09
「どうやらワタシ、アンタの能力のことをちょっと誤解していたみたいね」
ひとしきり、高笑いをしたあと。
少し落ち着いた様子のセーラは、ようやく気づいたことを説明し始めた。
「最初ワタシは、アンタの能力には発動までに三つのステップがあると思っていた。最初に『嫌』と言って『鳥居』を出す。そしてその『鳥居』に触ると、触ったものが何かに『変換』される。『嫌』、『鳥居』、『変換』の、三ステップね。でもそうだとすると……一回だけアンタの能力が不発したときのことが、どうしてもうまく説明出来なかったのよ。だってアンタはあのとき、ここの『鐘』に対して確かに『嫌』と言ったのに、『鳥居』は出てこなかった。三ステップのうちの第一条件を満たしたはずなのに、その次のステップに進めなかった。それで、よく分からなくなってしまったのよ」
その神社の御社殿に吊るされている、本坪鈴を見上げるセーラ。
「でも今になって思えば、実はそれはワタシの思い違いだったのね」
それから次に彼女は、今度は参道で横になっている小鳩のほうに視線を移した。
「それから……さっきそこの小鳩は、倒れてきた木の前に出てワタシをかばってくれた。あんな大木を体で受け止めたら絶対に無事じゃいられなかったから、小鳩のその行動には、とても感動させられたわ。普段の態度がひどいぶん、余計にね。……でも、それも違っていたのね」
セーラは、騙されていたことを少し悔しがるように口の端を歪める。
「あのときの小鳩は、倒れてくる大木からワタシを助けてくれたわけじゃない。あの子はとっくに気づいていたのよ、アンタの能力の正体に。だから、確信していたのよ。この大木にあたっても、自分は絶対に大丈夫だってこと……こんな木は、全然危険じゃないってことにね!」
セーラはそう言いながら、小鳩の隣で横たわっている枝垂れ桜の大木を、思いっきり踏みつけた。
すると……サクッ!
その大木は、あまりにもあっさりと、バラバラに砕け散ってしまった。いくら枯木とはいえ、普通の人間の少女と変わらないセーラの力でそんなことになるのは普通ではない。それは木というよりは、まるでサクサクのビスケットのようだった。
「そう……この木は、ワタシたちに向かって倒れてきたあの瞬間に『変換』されていたの。硬い大木から……軽くてサクサクで、当たっても危険のない、ビスケットにね。もちろん、この状況でそんなことができるのは、アンタの能力以外にはないわ。この木をビスケットに変換したのは、紛れもなくアンタの能力。でも、あのときはアンタは『嫌』なんて言ってないし『鳥居』も出てこなかった。……つまりアンタの能力は、『嫌という言葉を言ったのに発動しなかった』ときだけじゃなく、『嫌という言葉を言わなくても発動した』ときもあったことになる。それを合わせたら……アンタの能力の発動条件には、『嫌』という言葉も『鳥居』も関係ないってことなのよっ!」
自身満々に、そう叫ぶセーラ。
実はその事実は、少し前にパートナーの小鳩から――嘲笑混じりに――言われたことそのものだったのだが……。調子が乗っている今の彼女は、それには気づいていなかった。
「発動条件に直接関係ないのに、どうしてアンタはしつこく『嫌』という言葉を言っていたのか? 鈴のことを『鐘』と言い間違えてしまったときに、どうしてそれが発動しなかったのか? その、答えは……」
そこでまたセーラは、おもむろに、自分の『敵者生存』の能力をミコちゃんに対して使う。彼女に向けて、ピーマンやセロリを飛ばしたのだ。それは、今までにも何度も見てきた、「意味のない光景」だった。
『嫌いなものを作り出せる能力』が、その天敵とも言える『嫌いなものを好きなものに変える能力』にあっさりと無効化される光景……の、はずだった。
「ふ、ふんっ! さっきから一体、何をわけの分からんことをのたまっているかと思えば……け、結局それかっ! そんなもの、妾は『嫌』だと、言っておるじゃろーがーっ!」
ミコちゃんは黒いお祓い棒を振り回し、自分の能力を発動しようとする。
「小腹が空いてきたところじゃったから、ちょうどよかったのじゃっ! 甘くて美味しい献上品を、いただくとしようかのーっ!」
そして、口を大きく開けて、飛んでくるピーマンたちが変換されるはずの甘いお菓子を待ち構えた。
しかし。
「のじゃっぶっ⁉」
そのときミコちゃんの口の中に飛び込んできたのは、ビスケットやチョコレートではなかった。セーラが出したときのままの、彼女の大嫌いな、ピーマンやセロリなどの野菜だった。
「う、うげぇっ⁉ ぺっ! ぺっ!」
一瞬にして涙目になって、口に含んでしまったピーマンたちを必死に吐き出すミコちゃん。
「こ、こんなはずは…………う、うげぇーっ⁉ ま、まだ口の中に残っているのじゃぁーっ! ぺっ! ぺっ! う、ううぅ……あぁぁーん! うわぁぁぁぁーん! 苦いのじゃーっ! ゲロマズいのじゃーっ! 最悪なのじゃーっ!」
嫌いな野菜を一瞬でも口に入れてしまったことが相当ショックだったらしく、ミコちゃんはもはや、地面に座り込んで泣き出してしまっている。その様子は、完全に普通の子供と変わらない。そんな彼女に対して、セーラは満足気に勝ち誇った様子だ。
「ワタシは最初、アンタみたいな子供が、ワタシたちを騙せるなんて思ってなかったわ! ワタシたちに嘘をついて、自分の本当の能力を隠しているはずがないって! でも、実際にはアンタはワタシたちを騙していた! いいえ、もう少し正確に言うなら……アンタはクソガキらしく、大事なところをわざと言わないで見栄を張っていたってところかしらね⁉」
「うぁぁぁーん! えぇぇーん! な、なんで妾が、こんなものを食わねばならんのじゃーっ! なんでなのじゃーっ⁉」
グズっているミコちゃんは、もうセーラの話なんて聞いてなさそうだ。しかし、セーラは構わず話を続ける。もはや、彼女の自己満足のようなものなのだろう。
「そう! 実はアンタの淑女能力は、『自分が嫌いなものを好きなものに変える力』……なんかじゃなかったのよ! アンタの、本当の能力は!」
「な、なんでなのじゃー……なんで、なんでぇ……」
それからミコちゃんは、首を動かして泣きべそ顔を後ろに向けた。
彼女のその行動は、セーラが予想した「ミコちゃんの本当の能力」が正しいことを証明していた。
「な、なんでぇ……なんで、ピーマン変えてくれんかったのじゃー……ひどいのじゃぁー、陽守ぉ……」
そのときミコちゃんが顔を向けた先にいたのは、彼女のメイドにして養護教諭の宗像陽守だ。しかし、今の彼女は……、
「あ……あ……あぁん……」
人の腕よりも太いヘビに絡みつかれて体を締め付けられ、身動きがとれなくなっていたのだった。
「アンタの本当の淑女能力は、『自分が嫌いなものを好きなものに変える力』……を、自分のメイドに与える能力、だったのよ! アンタが毎回『嫌』という言葉を言っていたのは、『自分が嫌いなもの』が何なのかを、メイドに教えるため。『何を変えてほしい』のかをメイドに伝えて、能力を発動してもらうため、だったのよ!」
ミコちゃんの能力の正体に気づいたセーラは、同時に、彼女の能力の弱点……それを封じる方法についてもすぐに気づいた。それは、彼女のメイドの陽守を封じること。『悪役お嬢様』の能力で『陽守の大嫌いなヘビ』を作り出して、陽守が能力を使えなくさせることだ。
それが完全に成功して、もう何も恐れるものがなくなっていたので、セーラは今こんなふうに余裕ぶって勝ち誇り続けることが出来たのだった。
「思い返してみればアンタはこれまで、『嫌』という言葉の他にも、それと一緒にそれを『何に変えてほしいのか』も言っていることが多かったわ。結局アレも、アンタが自分一人では能力を使えないことを表していたのね。あくまでも、『ものを変換する』という能力を発動できるのはアンタのメイドの方で、その変換する対象が『アンタが嫌いなもの』と『好きなもの』ってだけ。逆にいえばそれって、『アンタが嫌いじゃないもの』は、メイドが能力を発動しても『変換』することは出来ないってことでもある。だからあのとき……『鐘』は、変換できなかったのね?」
そう言ってセーラはまた、その神社にある鐘つき堂に視線を向ける。
「ワタシたちが逃げていたときにアンタが『嫌』だと言ったのは、この神社の建物に吊るされてた鐘……というか鈴のほうだった。でもそこのメイドは、その『鐘』って言葉を、あっちの大きな鐘のほうだと誤解してしまったのよ。だけど、あっちの鐘は別にアンタが嫌いなものじゃなかったから、メイドが能力を使っても変換することが出来なかったのね」
次にセーラは、小鳩のほうに目を向ける。
「それに、木が倒れてきて小鳩にぶつかりそうになったときに『嫌』も『鳥居』もないのに『変換』が行われていたことも、アンタの能力の正体が分かれば、当然のことだったわ。アンタが『嫌いなもの』と『好きなもの』さえわかっていれば、アンタが『嫌』って言わなくてもそこのメイドは能力を使うことが出来るんだもの。アンタのメイドはちょっと前に、アンタが『人が痛そうにしている姿』とか『血が流れている姿』が嫌いだって言ってたわ。だったらあのメイドはアンタに無断で、『そんな状況を引き起こしそうな木』を『アンタが好きなお菓子』に変換することができるってことよ。アンタのメイドは小鳩の学校の先生らしいしね。だったら、こんな状況でも自分の生徒を危ない目に合わせるわけにはいかなかったってわけなのよ!」
「あ、う、うぅぅん……あはぁ……ぁん……」
大嫌いなヘビに巻き付かれて精神的に参ってしまっている陽守は、もはや、能力を使うどころではない。うめき声は喘ぎ声に変わり、子供っぽいミコちゃんに聞かせるのはマズいような響きにさえ聞こえる。
その一方で、ミコちゃんはミコちゃんでさっきセーラが飛ばした野菜の味がまだ口の中に残っていることが耐えられなくて、泣き叫んでいる。とても戦闘を続けられる状態ではない。
「あぁぁぁーんっ! 嫌じゃーっ! 野菜なんて、見たくもないのじゃーっ! お菓子が食べたいのじゃーっ! うぇぇーん! えぇぇぇーん!」
もはやセーラの勝利は、完全に確定したのだった。




