07
「こ、小鳩ちゃん……」
「か、勘違いするでないぞ⁉ い、今のは、そやつが勝手に倒れてきた木の下に入ったのじゃからなっ⁉ 地面に穴を開けたのは妾の能力かもしれんが……そ、そこまでやるつもりなんて、なかったのじゃからなっ⁉」
やはり学校の先生だからか、対戦相手という立場を超えて、小鳩のことを心配している陽守。そして、やはり見た目通りの幼さからか、今の状況が自分のせいではないと、ひたすら言い訳を続けているミコちゃん。そんな二人が、無防備に気絶している小鳩にこれ以上の追い打ちをするなんてことは、なさそうだ。
それに、今の小鳩がどこまで重傷かはわからないが、生きているならこの戦闘が終われば傷はすべて回復するはずだ。
覚悟を決めたセーラは、とりあえず小鳩のことは放置して、眼の前の戦いに集中することにした。
(とはいえ……アイツらに勝つためには、やっぱりどうしてもあの『能力』の弱点を知らなくちゃだわ。あの『能力』の発動条件……。そして、あの『能力』を無効化する方法を……)
迷いが消えて、ただただ自分たちの勝利のことだけを考えている今のセーラの頭の中は、さっきまでよりもずっとスッキリとしていて、処理能力も数段あがっている。
(ワタシにとって相性が最悪で、天敵とも言えるアイツの能力を攻略すること……。それには、あのときの記憶が役に立つはずだわ……。あの、忌々しいマリーと戦ったときのことが……)
それに、考えを邪魔するような無駄なプライドも少なくなっていたせいで、さっきよりもいろいろな視点に立って物事を考えられるようになっていた。
(『相手の嫌いなものを作り出せる』というワタシの能力は最強で、嫌いなものが多かったあのマリーのメイドを相手にして、ワタシたちは負けるはずがなかった。あのときマリーが言っていたように、ワタシたちはアイツらにとって、天敵だったはずなのよ。……それなのに、ありえないことにワタシたちは、アイツらに敗れてしまうことになった。それは、どうして? あの絶対的に不利な状況を、アイツらはどうやって攻略したの? そこにきっと、今のワタシたちが勝機を掴むためのヒントがあるはずなのよ)
「ね、ねえ、ミコちゃん……?」
対戦相手のメイドの陽守が、隣のミコちゃんに耳打ちする。
「は、早く勝負を決めてしまいましょう? そうすれば、小鳩ちゃんはもう痛くなくなるのよね?」
聞こえないように言っているつもりなのかもしれないが、微妙に抜けている陽守の言葉は、セーラにも丸聞こえだ。ミコちゃんはそれに何度もうなづいて応える。
「わ、わかったのじゃっ! 妾も、あんな痛そうな奴の姿を見ていたくないし……こんな戦い、さっさと勝ってしまうことにするのじゃー!」
そして、乱暴に『黒いお祓い棒』を振り回して、叫んだ。
「そ、そこの狛犬たちよ! そやつから、指輪をうばうのじゃっ! さっさと言うことを聞かんと……『嫌』じゃぞ!」
(ああ、また『嫌』って言ったわね。ってことは、きっと次は……)
すでに何度も見てきた攻撃の動作を、冷静に考察するセーラ。
やがて、彼女が想像した通り『黒い鳥居』が現れ、さっき巨大化してセーラを挟んだ狛犬たちに向かっていく。そしてその『鳥居』が触れた途端、狛犬たちがまるで生きているように動き出して、セーラに向かって襲いかかってきた。
しかし、彼女は動じない。
(やっぱり、『嫌』のあとに『鳥居』ね。じゃあ、それがやっぱり必須の発動条件……? でも、それじゃあさっきの『鐘』のときは……?)
向かってくる狛犬たちに向けて手をかざし、「敵者生存!」とセーラが叫ぶ。
すると、その狛犬たちの足元に、ミコちゃんの苦手とするピーマンやセロリ、ゴーヤなどが現れた。セーラに向かってきていた狛犬たちの足が、地面にばらまかれたそれらの野菜を踏み潰すと……新鮮でみずみずしい野菜からたっぷりの水分がにじみ出て、狛犬たちはその水分に足を滑らせてしまう。そして、倒れた衝撃で石の体が砕けてしまった。
その狛犬たちは生き物に変えられたわけではなく、『戦いがまだ決まっていない』というミコちゃんにとって好ましくない状況を変えるために、動き出しただけだ。だから、動物のようになめらかに動くことが出来てもその体が石のままであることには変わりなく、砕けてしまえば当然身動きがとれなくなってしまうのだった。
「な、何をしとるかぁーっ⁉ まったく、使えんやつらじゃーっ! キィーっ、ムカつくのじゃーっ!」
ミコちゃんは自分の思い通りにいかないことに腹をたてて、癇癪をおこしている。対して、セーラの方はずっと冷静だ。
(さっきあの子が言った『社殿の鐘』って……つまり、アレよね? どうしてさっき、アレだけが何も変わらなかったのかしら……?)
御社殿の正面側、賽銭箱などがある場所の天井を見上げるセーラ。
それは、鐘というよりはどちらかというと大きな鈴と言う形状の――実際、正式名称を本坪鈴という――、真鍮で出来たものだ。参拝にきた人が垂れている紐を揺らしてガラガラと鳴らしているのをよく見かける、どこの神社にもある一般的なものだ。一見した限りでは、特別、何か能力を無効化するような理由があるようには思えない。
(金属だから……っていうのは違う気がするわ。ガラスの破片や石の鳥居だって変えられるのに、金属だけ変わらないのも不自然だし。第一、ワタシの格好を変えられてしまったときに、もともとつけていたアクセサリーもなくなったり別の物に変わったりしている。あの能力の条件に、材質は関係ないはずよ……)
真剣に頭をめぐらせているセーラ。
(個数制限? 一度に変換出来る物の数には、制限があるとか? ……いや。そのすぐ後にも別の物を変換出来ていたんだから、それも違うわ……じゃあ、何なのよ……?)
だが、やはり、どれだけ考えてもあのとき能力が発動しなかった理由は思い浮かばない。
(わからない……まさか……あの能力には、弱点なんてないっていう……)
一瞬そんな考えが脳裏をよぎって、頭を振ってそれをかき消すセーラ。
(い、いいえ、違うわっ! 実際に、あの『鐘』のときに能力が発動しなかったのは事実なのよっ⁉ だから、絶対にあの能力には発動出来ない条件があるはずなのよっ! それだけは、確実なことなのよ! そ、そういえば……! ワタシと戦ったときのマリーは、勝利を確信したあとに偉そうに、こんなことを言っていたわね。「ずっと、ワタシの能力の使い方に違和感を感じていた」、「だから、ワタシの能力の弱点に気づくことが出来た」……って。だとしたら、ワタシがあの子に感じている違和感の中に、あの子の能力の弱点のヒントがあるってこと? この戦いでワタシが違和感を感じていること……)
「違和感」という言葉に何かの引っかかりを感じたセーラ。未だに駄々をこねる子供のように騒いでいるミコちゃんと、そんな彼女をなんとか落ち着かせようとしているメイドの陽守を見る。何も知らない人が見ればそれは、黒巫女コスプレをした子供を、同じく巫女メイド風の格好をした大人の女性がなだめている光景だ。
それからセーラは、彼女たちの周囲にも目を移す。
神社の境内には、今もミコちゃんが食べ残したクッキーやキャンディの残骸が散らばっている。入口にあった鳥居は平面の絵になっていて、そのそばには、砕けてピクピクと震えている二体の狛犬の石像がいる。参道にはゴスロリ衣装の小鳩が倒れていて、その横には真っ二つになった枝垂れ桜。手水舎からこぼれだしたコーラが、参道の真ん中にあいた落とし穴に流れ込んでいる。
きわめつけに、今の自分の格好は特撮の悪役女幹部……。
(いや……こんなの違和感しかないわよっ!)
冷静に見返すとあまりにも非現実的な光景に、思わず頭の中でツッコんでしまうセーラだった。




