だ、だから、やめろって言ってるだろうがっ! そ、そんなの、もうほとんど見えてんのと同じだろうがっ!」
「ニャ、ニャ、ニャ! お前、レイニャのパンツがそんなに気になるのかニャ? でも、残念ニャがらレイニャのパンツは、絶対に見えねーニャ! どんなポーズしたって……こーんなポーズしたって……」
レイニャはさらにエスカレートして、逆立ちのまま脚を開いたり側転したり、いろいろなポーズをしてみせる。しかし、それでもやはり彼女は持ち前の運動神経と体幹、バランス感覚で、絶妙に下着が見えないようにしていた。
むしろ、そんなふうに際どいポージングを決めるレイニャではなく、それを見せられているユーリアのほうが全身真っ赤になって恥ずかしがっている。それだけ彼女は純粋で、「こういうこと」に慣れていない『清純お嬢様』なのだ。
「やめろやめろやめろっ! み、見えちまうって! それじゃマジで、見えちまうからっ! た、頼む! 頼むから、やめてくれーっ!」
とうとう、ユーリアは自分の頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまう。しかも、そのときに自分の『清純お嬢様』の淑女能力で、自分自身を真っ白にして自分の視界を封じてしまうのだった。
「ニャニャ⁉ 白くニャっちゃったニャ⁉ お前、おもしれーニャー!」
そんな彼女をおもちゃにして遊ぶレイニャと、
「……ユーリアちゃんに……こんな、弱点が……」
あまりにも取り乱している自分のパートナーに、若干呆れ気味のメイドのステラ。
そして……、
「ふ、ふ、ふ……。さ、さっきのレイニャちゃんの一回転……こ、この業務用高感度ハイスピードカメラで、バッチリ収めさせていただきましたよ……。レンタルするだけでも高校生には結構な出費でしたが……で、でも、それだけの価値はありますぅっ! じゅ、じゅるり! よ、よ、ようやく、拝めるときがきたのですねっ⁉ 毎秒百万枚のフレームレートでシッカリクッキリ撮影されちゃった、レイニャちゃんのお、お、お、おぱんつをぉっ! そ、そ、それでは……スローモーション再生、スタートぉぉーっ! …………って、ギャーッ⁉ こんなにスローにしてるのに、やっぱり見えなーいっ⁉ そ、それじゃレイニャちゃん、あなたやっぱり、そもそもぱんつ履いてな…………ア、アワアワワワ……」
気持ち悪い独り言とともに泡をはいて鼻血を吹き出している、レイニャのパートナーの山寺日枝奈だった。
一方、もう一つ別の集団では……。
「分からんやつじゃな⁉ この美味しそうなお菓子を、妾がもらってやると言っておるのじゃぞっ! いいから、黙ってよこすのじゃーっ!」
「正直、ありえなーいっ! おやつの独り占め、許さないよっ⁉」
「嫌じゃ! 嫌じゃ! 絶対欲しいのじゃーっ! これはもう、妾の物なのじゃーっ!」
「そんなこと……ないけどっ⁉ そんな身勝手、絶対に許さないんだからーっ!」
一つのお菓子を取り合っている、『わがままお嬢様』のミコちゃんと『お転婆お嬢様』のチャオインがいた。
他の淑女と比較すると若年組にあたる彼女たちは、今回の集まりを遠足だとでも思ったらしく、大量のお菓子を持参していた。だが、その二人のうちでもとくに幼い性格のミコちゃんは、持ってきたお菓子を集合時間前にはすでに食べ尽くしてしまったようだ。その結果、今はチャオインのお菓子にまで手を伸ばしてきたのだった。
「もおーう、二人ともー? お友だち同士で、ケンカしないのー」
呆れながらそんな二人を仲裁するのは、ミコちゃんのパートナーの宗像陽守だ。
「もとはと言えば、ミコちゃんが自分のぶん全部食べちゃったのが悪いんでしょー? だったら、お菓子がほしいならお姉ちゃんに『ちょうだい』ってお願いしなくちゃ、ダメでしょー?」
「バカを言うでないぞ、陽守! こやつは、妾のお友だちなんかじゃないのじゃっ! 歳だって、ホントは妾のほうがずっとずっとおねーさんなのじゃから、こやつが妾にお菓子を献上するのは当たり前なのじゃーっ!」
「こーら、ミコちゃん! そういうこと言わないのー!」
「うう……。じゃって、じゃってぇ……」
「もおーう……」
涙目になりながらも、掴んだお菓子を離そうとしないミコちゃん。そんな彼女に、陽守もどうしたらいいのか困っているようだった。
「あははー。ヒモちゃん先生も、大変そーだねー?」
「ああ、マンちゃん……」
そこで、彼女の隣りにいたチャオインのパートナーの南風原万千華が、共感を示す。
「うちのホタルンもたいがいだけど、そっちのミコちゃんって子は、それに輪をかけてワンパクざかりって感じじゃーん?」
「ほーんと、そうなのよー。ミコちゃんのことは大好きだけど……これからのことを考えると、ちゃんと他の人のことも思いやれる子に育って欲しいから、厳しくしつけてあげたほうがいいのかしら……なんてことも考えてしまってー。子育てって、難しいわねー」
「うんうん、分かる分かるー。でも、どれだけ親が考えてレールをひいても、結構子供は子供で自分で勝手に考えて、立派に育っちゃったりするのかもしんないっすよねー」
「ええー。そうだと、いいんだけどねー……」
結局、それから何を言ってもチャオインのお菓子を諦めてくれないミコちゃんに根負けした形で、陽守は、
「もおう、仕方ないわねー。それじゃあ、このお菓子を二つにしてあげるから、ミコちゃんは増やしたほうを……」
と、『わがままお嬢様』の能力を発動しようとした。
しかし……。
「ピカッと、ひらめいた!」
そこでチャオインが穏やかな表情になって、ミコちゃんに対して何かを提案した。
彼女は取り合っていたお菓子のパッケージを開ける。そして、それをミコちゃんのほうへと差し出した。
「おやつは笑顔……っていうし。みんなで食べたほうが、美味しいよ? 全部はあげられないけど……はんぶんこ、しよ?」
「……のじゃあ?」
『わがままお嬢様』らしいミコちゃんの理不尽な要求に、いくらか大人のチャオインのほうが、思わぬ歩み寄りを見せたのだ。そんな彼女に応えるように、ミコちゃんもしおらしくなる。
「い、いいのかの? あ、ありがとう……なのじゃー」
「あらあら……」
そんなふうに。
思わぬところで子供二人が友情を深める微笑ましい姿に、陽守は嬉しくなってしまう。淑女能力で手を貸すのはやめて、彼女たちを見守ることにした。
「本当に……。いつまでも子供だと思っていたのに、ミコちゃんったら……」
「ね? 言ったっしょー?」
万千華も、自分の主の行動に満足げだ。
それから。
チャオインが自分に分けてくれたそのお菓子を、ミコちゃんは……、
「じゃあ、遠慮なく……いただきまーすなのじゃーっ!」
と言って大口を開けて、一気に九割以上食べてしまったのだった。
「あ、あああぁぁぁーっ⁉」
「うむ、思ったとおりなかなかの美味なのじゃーっ! ……でも、ちょーっと妾にはしょっぱすぎる気もするから、残りカスは全部おぬしにやるわ! 次は、もっと甘いお菓子を所望するぞー!」
「ひどどどーいっ! とっておきのおかしだったのにぃ……絶対に、返していただきますわ! ご覚悟は、よろしくてっ⁉」
「わはははーっ! そんなの知らんのじゃー! もう食べちゃったのじゃーっ!」
「わたし、堪忍袋の緒が切れそうですーっ!」
結局、お菓子をほとんど食べられてしまったことに怒って両手を振り回すチャオインと、そんな彼女から逃げまわるミコちゃんという……どこからどうみても子供っぽいケンカに戻ってしまう二人。
「もおー、ミコちゃんったらあー」
「あはははー。まだまだ、ワンパクざかりは続きそーだねー?」
そんな二人に対して、手のかかる我が子を見守るママ友のような視線を向けている、陽守と万千華だった。
そして……。
「……」
そんな集団の最後に、暗い顔でついてきていたのは……瑠衣だ。
『傲慢お嬢様』のマリーのパートナーであるはずの彼女だが、先頭を歩く彼女からは、一番遠くの位置にいた。
彼女は今日の集まりについて、マリーから詳細を何も聞いていない。だが、今までずっと一緒に戦ってきたため、多少は彼女の考えていることも分かるようになっていたのだろう。
「……」
いつものように『傲慢』に、自信に満ちた悠然とした様子で一行を先導するマリー。そんな彼女が、何かを企んでいる、ということを感じ取ってしまっていたのだ。
これは、ただの集まりじゃない。もちろん、遠足やデートなんかでもない。何か、とても重大な出来事の始まり……。
マリーのいつもどおりの不敵な微笑の裏に、そんなことを感じさせる深刻さが隠れている気がする。しかもそれは、自分の想像を超えるくらいに相当「重大な出来事」な気がして……それを尋ねるのが怖い。
もしもそれを知ってしまったら、今までどおりの自分たちではいられなくなってしまうんじゃないか……。自分たちの関係が、その瞬間に大きく変わってしまうんじゃないか……。
そんなことを考えて、瑠衣はずっとマリーから距離を取ってしまっていたのだ。
そして……瑠衣のそんな不吉な予感は、実際に当たってしまうことになるのだった。
「ついたわ」
そう言ってマリーが立ち止まったのは、いつも彼女がいた、その学校の図書室の前だった。
「な、何なのよっ! こんなところに、わざわざワタシたちを連れてきて……」
また何か文句を言おうとしているセーラを、マリーは無視する。そして、全員が扉の前に集まるのを待つ。
「カチューシャは、先に中にいるんだよね?」
「ええ」
涼珂の問いに、うなづくマリー。
そして、一同の準備が整ったことを確認して、ようやく話し始めた。
「実は私、『箱入りお嬢様』のカチューシャに協力してもらって、これまでずっと水面下である調査を進めていたのだけど……。昨日、ようやくそれが実を結んだという連絡を受けたの。だから、彼女からその調査結果を聞かせてもらおうと思って、貴女たちを集めたというわけなのよ」
彼女は、そこにいる一同の顔を見回す。しかし、何故かパートナーの瑠衣の顔だけ見ない。
まるで、彼女と目を合わせてしまったら自分の隠していることを気づかれてしまうから、それを避けているかのように……。
「ふ、二人きりで、こっそり調査って……な、何を勝手に、そんなことやってんのよっ!」
「あーあ。セーラちゃんがヤキモチ焼いてるー」
「ち、違うわよっ! そ、そんなわけが……」
また、セーラと小鳩が騒ぎ始めようとするが、マリーはもう余計な回り道をしない。
そして……図書室の扉に手をかけた。
「さあ、開けるわよ? 覚悟はいいかしら? きっと、カチューシャと私が進めていた調査の結果が明らかになれば、すべてがひっくり返るわ。だって……この扉の向こうで待っているもの……私たちの調査によって明らかになったのは、『この戦いの主催者の正体』なのだからね!」
「えっ⁉」
衝撃の言葉を告げるマリー。
一同がその言葉を理解しきれないうちに、彼女はとうとうその扉を開いてしまった。
次の瞬間、その扉の向こうに現れたのは…………図書室の床にあおむけになって、横たわっているカチューシャだった。
彼女の心臓にはナイフが突き立てられ、その周囲には、血の海が広がっていた。




