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「ふう……」
さんざん言いたいことを言い切って、満足したらしい。
セーラは気持ちを切り替えるように一息つくと、一転して、泣き叫ぶミコちゃんを慰めるような優しい口調で話しかけた。
「ま。アンタもクソガキの割には、よくやったと思うわ。このワタシをここまで苦戦させるなんて、自慢に思っても良いわよ? 実際、『自分のメイドに変換能力を与える』っていうアンタの能力の正体に気づけなければ、ワタシは負けていたかもしれないしね。でも、今回はちょっと、相手が悪かったわね? 実はワタシたちには宿命のライバルとでも言うべき相手がいて、ソイツと最初に戦ってから今日までずっと、ソイツを倒すことだけを考えていたの。だから、『自分のメイドに力を与える』なんていう、そのライバルのマリーと同じタイプのアンタの能力に、ワタシたちが気づかないわけがなかったのよ。そういう意味では、アンタたちの敗因は……『ワタシたちの執念深さを甘く見すぎた』ってところかしらね」
地べたに座り込んで泣いているミコちゃんに、セーラは手を差し伸べる。
「この戦いは、もう終わりね。さあ、分かったらもう、降参しちゃいなさいな? ワタシたちがアンタたちの分も、これからのこの戦いを勝ち進んであげるから……」
「う、ううぅ……。わ、妾のこと……許してくれるのかの? あ、あんなに、酷いこと言ったりしたのに……」
「まあ、それはちょっとムカついたりもしたけど……でも別に、アンタみたいな子供に言われたことだし。いつまでも気にしたりしないわ。このワタシが、そんなことを根に持つほど器が小さいわけないでしょう?」
「わ、妾も……調子に乗って、やりすぎたかもしれないのじゃー……。ご、ごめんなさい……なのじゃぁ……」
能力を封じられ、自分の嫌いな野菜に囲まれ、涙で目を腫らしているミコちゃん。しかし、優しく声をかけてくれるセーラに安心感を持ったのか、ゆっくりと顔を上げた。
そして彼女は、セーラに促されるまま、降参の言葉を言おうとした……のだが。
「のじゃっ⁉」
次の瞬間、セーラの背後にいる「彼女」を見て、態度を急変させた。
「えー? セーラちゃん、何言ってるのー? あれだけナメたことされたんだからー、今度はこっちがやり返す番でしょー? さっきセーラちゃんだって、おしおきとか言ってなかったー?」
「こ、小鳩⁉」
さっきまで神社の参道で気絶していたはずの小鳩が、完全にいつもの調子で、セーラの後ろでサディスティックな笑みを浮かべていたのだった。
「ア、アンタ、いつ気がついたのよっ⁉」
「えー、結構前から? っつーか別に私、さっきまで気絶してたわけじゃないしー? 普通に、寝てただけだしー? オールして眠すぎてもう我慢出来なかったから、セーラちゃんを助けるふりしてそこに横になってただけだしー? まあでも……セーラちゃんのダッサい話が、いーい子守唄になった気がするよー。ありがとー」
「な、なんですってっ⁉」
起き抜けに、あまりにも自然な様子でセーラを煽る小鳩。その表情は可愛らしい笑顔だが……明らかにその裏に悪意がこもっている。さっきのミコちゃんは小鳩のそんな雰囲気を感じ取って、恐怖を感じてしまったらしい。
「ってか、寝たふりして聞いてたら、セーラちゃんってば……『クライマックス』がどうのとか、『敗因』がどうのとか……瑠衣ちゃんのとこのお嬢様のこと、意識しすぎじゃねー?」
「なっ⁉」
「そういえば、いつもしきりにマリー、マリーって言ってるし……。もうそれって、逆にマリーちゃんのこと大好きでしょ?」
「な、なんてこと言うのよっ⁉ そ、そんなわけ無いでしょっ! い、いきなり何を……」
「ザコで負け犬の上に、自分を負かした相手を好きになっちゃうくらいにチョロいとか……もう、テンプレすぎて見てらんないんだけどー? セーラちゃん、お願いだから、これ以上残念キャラにならないでよー? 一緒にいなきゃいけない私が、恥ずかしいからさー」
「ちょ、ちょっと小鳩! ア、アンタはいつも、そうやって……」
「さてさてー」
小鳩はそこでもう完全に興味をなくしてしまったように、いまだにギャアギャアと反論を続けているセーラを無視して、ミコちゃんの方へと顔を向ける。
そして、スキップして鼻歌でも歌うように楽しそうな調子で、体を震わせて怯えているミコちゃんの元に歩いて行って、彼女の周囲に転がっていたピーマンを拾い上げた。
「さんざん私たちのことをおちょくってくれたクソガキちゃんには、ちゃーんと自分の立場ってものを教えてあげないとねー? もう二度と、私にナメた真似できないようにー……」
「い、嫌じゃ……ピーマンは、嫌いなのじゃ……」
四つんばいのまま、背中を見せて逃げ出そうとするミコちゃん。
しかし、そんな彼女の肩を後ろからガシィッと掴む。そして、ニッコリと笑って、
「えー? そんなふうに好き嫌い言ってると、大きくなれないよー? うふふふ。仕方ないなー、お姉さんが、嫌いなものがなくなるようにしてあげるよー。……泣いて叫んでも、許さねーからな?」
と言ったのだった。
それから、しばらくの間……。
「い、嫌じゃーっ! 死ぬ、死ぬのじゃーっ! た、助けてなのじゃーっ! ひ、陽守……だ、誰か……か、神様ーっ⁉」
まるで、歯医者にやってきた子供かというようなミコちゃんの叫び声が、延々と続くことになった。
ここが、戦う淑女とメイドたちしかいない異空間であったからまだよかったが……もしもそうでなかったなら、確実に近隣住人が児相や警察に通報していただろう。そのくらいに遠慮もコンプラも関係ない、イジメっ子の小鳩の真骨頂ともいえる児童虐待が繰り広げられたのだった。
それからやがて……口の中にピーマンやセロリやゴーヤを無理やり限界まで詰め込まれたミコちゃんが気を失ってしまい、その叫び声はそこでようやくおさまった。
「ふー、スッキリしたっ」
スポーツ選手が満足の行く試合をしていい汗をかいたあとのような、気持ちの良い表情でそう言う小鳩。そんな彼女の、ミコちゃんへの「おしおき」を隣で一部始終見ていたセーラは、完全にひいている。
「こ、小鳩アンタ……こんな子供相手に、よくここまでできるわね? ……っていうか、別にアンタはそれほどコイツに恨みがあったわけでもないでしょ? さっきの戦いだって、全然真面目にやってなかったわけだし……」
「えー、でもでもー。私って、弱いものいじめとか大好きでしょー? ってか、そもそも子供が大嫌いでしょー? 弱ぇくせにゴチャゴチャわめくのが、生理的に耐えられないっていうかー? だから、こんなふうに誰にも怒られないでクソガキいじめられるチャンス、絶対逃したくなかったのー!」
言いながら、すでにノックダウンしているミコちゃんの口の中に、さらにもう一個ゴツゴツしたゴーヤを皮ごと詰め込む。
そんな小鳩を見ていたセーラは、さっき一瞬でも自分が「彼女が身を挺して自分のことをかばってくれた」なんて思っていたことが、心底バカらしいと思った。そして、そんな彼女のために全力を尽くそうとしていた自分のことが、恥ずかしくなってしまった。
「小鳩アンタ、本当にいい性格してるわ……。ワタシ、アンタが敵じゃなくて良かったわ」
「あー。それ、みんなからよく言われるー」
「ワタシ、多分これからどれだけアンタと一緒にいても、アンタとは絶対に友だちになれないでしょうね……」
「うんうん、それもよく言われるー。照れるー」
「褒めてないわよ……」
「きゃははー」
「は、はは…………は……はーあ…………」
パートナーの性悪さが、自分の思っていた以上だったことを今更ながら思い知り、セーラは正直、これ以上一緒に続けていく自信がなくなってしまうのだった。
……まあ、何にせよ。
セーラは精神的に満身創痍という状態ではあったものの……なんとかこの戦いに勝利することができたのだった。
しかし。
そんな彼女たちは、それからすぐに知ることになる。
実は、そのミコちゃんと陽守の『わがままお嬢様』ペアは、今回セーラたちと戦う前に、すでにマリー瑠衣ペアと戦って敗北していたこと。つまり、今回の戦いは彼女たちの順位には何も影響せず、全くの無意味だったという衝撃の事実を……。
……………………………………………………
一方その頃。
彼女たちが――というか、セーラのみが一方的に――ライバル視していたマリーは、実は大きな動きを見せていた。
そこは、瑠衣たちが通う学校の図書室だ。
すでに下校時刻をとっくに過ぎていて、校内は真っ暗で、生徒も教員も誰も残っていない。図書室の室内も、頼りない非常灯を除くと、部屋中央のテーブルに一本だけ立てているローソクの火が唯一の照明だ。
そんな室内で、マリーが一人静かに本を読んでいる。最近はずっと瑠衣の家に居候していたはずの彼女だが、今日は、最初のころのように図書室に泊まることにしたらしい。
揺らめく光に照らされているその姿は相変わらず美しいが……それと同時に、どこか得体の知れない恐ろしさのようなものも感じさせた。
コン、コン。
図書室のドアが、優しく二回ノックされる。
「いらっしゃいますか? ……失礼しますね」
それから、ノックと同じくらいに優しいそんな声とともに、図書室の引き戸が開き、ピンク色のドレスを来た可憐な淑女が入ってきた。
それは、『箱入りお嬢様』のカチューシャだった。
「……」
読んでいた本を開いたまま、少しだけ視線を上げて、カチューシャを見るマリー。彼女たちはあらかじめ待ち合わせていたらしく、お互いの存在に驚いている様子はない。
それどころか、実はこれまでも彼女たちは何度かこうやって、他の者たちに知られないように二人きりで会っていたのだった。
「それで……どうだったかしら?」
挨拶や前置きもなく、マリーは単刀直入に尋ねる。それに対してカチューシャも、端的に答える。
「ええ。マリー様の、おっしゃった通りでした」
「ふふ」
肩を少しだけ揺らして、微笑むマリー。
そこでようやく持っていた本を閉じて、席を立つ。そして、カチューシャのほうへとゆっくりと歩いてきた。
「あとそれから……例の件は、マリー様がおっしゃられた通りに、誰にも言ってはおりませんので。まあおそらく、ずっと一緒にいたスズカには気づかれてしまっているでしょうけれど」
「そう。でも、それは問題にはならないでしょう。まあ、何にしても……これで、本当に私の前に立ちふさがる障害は、完全になくなったと言ってよさそうだわ」
「はい。そのようですね」
「貴女が私の協力者になってくれて……本当に良かったわ」
「いえいえ。ご感謝には及びません。以前にもお伝えしたとおり、私とスズカの目的は、マリー様と同じです。ですから、マリー様が目的を果たされることは、私たちにとっても有意義な…………あら?」
カチューシャの前に立つ、マリー。その片手を何故か背中に回していて、手元を隠している。そんな彼女の仕草に初めて小さな不審感を覚えたカチューシャは、首を傾げている。
「あの……マリー様?」
「一応、確認なのだけど……。今日ここで私に会っているということ……誰にも、言ってないわね?」
「え……? あ、はい。それについては、スズカにも言っていません。マリー様に言われたとおり、誰にも内緒でこちらにやって参りましたよ? それが、どうかされましたか?」
「いいえ、別に。ただ、これから貴女には……最後の、一番大事な仕事をお願いしようと思っていたから」
「え?」
次の瞬間、カチューシャの顔が硬直する。
それから……それに気づいた彼女は素早く自分の淑女能力を発動して、眼の前のマリーを『箱』に閉じ込めようとした。しかし、それよりも早く。
マリーは、背中に隠していたナイフを取り出して、カチューシャの前に突き出していた。
やがて夜が明けるころになると、その図書室からマリーだけが出てくる。
彼女は、まだ薄暗くて不気味な周囲の景色と同じような、暗く妖しい表情で微笑みながら、「ふふふ……これで、すべてが終わるわ。本当に、すべてが、ね……」とつぶやいた。




